第180話 戦いの後に
戦いを終え、ユークたちは荒い息を整えながら、その場で一息ついていた。
「ユークくーん! みんなー!」
鎧を揺らしながら駆け寄ってくる影があった。兜を外したヴィヴィアンが、大きく手を振っている。
「ごめんなさい……。私、肝心な時に役に立てなくて……」
申し訳なさそうに眉を下げる彼女は、小さくうなだれていた。
「そんなことないわ。あなたがいたから、博士の一撃を防げたんじゃない!」
アウリンが笑顔を向けると、ヴィヴィアンの肩がわずかに震える。
「うん。みんな無事だったんだし、気にすることないと思う!」
セリスも優しく頷きかける。
「ありがとう、ヴィヴィアン。俺たちを守ってくれて」
ユークがまっすぐにそう告げると、ヴィヴィアンの目に涙が浮かんだ。
「みんな……」
その場にしゃがみ込み、彼女は小さく嗚咽をもらした。ユークたちはそっと近寄り、彼女を抱きしめる。仲間としての絆が、確かにそこにあった。
「……それにしても。ヘリオ博士は、どうしてあんなことをしたのかしら……」
涙を拭ったヴィヴィアンが、残骸を見つめながら小さく呟く。
「英雄になりたいって、言ってたわ」
アウリンが肩をすくめて答えた。
「英雄? そんなの……やってることが逆じゃない……」
驚きに目を見開くヴィヴィアン。
「知らないわよ。博士が自分でそう言ってたんだから」
アウリンは不満げにそっぽを向いた。
「英雄、か……」
ユークはふと、酔ったカルミアが「俺は将来英雄になる」と豪語していたことを思い出す。
「俺には分からない。なんでそんなもののために、全部を壊してしまうんだろう……」
悲しげに呟く彼に、思わぬ声が重なった。
「……私は、ちょっと分かる」
セリスの小さな声だった。
「えっ?」
ユークが驚いて振り返る。
「大切なもののためなら、他のすべてを捨ててもいいって思う気持ち……。私も、そうだから」
そう言ってセリスはユークの手を握りしめた。
「セリス……」
「セリスちゃん……」
アウリンとヴィヴィアンが切なげな目を向ける。
「あっ! でも、私……アウリンとヴィヴィアンのことも大好きだからね!」
慌てて言い直すセリスに、二人は顔を見合わせて笑った。
「ふふ、ありがとう」
「そうね。私もセリスちゃんのこと、大好きよ」
仲間の笑顔に、重かった空気が少しずつ晴れていく。
「そういえば……レベルが上がったと思うんだけど、みんなはどう?」
空気を変えるように、ユークが口を開いた。
「うん! 私、新しいスキルを覚えたよ!」
セリスが元気よく手を挙げる。
「私も新しいスキルを覚えたわ。詳しくはギルドで鑑定してもらわないと分からないけど……たぶん威力強化系ね」
アウリンが自信ありげに笑みを浮かべる。
「私はとっても使いやすそうな、防御系のスキルを覚えたわ~」
ヴィヴィアンも嬉しそうに頷いた。
「ユークは?」
セリスが期待のこもった瞳で彼を見つめる。
「俺は……新しいスキルは感じられないから、今あるスキルが強化されたか、もしくは常時発動が増えたか。そのどちらかだと思う」
「そうなんだ……」
セリスは眉を下げてしゅんとする。
「いいんじゃない? ユークのEXスキルは最初から十分に強力だもの。そのどちらにしても、大きな強化になるはずよ」
アウリンの言葉に、セリスの顔がぱっと明るくなる。
「そっか! やっぱりユークってすごいね!」
「はは……。でも、今はジョブが機能停止してるから、詳しくはギルドに行かないと分からないんだけどね」
ユークは気恥ずかしそうに笑った。
そこへテルルが息を切らせて走り込んでくる。
「テルル!? どうしたの、そんなに慌てて!」
ユークが声を上げると、テルルは肩で息をしながら叫んだ。
「はぁっ、はぁっ……! 今すぐ、奴にとどめを刺すんじゃ!」
震える指先が博士の残骸を指す。
「え? 博士はもう死んでるでしょ? 実際、私たちのレベルも上がったし」
アウリンが言うと、テルルは首を振った。
「違う! 奴はワシと同じ存在。死ねば消滅し、死体など残らん!」
「っ!」
ユークたちは慌てて残骸に目を向ける。そこには黒焦げの塊が残り、数人の帝国兵が近づいて調べていた。
「兵士さん! 危ないから、離れ……!」
ユークが叫んだ瞬間、残骸を突き破って触手が飛び出し、兵士の身体を絡め取って宙に吊り上げる。
「なっ……何だ!?」
兵士が必死にもがく。やがて残骸の中から肉があふれ出し、無数の触手を伸ばしていった。
「生き返った……!?」
ユークの目が見開かれる。
「うわっ! 気持ち悪っ!」
アウリンが嫌悪を隠さず顔を歪める。
グロテスクな肉塊はどろどろと形を変え、まるでスライムのように震えていた。
