第188話 テルルの頼み
「さて、じゃあ行こうか」
テルルとのやり取りで気まずかった空気を一新するように、ユークが明るい声で仲間たちに言った。
「ええ!」
「うん!」
「分かったわ!」
「うむ!」
それぞれの返事が重なり、一行はギルドへと向かう。
道中、ユークはふと違和感を覚えた。
(いつもより、やけに人が少ないな……)
普段は賢者の塔へ向かう探索者で賑わっている大通りも、今日はまばらだ。
(なんだか、嫌な予感がするな……)
ユークは漠然とした不安を胸に、ギルドの扉を開いた。
「うわっ……」
ユークは思わず声を漏らす。
いつもは落ち着いている受付周りが、人であふれ返っていた。壁際のソファには座りきれず、床に腰を下ろしている探索者の姿まである。
(こっちは逆に混んでる……何があったんだ?)
ユークは不思議に思いながら、人混みをかき分けるようにして受付に向かう。
セリスたちが後からついてくる気配を感じながら、ようやく受付嬢の前にたどり着いた。
「すみません、この前の依頼の報酬がいつ頃になるか、確認したいんですけど」
ユークはそう言いながら、探索者カードを受付に出した。
「はい、ユーク様のパーティーですね。少々お待ちください」
受付嬢はにこやかに頭を下げ、奥へと引っ込んだ。その間も、ギルド内は尋常ではない喧騒に包まれている。
「お待たせしました」
しばらくして受付嬢が戻り、にこりと笑った。
「はい、ユーク様のパーティーですね。ダイアス隊長から伺っておりますので、明日にはお渡しできるかと思います」
「おぉ〜!」
ユークたちから驚きの声が漏れる。
(ダイアスさん、ちゃんと伝えておいてくれたんだ……)
ユークは心のなかでダイアスに深く感謝した。
「よかったじゃない」
アウリンが嬉しそうに言い、ユークも安堵の笑みを返した。
「これで予定を変えなくて済みそうね」
ヴィヴィアンが小さく安堵の声を漏らす。
「あと、もう一つお願いがあるんですが……能力の鑑定をお願いできますか?」
ユークがそう告げると、受付嬢は奥の部屋を指し示した。
「はい。では奥の部屋へどうぞ」
ユークたちは案内に従い、鑑定のため奥の部屋へと進んでいった。。
◆ ◆ ◆
鑑定を終えたユークたちは、新しい探索者カードが発行されるのを待つため、壁際に身を寄せた。
「テーブルは全部埋まってるみたいだね」
ユークが周囲を見回しながら呟く。
「仕方ないわね。この待ちましょう……」
アウリンが小さく息を吐いた。
「ユーク様のカードができました! 受付までお願いします!」
しばらくして、受付嬢の声が響く。
「じゃあ、俺が行ってくる」
ユークは立ち上がり、受付へと向かった。
「こちらが新しいカードです」
受付嬢は笑顔で、ユークに四人分の新しい探索者カードを手渡した。
「ありがとうございます」
ユークは礼を述べ、仲間たちのもとへ戻る。
「もらってきたよ!」
彼がカードを広げると、皆がそれぞれのカードを手に取った。
「お帰り!」
「それが新しいカード?」
「新しいカード、楽しみだわ〜」
「ワシはこの身体になってから初めてじゃな」
声が弾み、ユークも自分のカードに視線を落とす。
そこには、新たな情報が記されていた。
(LV.33 → LV.44)
≪リミット・ブレイカー≫……自身の全能力を30秒間だけ《《500%》》まで引き上げる究極の自己強化スキル。ただし、発動後は24時間“ジョブ”の機能が停止する。
「うん。レベルが上がったのと、スキルが強化されたみたいだ」
ユークがカードを見ながら言った。
「みんなはどうだった?」
ユークが尋ねると、仲間たちから次々と声が上がった。
「私もレベルが上がってる! EXスキルは身体能力を上昇させる鎧を召喚だって!」
セリスが言う。肉スライムとの戦いで使っていたものだろう。
「私もレベルが上がったわ。EXスキルは時間の経過とともに魔法の威力を最大200%まで高めるみたい。……限界があったのね。あの時、ちょっと無駄にしてたかもしれないわ」
アウリンは反省を込めて呟く。
「私のは『盾と連動して魔法障壁を発生させる』ってだけ。……でももっと色々できる気がするのよね」
ヴィヴィアンがカードを眺めて首をかしげる。実際、彼女は障壁を繋げて巨大な壁を作っていた。
「ワシは特に変わらんな……」
テルルが肩をすくめる。
こうして新しい探索者カードを受け取ったユークたちは、ギルドを後にした。
「さて、ここでの用事は済んだし、次はどうする?」
