第177話 進化する狂気
『……できればこの手は使いたく無かったんだけどね。来い、テンタクルロード!』
床一面に巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこからぬらりとした触手が次々と這い出す。現れたのは、無数の触手をうねらせる、塊そのものが怪物と化した異形のモンスター――テンタクルロード。
ヘリオは、自らが生み出したおぞましい存在を見上げ、唇を苦々しく歪めた。
なぜ今まで、この怪物を召喚しなかったのか。
理由は明白だった。召喚したモンスターをそのまま吸収すれば、その意識と攻撃性が自身の魂を侵食してしまう。研究を重ねた彼は、その危険性を誰よりも理解していた。
本来なら、まず適合する人間に変身能力を与え、その魂ごとモンスターを吸収することで侵食を防ぐつもりだった。だが、あのカルミアですらこのモンスターとは適合せず、ずっと放置されていたのだ。
だが、魔石は今にも砕かれようとしており、召喚の基盤すら失われかけている。フレイムゴーレムの吸収も不完全で、得られたはずの炎への耐性も中途半端なままだった。
このままでは勝ち目はない。そう理解しているからこそ、彼は禁じ手に手を伸ばした。
リスクを承知で、魂を侵食する危険を抱えたままテンタクルロードを吸収する――それしか残されていなかったのだ。
再び視線を上げる。触手の塊は意思を持つかのようにうねり、まるで生き物そのもののように脈動している。
その動きに、背筋を走る寒気を抑えられない。だが同時に、これしか勝ち目は無いという確信もまた、彼の胸にあった。
◆ ◆ ◆
「……みんな、下がって!」
ユークは咄嗟に指示を出し、セリスやヴィヴィアンと共に距離を取る。突然現れた、禍々しい触手の怪物に誰もが警戒心を露わにしていた。
ユークたちは、元々後方に位置していたアウリンの近くまで退避する。
「な、なんなのあれ……!」
セリスが目を見開き、槍を構えたまま動きを止めた。
「分からないけど、あの触手に捕まりたくはないわね……!」
ヴィヴィアンも見た事ないモンスターの姿に、冷や汗を浮かべている。
しかし、テンタクルロードは彼らに目もくれず、その触手を近くにいたヘリオ博士に向けた。
「な……!? 仲間割れか!?」
ユークは驚愕の声を漏らす。
テンタクルロードは、召喚主であるヘリオを認識できないでいた。ヘリオの身体は、すでに多くの魂と融合している。その複雑な魂が、テンタクルロードの攻撃対象を狂わせていたのだ。
ユークは仲間たちに目で合図を送る。
「このまま、様子を見よう。もしかしたら、同士討ちで自滅してくれるかもしれない」
その言葉に、セリスたちも頷き、警戒しながらも戦いの成り行きを見守ることにした。
だが、事態は彼らの予想とは異なる方向へ進む。
『やはり僕を主として認識してはくれないか……だけど、ユーク君。こうなれば君にも道連れになってもらおう!』
ヘリオは、自身の身体に絡みつくテンタクルロードごと跳躍し、一気にユークの目の前まで飛んできたのだ。
「しまっ……!」
ユークは咄嗟に身を翻し、攻撃をかわす。しかし、巨大な触手の一本が、ユークの足に絡みつき、あっという間に彼の全身を縛り上げた。
「ユーク!」
セリスが駆け寄るが――。
『行かせるものか!』
触手に絡みつかれたままの博士が割って入り、鋭い一撃で彼女を押し留める。
ユークの口は触手で塞がれ、詠唱すらできない。息苦しさに顔を歪める彼の姿に、全員の心臓が凍りついた。
「邪魔っ……!」
セリスが必死に槍を突き出すが、博士の妨害で近づけない。
「くそっ……!」
ユーク自身も抵抗しようとするが、拘束は強まるばかり。
その状況を見たアウリンが、覚悟を決めたように一歩前へ踏み出した。
「――《プロミネンスジャベリン》!」
アウリンの叫びと共に、巨大な炎の槍が放たれた。烈火が触手の塊を貫き、爆ぜる熱が一帯を覆う。
『キュェェェェェェ!?』
テンタクルロードの悲鳴が轟き、全身が焼け裂けていく。
『ぐうっ!』
その巻き添えを食らい、博士も腕を焼かれ、苦悶に顔を歪めた。
「うっ、うわぁあぁああっ!」
触手が一気に力を失い、ユークの身体が宙に放り出される。
「ユーク!」
セリスが駆け寄り、飛び出すようにして彼を抱きとめた。力強い腕の中でユークはかすかに息を吐き、安堵の色を浮かべる。
だが――。
ユークが顔を上げると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
テンタクルロードが消滅して放たれた光の粒子を、ヘリオが必死に身体へと吸収していたのだ。
『……ふふ。これで――新たな進化を遂げられる……!』
粒子が身体に浸透していくにつれて、巨人と化したヘリオの全身からぬるりとした触手が次々と生え出し、見る間に巨人の姿はさらにおぞましい怪物へと変貌していく。
「なんだ……あれ……!」
ユークはセリスの腕の中で、震える声を漏らした。
光が収まった時、そこに立っていたのは――全身から無数の触手を生やした異形の巨人だった。
ヘリオ(LV.55)→ヘリオ(LV.65)
「そんな……! 折角テルルのおかげで弱体化していたのに、モンスターを吸収して力を取り戻された……!」
ユークの呟きは、巨人の上げた咆哮にかき消される。
戦いは、まだ終わらない。むしろ、ここからが本番だとでも言うように、巨人はゆっくりとユークたちにその身を向けるのだった。
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ユーク(LV.39)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:現在、セリスにお姫様抱っこされている。
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セリス(LV.37)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:ユークの全身が触手でぬめっていて、少し気味が悪い。
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アウリン(LV.38)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:敵同士で削り合ってくれるなら放っておくつもりだったが、結局ユークを助けるために倒してしまった。
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ヴィヴィアン(LV.37)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:ただでさえ気味の悪いモンスターが、さらに不気味な姿に変貌してドン引きしている。
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ヘリオ(LV.65)
性別:男、女、男……(他多数)
ジョブ:召喚師、剣士、上級剣士……(他多数)
スキル:スキル:≪召喚魔法≫、槍の才、剣の才……(他多数)
備考:炎耐性や触手など多くの力を得たが、精神汚染が深刻。
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