第172話 剥がれ落ちる仮面
「皆っ! 倒すぞ、こんな奴を野にはなっちゃダメだ!!」
ユークの言葉に、仲間たちが強く頷いた。
その瞬間、カルミアを吸収したヘリオ博士の身体から、黒い泥がさらに溢れ出す。
異形となったタイタンの肉体を外骨格のように覆うその泥は、まるで呼吸するように波打ち、鈍い音を立てて硬質化していく。
軋むような音が響き、それは次第に光沢を放つ黒い骨の鎧へと変化していった。その姿は、まるで闇夜から現れた巨大な騎士のようだった。
『ふふふ、素晴らしい。体中から力が湧き出てくるようだ!』
博士が歓喜の声を上げ、片手を強く握りしめる。次の瞬間、禍々しい魔力の奔流が放たれ、ユークたちの肌をビリビリと震わせた。
ユークは一歩も動けなかった。目の前の怪物が放つ圧倒的な魔力の前に、自分の体が石になったかのように感じていたのだ。
「あれは……ダメじゃ……。ワシらが全力でかかっても、勝ち目はない。レベルがあまりに違いすぎる……」
テルルが震える声で呟いた。
「そんな! じゃあどうすれば!?」
ユークは思わず叫ぶ。だが、肩がこわばり、足が半歩だけ後ろへ下がってしまう。
(なんだこの力は……! 凄まじい圧力を感じる……。あのドラゴンに変身したカルミアですら、優しく思えるくらいだ……!)
ユークの心臓が激しく警鐘を鳴らしている。
今の博士のレベルはおよそ七十。それは、彼らの知るレベルの概念を遥かに超えていたのだ、ユークがそうなってしまうのも無理は無かった。
「どうしたらいいのよ……」
アウリンの顔が蒼白になる。
「いくらなんでも……これは無理じゃないかしら……」
ヴィヴィアンも恐怖に押され、声が上ずっていた。
「ねえ、ユーク……どうしたらいいの?」
普段なら戦意を絶やさないセリスでさえ、快活さを失い、助けを求めるように瞳を揺らしている。
後方に控えるラピスたちは、立ち上がることすらできず、完全に戦意を失って床へと崩れ落ちていた。
「……やるしかない。たぶん、今のあいつが一番弱い状態のはずだ」
ユークは唇を噛みしめ、恐怖を押し殺すように言葉を吐き出す。
「ここで倒さなきゃ、きっと今以上の怪物になってしまう……! そうなれば、もう完全に手が付けられなくなる!!」
ユークは体の震えを抑え込むように、ギュッと拳を握りしめて、ヘリオ博士を睨みつけた。
『ハハハハハハッ! これだけの力の差にまだ立ち向かう気力があるのか、本当に素晴らしいよ君は』
博士は肩を揺らしながら、愉悦を隠さずに笑う。
「……こうなれば、ワシの残りのレベルを使い、モンスターを生み出して奴を……!」
テルルは声を張り上げ、決意を滲ませた。
「だめだ、テルル! 三十レベルも費やしたアレでさえ効かなかったんだぞ!?」
ユークが必死にテルルを制止する。
その時だった。
『ぐううううううっ!!!』
巨大な怪物の体から、突然苦悶の声が漏れる。黒騎士の体が激しく痙攣し、漆黒の鎧が音を立てて剥がれ落ちていく。
「なっ、何が起きたんだ!?」
ユークが思わず声を上げた。
「まさか……そうか!」
目を見開き、全てが腑に落ちたかのように頷く。
「ワシの魂喰い虫は効かなかったんじゃない。奴の魂があまりに巨大だったせいで、浸透するのに時間がかかっておっただけじゃ!」
彼女は笑みを浮かべ、確信を抱いてユークを見た。
崩れ落ちる黒い鎧の下から、忌まわしい姿が露わになってゆく。
複数の魔物の目が集まった不気味な複眼。鋭い牙が並んだ口元。さらに、身体のあちこちに、異種の魔物の部位が無理やり埋め込まれている。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!』
ヘリオ博士叫び声がとどろき、ようやく変化が治まった。
ヘリオ(LV.70)→ヘリオ(LV.55)
見るも無残な姿となった彼の圧力は、初めの頃と比べて大きく減り、ドラゴンとなったカルミアを少し上回る程度にまで下がっていた。
それでもなお格上と呼ぶにふさわしい力を保っていたが、今ならユークたちでも渡り合えるかもしれない。そう思えるほどに博士は弱体化してしまっていた。
『はあっ……はあっ……はあっ……』
博士は荒い息を吐きながら肩を上下させる。
『……だいぶ力を失ってしまったか。これでは、万が一ということすらありえてしまう。――悪いが、逃げさせてもらうよ』
博士はユークたちを見下ろし、口元を歪めて笑った。
『転移魔法、発動!』
博士の足元の魔法陣が光り輝く。だが、その光が部屋中を包み込んでも、彼はその場に留まっていた。
『うん? 転移していない!? なぜ? 転移魔法は問題なく発動したはずなのに……!』
混乱したように叫ぶ博士に、ヴィヴィアンが凛とした声で応える。
「転移魔法は封じさせてもらったわ! この“転移封じの天蓋”によって!」
彼女はカバンからから、小さな箱のような魔道具を取り出した。
『こざかしいことを! ならその魔道具を破壊してしまえばいいだけのこと!』
博士が苛立たし気に叫ぶ。
「無駄だ! この魔道具は使い捨て、一度発動したら魔道具を壊したとしても、バリアに込められた魔力が尽きるまで、俺たちでも解除は不可能だ!」
事実を突きつけるようにユークが語った。
『そうか、だったら君たちを始末して、ゆっくりと魔道具の効果が切れるのを待つとしよう!』
博士が戦闘の態勢をとる。
「ここが正念場だ! 行くぞ!」
ユークの叫び声が戦場に木霊するのだった。
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ユーク(LV.39)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:弱体化した今なら俺たちでも戦えるはずだ!
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セリス(LV.37)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:これなら、何とかなりそう!
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アウリン(LV.38)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:転移封じの天蓋の効果が切れる前に倒さないといけないわね!
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ヴィヴィアン(LV.37)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:勝てないと思って、戦意を失ってしまっていた。騎士として恥ずかしいわ。
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テルル(LV.10)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:氷威力上昇
備考:ワシはレベル的に戦力外じゃな、せめて何かやれることは……
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ヘリオ(LV.55)
性別:男、女、男……(他多数)
ジョブ:召喚師、剣士、上級剣士……(他多数)
スキル:スキル:≪召喚魔法≫、槍の才、剣の才……(他多数)
備考:最悪の場合、ドラゴンをベースに巨大化し、武器を作り出す闇を生み、魔法を無効化するローブを装備しており、レベルも百近くあった。
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