第185話 異世界カルミア~転生したら触手だった件~
カルミアが意識を取り戻した時、辺りは真っ暗だった。
(どこだ……ここは……?)
手足を動かそうとしても、まるで力が入らない。いや、それ以前に、自分の身体の形がどうにもおかしい。
(嘘だろ……何が起きてやがる……)
不思議なことに視界はないのに、周囲の様子だけは手に取るように分かった。
だからこそ、自分がどうなってしまったのかも理解できてしまった。
(俺の体が明らかに人間じゃ無くなってやがる……!)
かつてドラゴンへと変身し、ユークたちと戦いを繰り広げた男の姿はそこになく、残されていたのは怪物の一部に過ぎないちっぽけな存在だった。
◆ ◆ ◆
カルミアが触手として目覚めたその時から、時を少しさかのぼる。
ユークたちはまだ、肉スライムとの激しい戦いの只中にいた。
「もう一回! 《ブレイクスラッシュ》!」
セリスの槍が閃き、肉スライムの触手を二度目の斬撃で切り裂く。
切断された触手は、帝国兵を拘束したまま地面に叩きつけられた。
「よし、今だ! 急いで助けるんだ!」
兵士たちが駆け寄り、絡みついた触手を必死に引きはがす。
「取れた! もう大丈夫だ!」
「た、助かった……」
兵士が救出されると、触手は無様に地面へ転がった。
「この触手はどうする!?」
「俺に任せろ! 止めを刺してやる!」
剣を構えた兵士が一歩踏み出そうとした、その時。
「みんな、下がるんじゃ! アウリンが魔法で焼き払う!」
戦場に似つかわしくない少女の声が響き渡った。
「ど、どうすれば!?」
「急いで逃げろ! 早くしないと魔法使いの魔法が飛んでくる!」
「この触手は!?」
「良いからほっとけ! 巻き込まれるぞ!」
指示に従い、兵士たちは慌てて距離を取った。
兵士たちが退避した直後、アウリンが詠唱を終える。
「――《プロミネンス・ジャベリン》!!」
放たれた灼熱の槍が肉スライムへ突き刺さり、爆発的な炎が戦場を覆った。
セリスが斬り落とした触手は、その爆風に巻き込まれ、遠くへ吹き飛ばされる。
そしてしばらく後。
「いっけぇぇぇぇぇっ!」
肉スライムの巨体が魔力を分解する不可視の壁に押しつけられ、溶けるように消滅していく。
「これで終わりよっ!!」
ヴィヴィアンの盾が最後の欠片を押しきり、怪物の本体は完全にこの世から消え去った。
――だが、その遠く離れた場所。
切断された触手の中で、カルミアの意識が目覚める。
本体が滅んだことで、残された触手が新たな“本体”となったのだ。
本体の消失と共に魂の大部分は失われたが、偶然にも切断された触手にカルミアの魂が濃く宿っていたため、カルミアの人格だけが触手の統合意識として目を覚ましたのである。
(……わけが分からねぇ。何がどうなってやがる……)
カルミアは混乱していた。
彼の最後の記憶は、博士に裏切られた瞬間で途切れている。
気がつけば、分解されて吸収されたはずの自分が、触手の姿で戦場の隅に放置されていたのだ。
(ちっ……このままじゃ危ねぇ)
ただひとつ、はっきりと分かることがあった。
(人間に見つかったら、確実に殺される!)
カルミアは触手の感覚を広げ、戦場全体を探った。
(……やべぇ、人が多すぎる!)
兵士たちがあちこちに散らばっているのを知覚する。
必死に人の少ない方向を探し、身体をくねらせて移動を始めた。
(よし、このまま外へ……)
壁際へとたどり着き、脱出できると安堵しかけたその瞬間。
(え……?)
触手の先端が音もなく消失した。
(きききっ、消えた!? やべぇ! 見えねぇ壁が……触れたら体ごと消されちまう、見えない壁が道を塞いでやがる!)
動揺するカルミア。逃走の計画はあっさりと崩れ去った。
(人が来る……! まずい、早く隠れねぇと!)
迫り来る人間の気配を察知し、慌てて物陰へ身を潜める。
(どうすりゃいいんだ……俺は、これから……)
カルミアは人間の目から姿を隠しながら、どうすることもできず途方に暮れていた。
(ん……? なんだ、あれは)
絶望に沈みかけたその時、知覚範囲の端に、妙な存在を見つけた。
(こいつ……俺と同じ……?)
