第173話 窮地、そして共闘
ユークの叫び声が響くと、仲間たちの瞳に再び光が宿った。恐怖が消え去ったわけではない。しかし、それでも「勝てるかもしれない」という確信が、彼らの背筋をもう一度伸ばさせた。
アウリン、セリス、ヴィヴィアンがそれぞれの持ち場へ駆け出し、巨大なモンスターへと変貌したヘリオ博士と対峙する。
「まずは牽制だ! アウリン、プロミネンス・ジャベリンを! セリスは遊撃に回ってくれ! ヴィヴィアンは俺たちを守ってほしい!」
ユークが一気に指示を飛ばす。
「あ、あのっ! 私たちは……!」
背後から、ラピスたちの心許ない声が響いた。
振り返ったユークは、彼女たちの足が小さく震えているのを目にする。まだ戦場に立てる状態とは、とても思えなかった。
(……今は戦わせられない……か)
「ラピスたちは下がっててくれ!」
ユークは短く言い放つ。
「でも、私たちだって!」
だが、ラピスたちも必死に食い下がる。
「戦えないなら足手まといだ! ここは下がっていてくれ!」
声が荒くなる。焦りが、言葉を刺々しくしたのだ。
ラピスの顔に影が差したのがわかったが、今は気を配っている余裕はなかった。
「……わかりました」
唇を噛みながらも、ラピスたちは後退する。
弱体化しているとはいえ、目の前のヘリオ博士は格上だ。戦いながら背後を気にしていられる相手ではない。
視線を前へ戻せば、すでにセリスが斬り込んでいた。巨人の足元を駆け抜け、軽やかに槍を突き込んでいく。小さな影が大きな怪物を翻弄する姿は、戦場に立つ者たちの心を奮わせるものだった。
ユークもまた、詠唱を開始する。
『そう簡単に詠唱させると思うか!』
博士が豪脚を振り上げ、圧力と共にユークたちへ叩きつけた。
「させないわっ!」
ヴィヴィアンが前へ躍り出て、盾を突き立てる。その瞬間、彼女の全身を凄まじい衝撃が襲った。
「ぐっ……! うううっ!」
地面に固定したアンカーが悲鳴を上げ、鎧のシリンダーがきしみを上げる。カルミアとの戦いで酷使された機構は、すでに限界に近かった。
「まだっ! まだああぁぁぁぁぁっ!」
ヴィヴィアンは歯を食いしばり、全身に力を込める。
その瞬間、彼女の体から黄金の輝きが溢れ出した。鎧の表面に浮かび上がる紋様が、彼女の覚悟を刻み込む。内部機構が軋みながらも修復され、より強靭に変貌していく。
ドミネイトアーマー――魔力を鎧へ浸透させる自動発動型のEXスキル。今まさに、彼女の全身鎧に完全な魔力強化が宿った。
「はあぁぁぁっ!」
彼女の盾は、巨人の一撃を見事に受け止めてみせた。
『なに……僕の攻撃を防いだだと!?』
博士の声が驚愕に震える。
その隙を逃さず、セリスが擬似EXスキルを発動する。
「『スラスト・ランス』!」
鋭い突きが博士の足を貫き、巨体を大きく揺らした。
「ぐぅぅぅぅっ!」
苦悶の声が響く。
続いて、ユークの詠唱が完了する。
「《ストーンブレイカー》!」
圧縮された岩槍が放たれ、猛速で博士の足を穿った。鋼鉄をも砕く穂先が貫通し、血肉を削り取る。
『ぎっ、ぐああああっ!!!』
両足を撃ち抜かれた博士は、巨体を支えきれず尻もちをついた。
部屋が大きく揺れる。
だが、揺れる床の上で、アウリンが詠唱を完了させた。
「《プロミネンス・ジャベリン》!」
アウリンの叫びとともに、紅蓮の魔槍が空を裂き、博士の巨体へと突き進んだ。
炎の槍は迷いなくその頭部を貫き、内部から燃え広がる。
肉も骨も鎧も、炎の奔流に呑み込まれ、容赦なく焼き払われていった。
「がああああああああああっ!」
絶叫が響き渡る。しかしそれは怒りでも怨嗟でもなく、死を悟った者の断末魔のようだった。
やがて声は途切れ、炎が博士の頭部を完全に包み込み、灰となって崩れ落ちていく。
巨体はまだ健在だったが、もはや動くこともなく、部屋には重苦しい静寂が訪れる。
「……終わった、のか?」
ユークが息をのむ。
アウリンも肩を上下させながら、燃え尽きた頭部を見つめる。
セリスやヴィヴィアンも、武器を構えたまま、ただ成り行きを注視していた。
博士は確かに強大な力を持っていたが、彼は本質的に研究者であり、戦場を駆ける戦士ではなかった。
その動きは鈍重で、攻撃も直線的。経験ある探索者であれば容易に対応できるものだった。
もし同じ力をカルミアやルーダのような戦闘の才に長けた者が操っていたならば、こうもあっさりと頭部を奪うことはできなかっただろう。
考えるだけで背筋が冷える。彼らが戦ったのは、戦闘に不慣れな博士だったからこそ、勝機を掴めたに過ぎなかった。
だが、その時――
『ぐぉぉぉぉぉぉ……!』
