第184話 街への帰還
「ユーク殿。ヘリオ博士を始末してくれたようだな。まずは感謝させてくれ」
姿を現したのは、鮮やかな赤い鎧に身を包んだ王国の女騎士ルチルだった。
彼女は歩み寄りながら、金色の髪を耳にかける仕草を見せる。その笑みは柔らかく、それでいて騎士らしい気品を感じさせていた。
(やばっ……博士を殺すよう頼まれてたこと、すっかり忘れてた……)
ユークは思わず顔をこわばらせる。
いろいろな出来事が重なったせいで、依頼のことなど頭からすっかり抜け落ちていたのだ。
「えっと……まあ、成り行きで……」
ユークはぎこちない笑みを浮かべてごまかす。
「ふふっ。ここには帝国の兵も多いからな。そういうことにしておこう。だが、成り行きであろうと結果は同じだ。感謝しているのは事実だぞ」
ルチルは意味ありげにウインクをしてみせる。
「ははは……」
依頼とは関係なく博士を討っただけに、ここまで感謝されるとユークはどうにも気まずかった。
「えっと、ご用はそれだけですか?」
ユークは話題を変えるように問いかける。
「む? そうだな……。実はもう一つある。道中で見かけた、ほぼ無傷で倒されていたミスリルゴーレムのことなんだが……」
ルチルの言葉に、ユークは思わず視線を泳がせた。
それは、ついさきほどオライトと交渉したばかりの話題だったからだ。
「あ、それなら……さっきオライト様が帝国に売ってほしいって仰ってました……」
ユークは正直に答える。
「なっ……一足遅かったか!」
ルチルは小さく悔しそうに声を漏らす。
「必要なら、直接オライト様と交渉してください。俺たちが口を挟むことじゃありませんから」
ユークはやんわりと釘を刺した。国同士の問題に巻き込まれるのは避けたかったからだ。
「ああ、構わんよ。あわよくばと思っただけで、絶対に必要なものでもないからな」
ルチルはあっさりと引き下がった。
「一番の目的はな……」
そう言って彼女は腰のカバンを探り始める。
「……これを、君に渡そうと思ってな」
彼女が取り出したのは、小箱のようなものだった。
「これは?」
ユークは首をかしげる。見覚えのある魔道具に似ているが、大きさが違った。
「転移封じの天蓋だ。小型のものだが、予備として私にも渡されていてな」
「えっ……!」
ユークは息をのんだ。百万ルーンもする使い捨ての魔道具が、余分に用意されていたとは思わなかったのだ。
「えー! そんなのあったの!? あの時に使ってくれれば、もっと楽だったのに!」
セリスが思わず口を挟む。
「仕方なかろう。私は“壁を押せば怪物が倒せるかもしれない”としか聞かされていなかったのだからな」
ルチルは少し不満げに唇を尖らせる。
「ああ……それなら仕方ないですね」
ユークも頷いた。肉スライムとの最後の戦いでは、状況を把握できないまま参戦した者も多かったのだ。
「使うなり売るなり好きにしてくれ。博士を討ってくれた礼だと思って受け取ってほしい」
ルチルは魔道具を差し出す。
「ありがとうございます」
ユークは両手でしっかりと受け取った。
「私の用は以上だ。もし困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ。私にできることであれば力になろう。――ではな!」
そう告げ、ルチルは部下を引き連れて去っていく。
「お客がひっきりなしに来て忙しいな、ユーク君は」
次に声をかけてきたのは、ギルドガードの隊長ダイアスだった。
「ダイアスさん、怪我は大丈夫ですか?」
ユークが心配そうに声をかける。
「ああ。アウリン君にもらった薬がよく効いてね。無茶はできんが、普通に動かす分にはもう問題ない」
その言葉に嘘はなく、痛みを隠している様子もなかった。
「それより、君たちには礼を言わせてほしい。おかげで街の危機を未然に防ぐことができた。本当にありがとう」
深々と頭を下げるダイアス。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな、ダイアスさんに頭を下げられるなんて……困りますよ」
ユークは慌ててしまう。大人に本気で頭を下げられることに慣れていなかったのだ。
「これからも、街のために力を貸してくれると嬉しい」
顔を上げたダイアスは、真剣な眼差しで告げる。その視線を受けて、ユークは言葉に詰まった。
胸の奥に小さな罪悪感が芽生える。自分たちが街を離れるつもりだと、まだ話していなかったからだ。
「……実は、その……俺たち、この街を出ようと思ってるんです」
ためらいがちにユークは打ち明けた。
「なんと……そうか」
ダイアスは腕を組み、難しい表情を浮かべる。
(やっぱり言わない方がよかったかな……)
ユークの心に後悔が広がる。だが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「だったら、君たちの取り分の査定はできるだけ早く終わらせるよう、ギルドに伝えておこう」
ダイアスはまっすぐユークを見て、穏やかに笑う。
「えっ……いいんですか!?」
ユークは思わず声を上げた。
街を守ることを第一に考える彼からすれば、自分たちの行動は裏切りに映ってもおかしくない。それでもダイアスの顔には、一切の非難の色がなかった。
「俺が君たちにできることなんて、これくらいしか無いからな。それでも数日はかかってしまうと思うが」
申し訳なさそうに言うダイアス。
「いえ! 大丈夫です! 本当にありがとうございます!」
ユークは心から礼を言った。ギルドの査定はいつも時間がかかる。それを急がせてくれるというのは、本当にありがたい申し出だった。
「すまないが、俺にはギルドカードをまとめる仕事が残っていてね。これで失礼する」