ユークが仲間に問いかける。
「まだ挨拶をしていないのは誰だったかしら〜?」
ヴィヴィアンがのんびりと答える。
「ラピスたちには帰りの馬車で済ませたから……」
アウリンが記憶をたどるように言った。
「じゃあ、残ってるのはエウレさんだけかな」
「そうね……」
アウリンは少し考え込む。
「エウレさんの所へは明日にして、今日は一度、家に戻らない?」
アウリンの提案に、ユークは首をかしげた。
「どうして? 今日行ってもいいと思うけど」
「……私たちには家でやりたいことがあるのよ」
アウリンは小さくため息をつく。
「それに、まだ安心できないでしょう? 前みたいに、あなたのことが狙われたら困るもの。エウレさんに会うにしても、ユークとヴィヴィアンの二人だけで行かせるのは正直不安なの」
その言葉にユークははっとした。アウリンの言うのは、あのヘリオ博士に攫われた時のことだ。
その言葉に、ユークははっとした。アウリンが言っているのは、自分がヘリオ博士に攫われた時のことだ。
「そっか……分かった。じゃあ今日は帰ろう」
皆で家に戻り、ユークとヴィヴィアンはそれぞれの部屋へ向かった。
一方、アウリンはセリスとテルルに声をかけ、自分の工房へと誘う。
「適当なとこに座って」
工房の中はすでに荷造りが進んでおり、いくつもの箱が積み上げられていた。セリスとテルルは椅子に腰を下ろす。
「それで、師匠。私たちに話っていうのは?」
アウリンが向かいに座り、真剣な眼差しを向ける。
「ヴィヴィアンは……あの子はユークのことが好きなんじゃと、ワシは思っておる」
テルルが口を開いた瞬間、アウリンとセリスはわずかに息をのんだ。
彼女の言葉は、確信を持ってそう断言しているように聞こえた。
「それは……本当にそうなの?」
アウリンが問い返す。彼女も薄々気づいてはいた。けれど、それが尊敬なのか友情なのか、あるいは恋愛感情なのか、判断できなかったのだ。
だからこそ、ヴィヴィアン自身が行動を起こすまで見守ろうと考えていたのだ。
「おそらく間違いない。だがあの子は自分に自信が無くて、ユークに想いを伝えられずにおる。それを、なんとかしてやりたいのじゃ」
テルルはそう言い、深く頭を下げた。
「そのために……今夜、ユークとの情事の順番をワシら二人に譲ってはくれぬか?」
アウリンとセリスは顔を見合わせ、言葉を失った。テルルがそこまで真剣に考えていることに、驚きを隠せなかった。
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ユーク(LV.44)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:≪リミット・ブレイカー≫の効果が「最大300%上昇」から「最大500%上昇」へアップした。
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セリス(LV.42)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
備考:ブーステッドギアは、装着者の身体能力を大幅に向上させる鎧を召喚する能力。しかし、一度装着すると30分が限界で、その後は再度使用可能になるまで12時間のクールタイムを必要とする。
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アウリン(LV.43)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:威力が最大になるのは三十秒ほどチャージした後。
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ヴィヴィアン(LV.42)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:状況については何も知らされていない。
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テルル(LV.34)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:氷威力上昇
備考:年の功もあり、人の内心や状況を見抜くのが得意。
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