そこにいたのは、カルミアと同じように魔力で実体化した肉体を持つテルルだった。
(部屋の中を歩き回ってやがる。なんで気づかれねぇんだ……ああ、あいつは人間の姿をしてるからか……)
自分は触手の姿をしている。その事実が胸に突き刺さり、カルミアはどうしようもなく悲しくなってくる。
(おいおい、そこは危ねぇって……あー! やっぱりそうなったじゃねぇか……)
テルルが何かを拾おうと手を伸ばした瞬間、手首から先が消え失せ、慌てて引っ込めている。
(何やってんだよ、こいつは……)
それでも諦めきれないのか、テルルは棒のようなもので必死に壁の外にある物を引き寄せていた。
(あ、取れた……)
どうやら目的の品を拾うことに成功したらしく、テルルは嬉しそうに小躍りする。
(……そういや、こいつはどこから来たんだ? 元々ここにいたんじゃないとすれば、外に出る方法があるはずだ……)
カルミアは冷静さを取り戻し、思考を巡らせる。
しばらくしてテルルは人間の集団と合流し、何やら楽しげに会話を交わしていた。しかし今のカルミアには、人間の顔の違いすら見分けられなくなっている。ユークやセリスがそこにいたことにも気づかないままだった。
(……あいつは楽しそうにしゃべってるのに、俺は……一人で何やってんだろうな……)
胸の奥が妙に苦しくなる。理由は分からない。ただ、孤独が心を締めつけた。
やがて人間たちの集団が部屋を出ていく。
(出た……! やっぱり外に出る方法があるんだな! もしかして壁が消えたのか!?)
カルミアは触手の体を必死にくねらせ、出口を目指した。
(……よしっ! 出られた!)
ついにカルミアは、外へと抜け出すことに成功する。
(あとは……隠し部屋の緊急用転移魔法陣までたどり着ければ……)
カルミアは、幹部だけに知らされていた隠し部屋へと向かう。
幸いにも転移魔法陣は、別に用意された魔力供給源で無事稼働していた。
(転移魔法、発動!)
触手の体で必死に魔道具を操作し、魔法陣を起動させる。
転移の光が収まった時、カルミアは薄暗い隠れ家の床に身を横たえていた。
(……はぁ、なんとか逃げ延びたな。まさかこんな姿で生き残るとはな……)
安堵の息をついたのも束の間。扉が軋む音が響き、二つの小さな影が部屋へ駆け込んできた。
「ここだ! 光が見えた!」
「なにかいる!」
子供の声に、カルミアの心臓が冷たくなる。
(や、やべぇ……子供!? なんでこんなところに……!)
慌てて物陰に隠れようとしたが遅かった。目ざとい子供が指を差す。
「デカいヘビだ!」
「つやつやしてる……なんか、ちょっとかわいい」
(か、かわいい……だと!? 俺が!?)
カルミアは必死に威嚇するが、子供たちは恐れるどころか興味津々に近寄ってくる。
「さわってみよーっと」
「ば、バカ! 危ないって!」
「だいじょうぶだって。ほら……」
子供がカルミアに飛びつき、思い切り抱きしめた。
体がしめつけられる。
(やめろ! やめろって! くそっ、びくともしねぇ!)
必死に体をくねらせるが、カルミアの力は大幅に弱体化しており、子供ひとりの力にすら抗えなくなっていた。
「……あったかい」
「ほんとだ、ふわふわしてる!」
子供たちは楽しそうに笑い合う。
「ねえ、この子、飼っちゃおうよ!」
「そうだね! じゃあ、名前つけなきゃ!」
(――はぁぁぁ!? なんで俺がペット扱いなんだよ!?)
心の中で頭を抱えるカルミア。だが残された力では抵抗することすらできない。
「じゃあさ、リマ! 早く家に連れて帰ろう!」
「うん! 楽しみだね、ペクト!」
皮肉なことに、その子供たちはかつてカルミアが部下に命じて攫わせた者たちだった。
(……こんなバカな話があるかよ。俺が……俺が、飼われる側だなんて……)
子供たちの笑い声が隠れ家に響く中、カルミアはしおしおと触手の体を丸めるしかなかった。
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カルミア(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:もはやユークへの恨みはすっかり無くなっている。というか、今はそれどころでは無い。
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ペクト(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:アズリアの息子、魔法の才能が無く、剣を練習している。
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リマ(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
備考:アズリアの娘。ユークから魔法を教わった経験を持つ。
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