第178話 英雄
ユークたちの前に立ちはだかったのは、全身から触手を生やし、異形の巨人と化したヘリオ博士だった。
『……ぐうぅ……あ、ああ……! 頭が……割れる……!』
博士は頭を押さえ、苦悶の声を漏らす。テンタクルロードを取り込んだ代償で、彼の精神は侵食されつつあった。
「なんだか様子がおかしいわ!」
ヴィヴィアンが警戒の声を上げる。
「今のうちに攻撃するんだ!」
ユークとアウリンが素早く詠唱を行い、三人で同時に攻撃を放った。
「『フォースジャベリン』!」
「《フレイムランス》!」
「《ストーンブレイカー》!」
だが、放たれた魔法はすべて、博士の身体から伸びた触手に阻まれてしまう。
『ふ……はは……無駄だ……! この力の前には、君たちの攻撃など無力だ……!』
「っ!」
「そんな……!」
ユークは絶句し、アウリンも顔を青ざめさせた。
「来るよっ! 備えて!」
セリスが警告を叫ぶ。
『見せてあげるよ! この僕の力を!』
博士は目を見開き、咆哮を上げながら襲いかかる。
「下がって!」
ヴィヴィアンは咄嗟にユークを突き飛ばし、攻撃をその身で受け止めた。衝撃が走り、金色の全身鎧から圧縮された空気が漏れ出す。
「ぐっ……でも、これくらいならまだ耐えられるわ……!」
ヴィヴィアンは顔を歪めながらも踏みとどまった。金色の鎧が悲鳴を上げるようにきしむが、砕ける気配はない。
『小賢しい! 脆弱な人間ごときがぁ!!』
博士の触手がさらに絡みつき、ヴィヴィアンの全身を締め上げる。
「くっ……鎧ごと私を押し潰す気ね。でも、この鎧は特別製よ。そう簡単には壊せないわ!」
息を詰まらせながらも、彼女は笑みさえ浮かべてみせた。
『……調子に乗るなよ、小娘が!』
博士はヴィヴィアンを触手ごと持ち上げる。
「えっ、ちょっと待っ……!」
宙に浮かされたヴィヴィアンの足が空を切った。
『飛んでいけぇぇっ!』
博士の腕が大きく振り抜かれ、彼女の身体は壁際まで投げ飛ばされる。
「きゃあああああっ!」
激しく壁に叩きつけられるが、鎧が衝撃を吸収しほとんど衝撃は無かった。
「うぅ……」
鎧のおかげで大きな怪我はなかったが、ヴィヴィアンは頭がふらついてしまい、しばらく動けそうになかった。
盾役を失ったユークたちは、無防備のまま怪物と対峙することになった。
『人間が……他にも……』
博士の目が、次の獲物を探すように光る。
そのとき、不意に彼は動きを止めた。
『……ぐっ……うう……この身体も、この力も、僕のものだ……勝手に……されて……たまるか……!』
博士はふらふらと揺れながら、意味不明な言葉を繰り返す。
(錯乱している……行動が安定していない)
ユークは敵の様子を冷静に観察した。
「ユーク、どうするの?」
アウリンが不安げに尋ねる。
「どうするも何も、倒すしかない。放置しても、正気に戻っても、どっちにしろ危険に変わりはない」
ユークの言葉は迷いを含んでいなかった。
「……でも、本当に倒せるの?」
セリスが声を震わせる。
「アウリンのEXスキルを使うしかない」
その一言に、アウリンは眉をひそめた。
「確かに私のEXスキルは敵を焼き尽くすまで燃え続けるわ。だけど、博士にスキルの範囲外に移動されたらどうしようもないわよ?」
アウリンはふらふらと移動し続ける博士を見て言う。
「移動される前に、倒しきるのは無理そう?」
ユークが確認する。
「無理ね。フレイムランスが全然効かなかったんだから、炎耐性はかなり高くなってるはず。EXスキルを使っても殺しきる前に、間違いなく逃げられるわ」
アウリンが答える。
「……わかった。それなら俺が止める」
「本気で言ってるの?」
即答するユークに、アウリンは目を見開いた。
「……けど、それをやるにしても、一定時間あいつを同じ場所に留めておかないと」
「結局そこに戻るのね……」
アウリンは深いため息を吐いた。
「とりあえず、やるだけやってみようか」
ユークの言葉に、小さく頷くアウリン。
「ダメかっ……!」
ユークは詠唱を始め、拘束の魔法を完成させようとするが、詠唱が完了する前に範囲外に出られてしまう。
「くそっ! もう一度だ!」
もう一度詠唱するが、今度は発動の直前に再び外れてしまった。
「ユーク! カルミアのときみたいに、もっと大きな檻は作れないの!? これじゃ全然捕まえられないじゃない!」
アウリンが苛立ちを隠さず叫ぶ。
「無茶言わないでよ! あれはEXスキル発動中だから出来たんだ!」
互いに声を荒げる二人。
彼女の苛立ちは一向に捕まらない博士にも向けられた。
「あーもうっ! そんな姿になってまで、いったい何がしたかったのよ!」
アウリンが叫ぶ。
「……なにを……?」
博士がゆっくりと首をこちらに向ける。
「あっ……」
アウリンは口を押さえ、青ざめた。
「ちょっと……!」
ユークも困惑の表情で彼女を見やる。
「僕は……そうだ、英雄に……僕はこの力で、英雄になりたかったんだ……!」
その言葉には、狂気と同時に、かすかな悲痛さがにじんでいた。
◆◆◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユーク(LV.39)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:緊張と焦りから普段よりイライラしている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
セリス(LV.37)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:とりあえずユークとアウリンの守りについている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アウリン(LV.38)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:いつ博士が正気に戻るか分からず、非常に焦っている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィヴィアン(LV.37)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:現在、戦線離脱中
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヘリオ(LV.65)
性別:男、女、男……(他多数)
ジョブ:召喚師、剣士、上級剣士……(他多数)
スキル:スキル:≪召喚魔法≫、槍の才、剣の才……(他多数)
備考:だいぶ、錯乱している。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