「あれ……人なの……?」
ヴィヴィアンが呆然と呟く。
「ううん。アレからは意思が感じられない……」
彼女は直感にまかせて、静かに口を開いた。
肉塊はぱっくりと割れ、内側から牙をのぞかせる。その口へ、触手で縛られた兵士を引き寄せていく。
「まずい! 奴はあの兵士を喰うつもりじゃぞ!」
テルルが声を張り上げた。
「う、うわああああああ!!!」
兵士が恐怖に絶叫する。だが、必死に暴れても触手はびくともしない。
「セリス!」
ユークの声に、セリスが即座に反応した。
「任せて!」
彼女は立ち上がり、力強く宣言する。
「EXスキル――《ブーステッドギア》!」
光がセリスの体を包み込み、瞬く間に魔力の鎧が形成される。それは着る者の身体能力を飛躍的に高める魔法の装甲だった。
「はぁっ!」
跳躍したセリスが触手を一閃し、兵士を絡め取っていた束を切り裂く。そのまま兵士を抱き上げ、安全な場所へと飛び退いた。
「っ! あれは……!」
ユークが息を呑む。
「恐らく、博士が抑えていた多くの魂が、博士が死んだことで暴走を始めたんじゃろう……」
テルルが真剣な表情で答えた。
「なら、今度は私の番ね!」
アウリンが笑みを浮かべた。
「アウリン……?」
ユークが驚くと、彼女は力強く頷く。
「私の新しい力を見せてあげる。――EXスキル、《コンセントレイション》!」
足元に魔法陣が浮かび、空気が震える。アウリンの魔力が時間と共に膨れ上がり、ユークの肌が粟立つほど、圧力が強まっていく。
「すごい……。魔力がどんどん高まっていく……!」
ユークは息を呑んだ。
やがて詠唱を終えたアウリンが、前を見据える。
「――《ライトニングランス》!!」
轟音と共に雷鳴の槍が大気を裂いた。稲光の槍は眩く輝き、周囲を白く染め上げた。
「な……大きい……!」
ヴィヴィアンが声を上げる。
「信じられん……。なんじゃこの威力は……」
テルルが震えながら呟く。
その威力は、通常の『ライトニングランス』を遥かに超えていた。ユークは直感する――これは、彼女のかつての最強魔法『プロミネンス・ジャベリン』すら凌ぐかもしれないと。
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ユーク(LV.42)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:実は次はどんなEXスキルが手に入るかわくわくしてたので、少しがっかりしてる。
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セリス(LV.40)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
EXスキル2:≪ブーステッドギア≫
備考:直前に使っていた疑似EXスキルの影響か、体に負担のない強化系のスキルを獲得した。
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アウリン(LV.41)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
EXスキル2:≪コンセントレイション≫
備考:実は『コンセントレイション』はユークの『リインフォース』の効果も乗るので、結構な壊れスキル。
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ヴィヴィアン(LV.40)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫
備考:セリスが気軽にEXスキルを使っているのを見て、羨ましかったので、自分も扱いやすいスキルを得られて少しうれしい。
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テルル(LV.19)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:氷威力上昇
備考:人間の魂を吸収する危険性は理解していたが、想像以上に危険度がヤバかった。
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肉スライム(LV.??)
性別:??
ジョブ:??
スキル:??
備考:かつて、ヘリオ博士だったもの。すでに意思はなく、本能のみで活動している。
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