第189話 バカみたいな作戦
「そのために……今夜、ユークとの情事の順番を、ワシら二人に譲ってはくれぬか?」
不意に放たれたテルルの言葉に、二人は息をのんだ。視線がぶつかり合い、互いの瞳に映るのは驚愕と困惑。
普段は落ち着き払った彼女が、そこまで真剣に物事を考えているなど、想像もしなかったのだ。
「……具体的に、どうするつもりなの?」
探るように問いかけるセリス。その声音は冷ややかで、しかし心の奥に不安の色をにじませていた。
「まずはヴィヴィアンをユークの部屋に行かせる。その後、ワシがユークを誘惑する。そうすれば彼女も黙っておられぬはず。きっと自分の気持ちに正直になろうとするじゃろう……そういう計画じゃ」
テルルはいつも通りの淡々とした口ぶりで告げる。しかしその瞳の奥には、彼女なりの覚悟が燃えていた。
「ちょっと待って。ツッコミどころが多すぎるんだけど……」
アウリンは額に手を当て、大きくため息をこぼす。
「それ、本当にあなたがやる必要ある?」
セリスは険しい目つきで睨みつける。敵意すら感じさせる視線に、テルルはかえって柔らかい笑みを浮かべた。
「いや、むしろワシだから良いのじゃ」
「……どういうこと?」
さらに問い詰めるセリス。
「彼女は、自分に自信を持てぬ。だからこそ、一番近くて遠い存在であるワシが動けば……その心に火を灯すことができると信じておる」
静かに、しかし確信めいた響きを持って告げるテルル。その言葉には、奇妙な説得力があった。
「……あー」
「まあ、言いたいことは分からなくもないけど……」
二人は困惑しつつも、少しだけ納得してしまう。
「……でも、もしヴィヴィアンが最後まで踏み出せなかったら?」
アウリンは冷静に問い返した。
「その時は、ユークとワシが事に及んでいる最中に、強引に巻き込む!」
胸を張り、堂々と言い切るテルル。
「えぇ……」
セリスは呆れた声を漏らし、心底ドン引きした様子で顔を引きつらせた。
「完全に力技じゃない……」
アウリンもまた、深いため息をつきながら、大きく肩を落とす。
「……仕方ない、か」
セリスは小さくつぶやき、胸の奥にわだかまるもやを押し込んだ。
「良いよ、協力する」
そう言って、テルルに向けてかすかな笑みを浮かべる。
「……分かったわ。やってみましょう!」
アウリンもまた、静かに頷いた。
テルルは満足げに口元を緩めた。
その夜、彼らの運命に新たな波が立つことを示すように。
◆ ◆ ◆
――その夜。
「もうそろそろ時間か……」
ユークは一人、自分の部屋で人を待っていた。
扉が小さく叩かれる音がする。
「鍵は開いてる。入って」
ユークが声をかけると、そっとドアが開いた。
現れたのはテルルだった。白のワンピースに銀の髪をひとつに束ね、普段の落ち着きが嘘のように、どこか落ち着かない様子を見せている。
「……ユーク。アウリンから話は聞いておるか?」
緊張を隠しきれぬ面持ちで、テルルは問いかけた。
「うん。実験のために、俺と……その、エッチなことがしたいんだよね?」
ユークは平然と答える。
「……そうじゃ」
テルルはちらりとドアへ視線を送った。
(まだヴィヴィアンは来ぬか……)
ドアはわずかに開けられ、外から中を覗けるようになっている。
アウリンに頼み、セリスの部屋に向かう途中で、ユークとテルルが一緒にいる場面を“偶然”目撃させる――それが彼女の計画だった。
だが、肝心のヴィヴィアンの姿はまだない。
(少しは時間を稼がねば……)
テルルは小さな拳を握りしめた。
「ユーク。ことに及ぶ前に、少し話をしておきたいのじゃが」
真剣な眼差しを向けるテルルに、ユークは不思議そうに頷いた。
「じゃあ、ベッドで話そうか」
ユークが腰を下ろし、隣を軽く叩く。
おずおずと腰を下ろしたテルルの姿は、普段の彼女からは想像できぬほど初々しかった。
「それで? 話って?」
柔らかく微笑むユークに、テルルは言葉を選びながら口を開く。
「ユークは、その……ヴィヴィアンのことを、どう考えておるのじゃ?」
テルルは思い切るように、真正面から問いかけた。
「大切な仲間だと思ってるよ?」
ユークは一切の迷いなく、澄んだ瞳で答える。その視線には一点の曇りもなかった。
「うむ、そうか……」
テルルは小さく頷く。胸の奥でため息を飲み込みながら、心の中で呟いた。
(やはり……女としては見られておらぬか……)
「では、アウリンとセリスのことは?」
テルルはさらに問いを重ねた。
「俺の恋人だけど?」
当然のことのようにユークは笑みを浮かべて答える。その表情に照れや隠し事は一切なく、当たり前の真実を口にしているだけのように見えた。
「……そうか。そうじゃな……」
テルルは小さな声でつぶやき、足をぶらぶらと揺らす。無意識にそうしてしまうのは、心を落ち着けようとする仕草だった。
だが次の瞬間、胸の奥にくすぶるものを抑えきれず、思わず口を開いてしまう。
「じゃあ……ワシのことはどう思っておるのじゃ?」
そっとユークを見上げる。その身長差のせいで、自然と上目遣いになってしまう。
普段なら気にも留めぬことだったが、この時ばかりは無意識に“女”として答えを求めている自分に気づき、テルルの頬がかすかに赤く染まっていた。
「え? テルルのこと?」
ユークは少し首をかしげ、ほんの一瞬だけ考える仕草を見せた。
「そりゃあ……可愛い女の子だと思ってるよ」
そう言って、何気なくテルルの頭に手を置き、優しく撫でる。
「……可愛い?」
その一言に、テルルの心臓が大きく跳ねた。
容姿が整っていることは自覚している。だが、ユークの口から素直に言われると、胸の奥で甘い熱が芽生えてしまう。
(いかん……今は時間稼ぎをせねば……!)
テルルは慌てて我に返り、両頬をぴしゃりと叩いた。
「な、なにしてるの!? 大丈夫、テルル!?」
突然の行動にユークが目を見開き、心配そうに身を乗り出す。
「……うむ、大丈夫じゃ」
痛む頬をこらえながら、テルルは笑みを作り、ちらりとドアへ視線を向ける。
――だが、そこにヴィヴィアンの姿はまだなかった。
テルルはさらに、時間を稼ぐ必要がありそうだった。
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ユーク(LV.44)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:普段は落ち着いているテルルが、今日はどこか落ち着かずに見える。「エッチがしたい」というのは口実で、本当は別の話があるのでは……とユークは考えていた。?
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テルル(LV.34)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:氷威力上昇
備考:ユークに褒められると胸の奥がじんわり温かくなる。そのせいで、つい「まだヴィヴィアンが来ないでほしい」と願ってしまった。
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