重々しい唸りが空気を震わせた。灰となって消えたはずの頭部が、炎の残滓の中から再び形を成し始める。肉が盛り上がり、骨が組み上がり、鎧すらも元の姿へと戻っていく。
『よくも……よくもやってくれたなああああ!』
完全に蘇った博士が咆哮を放ち、空気を震わせた。
「なっ……!」
ユークは思わず舌打ちする。
足の傷さえ、いつの間にか完全に塞がっている。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!』
怒りに任せた攻撃を繰り出す博士。その一撃を、ヴィヴィアンが盾で受け止める。
「そんな……頭を破壊しても……再生するなんて!」
アウリンの声が震える。
「いや……ただ再生した訳じゃない。何か……外から魔力が供給されて、無理やり再生させられたような感じがする……」
ユークが息を荒げながら呟く。
「確かに……この部屋全体の魔力が活性化しておる。ならば……!」
テルルが瞳を見開き、四方へ視線を走らせた。
「あそこじゃっ! 部屋の四方に設置された装置から、奴に向けられて魔力が流れ続けておる!」
皆が一斉に部屋の隅へと目を向ける。そこには、不気味に赤い光を放つ巨大な魔石が設置されていた。
「あれは……ラルヴァの魔石!?」
ユークが息をのむ。かつて霊樹を枯らそうとしたモンスターから得られたものと同じ、真っ赤な血の色をしていた。
「おそらく、奴の再生はあれが源じゃ! 破壊しない限り、奴は殺せんぞ!」
テルルの声が響く。
「けど、今の俺たちにそこを狙う余裕は……!」
ユークは必死に攻撃を回避しながら声を絞り出した。
「私たちがやります!」
鋭い声が飛んだ。振り返れば、ラピスたちが前へと駆け出していた。
「ラピス!?」
ユークの目が驚きに見開かれる。
「もう大丈夫です! 必ず私たちが魔石を壊してみせます! ユークさんたちは博士をお願いします!」
ラピスが振り返り、力強く笑った。
「……わかった! 本体は俺たちが止める! ラピスたちは魔石を破壊してくれ!」
ユークが叫ぶ。
「任せてください!」
ラピスが頷いた。
こうして、ラピスたちも戦線に加わり、ヘリオ博士との決戦はさらに苛烈さを増していくのだった。
◆◆◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユーク(LV.39)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:こいつ……レベルの割に弱いぞ……!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
セリス(LV.37)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:動きも何だかぎこちないよ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アウリン(LV.38)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:あの魔法でここまで効くなら、EXスキルを温存できそうね!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィヴィアン(LV.37)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:すごい……まるで鎧が羽のように軽くなった気分だわ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
テルル(LV.10)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:氷威力上昇
備考:戦いを見ているだけしかできぬのは、歯がゆいのう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:今こそユークさんたちの力になれる時です!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヘリオ(LV.55)
性別:男、女、男……(他多数)
ジョブ:召喚師、剣士、上級剣士……(他多数)
スキル:スキル:≪召喚魔法≫、槍の才、剣の才……(他多数)
備考:ふむ……この肉体の扱い方が、ようやく分かってきたぞ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