ダイアスは軽く手を挙げてその場を去っていった。
――最後に現れたのは、ラピスだった。
「ユークさーん!」
勢いよくユークに抱きつく。
「わっ!?」
突然抱きつかれ、ユークは驚く。
「ああっ!?」
横で見ていたセリスが、不機嫌そうに顔をしかめる。
「ちょっと! 離れて!」
慌ててラピスを引き剥がそうとするセリス。だが当のラピスは気にした様子もなく、明るい笑顔を見せる。
「みなさん、無事でよかったです!」
「ごめん。ラピスたちを巻き込んでしまって……」
ユークが頭を下げると、ラピスは慌てて手を振った。
「いえ、そんな! むしろせっかくついてきたのに役に立てなくて、私の方こそ申し訳なかったです」
「そんなことないよ。ラピスたちは大きな魔石を壊してくれたじゃないか。あれがなかったら危なかったよ」
ユークの言葉に、ラピスは頬を赤らめて小さく尋ねた。
「そ、そうですかね……? ……本当に、役に立てました?」
「もちろん。ありがとう、ラピス」
ユークが笑顔で礼を言う。
「いえ、その……えへへ」
嬉しそうに視線を逸らすラピス。
「あっ、そうだ! 今、街に戻る人たちのために馬車が出ているみたいなんです。一緒に帰りませんか?」
少し間を置いて、ラピスが手を叩いて提案する。
「本当!? 街に帰るのにどうしようかと思ってたんだ!」
ユークが喜びの声を上げた。
「よしっ、決まりですね!」
ラピスがウインクする。
「でも……上までは歩いて登るしかないッスよ?」
そんな彼らにミモルが残酷な現実を突きつけた。
「……そっか。ここから上まで、また登らなきゃいけないのか……」
ユークはその場に座り込んだ、想像しただけで疲れがどっと込み上げてくる。
「行きが楽だった分、余計にきつく感じますね……」
ラピスも大きなため息をついた。
「ああもう、ほらほら二人とも、しっかりしなさい! 甘いものでも食べて、しっかり英気をやしなってから、地上に戻るわよ!」
アウリンが焼き菓子を取り出して二人に押し付ける。
「甘くて美味しい……!」
お菓子を食べたユークの顔がぱっと明るくなる。
「すごい……こんなもの、どうしたんですか?」
驚き、お菓子とアウリンを交互に見ながらラピスが問いかける。
「ユークに食べさせようと思って持ってきた残りよ。まだあるから、みんなで食べましょう」
アウリンが袋を広げると、仲間たちの表情も一気に華やいだ。
「わぁ!」
「すごーい!」
「わたしこれ食べるー!」
場がにぎやかになる中、アウリンはユークの隣にそっと腰を下ろした。
「ありがとう、アウリン」
ユークが笑いかけると、アウリンは小さく首を振った。
「いいのよ。それに……」
アウリンはそっとユークの耳元に顔を寄せ、声を潜める。
「(師匠のこともあるしね……)」
ユークはハッとした。天蓋の壁が消えないとテルルは外に出られないのだ。お菓子を出したのは、ラピスたちに気づかせないためでもあった。
やがてテルルから壁が消えたと知らせが届くまで、小さなお茶会は続いた。
――そして長い時間をかけて地上へ戻った一行は、馬車の乗り合い場所へとたどり着く。
揺れる馬車の中、アウリンはユークの肩にもたれて眠ってしまった。よほど疲れていたのだろう。
「お疲れ様、大変だったね……」
ユークはそっと声をかけ、彼女を起こさないように慎重に手を伸ばした。指先でアウリンの髪をなでると、その表情がかすかに緩む。
眠りの中にいるはずのアウリンは、まるで安心したかのように小さく微笑んでいた。その無防備な笑みを見て、ユークの胸の奥にあたたかなものが広がっていく。
こうしてユークの誘拐から始まった一連の事件は、静かに幕を閉じたのだった。
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ユーク(LV.44)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:朝に牢屋を脱走したときは、まさかこんな大騒動になるとは思っていなかった。
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セリス(LV.42)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
備考:ユークの反対側の隣に当然のように座り、やがてアウリンと同じように眠ってしまったユークを、優しい表情で見守っていた。
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アウリン(LV.43)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:ユークが居なくなってから、ずっと精神的にギリギリだった。
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ヴィヴィアン(LV.42)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:鎧が重いため、一人だけ別の馬車で帰ることになってしまった。少し泣いた。
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テルル(LV.34)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:氷威力上昇
備考:天蓋の壁が消えたか確認するために何体か消費したが、偵察に使っていた銀の虫を回収したことでレベルが少し回復した。
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