第169話 博士の決断、時間との賭け
ユークたちがイスカとの戦いを始める少し前――。
アジトの深奥、実験施設の中心部。
「諸君、ようやく実験装置の復旧が終わった。いよいよ、僕自身で試す番だ……!」
博士の言葉に、助手や護衛の部下たちが歓声をあげる。
「おお……!」
「おめでとうございます、博士!」
「ついにですね!」
称賛と拍手が広がる中、博士は薄い笑みを浮かべたまま周囲を見渡した。
「皆のおかげだ、ありがとう……!」
そう口にしたものの、ふと視線を落として首をかしげる。
「……だが、彼を呼びに行ったはずのイスカ君が戻ってこないな。どうしたものか」
困惑をにじませる声に、助手の一人が控えめに進言した。
「博士、先に始めてしまっては?」
「ふむ……だが、これは僕の一世一代の大舞台だ。是非、彼にも見届けて欲しかったのだが」
博士の言葉に、周囲の空気が和らぐ。
「なるほど、お優しい」
「それは確かに」
「では、少し待ちましょうか」
護衛や助手たちが同意の声をあげ、実験室には期待と緊張が入り混じった沈黙が訪れる。
そのとき――。
『失礼しますっ!』
勢いよく扉が開き、マーダーエイプに変身した部下が、カルミアを抱えて飛び込んできた。
『カルミア様をお連れしました!』
そう言いながら、脇に抱え込んだカルミアをゆっくりと床に下ろす。
「おお……来たか、カルミア君。君を待っていたんだ」
博士は笑みをカルミアへと向ける。
だがカルミアは博士の言葉に返事をせず、ただ黙って立ち尽くしていた。
沈黙が続き、博士がもう一度声をかけようとしたそのとき――。
「……すまねぇ、博士」
カルミアは唇を噛み、悔しさを押し殺すように言った。
「負けた……ユークに倒されて、ドラゴンの力を失っちまった……」
「…………は?」
博士は固まった表情のまま動かない。薄い笑みを張りつけたまま、数秒の沈黙が流れた。
「……あ、ああ。冗談かな? はは……あまり笑えないジョークだ」
わざとらしい笑い声が響く。だが、その声音には戸惑いが滲んでいた。
「博士っ! 頼む!」
カルミアは膝を折り、床に頭をつける。
「もう一度、俺に力をくれっ! まだ、タイタンの召喚石があったはずだ!」
その必死な様子に、博士もついに真実を悟る。
「……本当に負けたのかい? レベル五十のドラゴンの力を持ちながら?」
信じられない気持ちで、博士は問いかける。その声には驚きと落胆の色が濃く表れていた。
「違っ、違うんだ! 油断しただけだ! 次は必ず勝つ! だから頼む、俺にもう一度だけチャンスをくれ!」
必死にすがるカルミアの言葉に、周囲の部下たちが怒声を浴びせる。
「ふざけるなっ!」
「あの力があって、どうして負けられるんだ! この役立たずが!」
「よくも今まで、俺たちを見下してくれたもんだな!」
「……少し黙ってくれ」
博士が低い声で言うと、部屋の空気が凍りついたように静まり返った。
「イスカ君は?」
感情を感じさせない声音で博士が問いかける。
「いま……アイツらの足止めをしている」
拳を握りしめ、カルミアが答える。
「そうか。ならば、ドラゴンとなった君を倒した者がいる以上、ここへ来るのも時間の問題だな」
博士は冷静につぶやいた。
「そんな……!」
「早く脱出を!」
「いや、それよりも先に儀式を!」
助手や部下たちが慌てて叫ぶ。
「落ち着きたまえ」
博士が低い声で制止する。
「カルミア君に、タイタンの力を与える施術をおこなう」
博士は苦虫を噛み潰したような表情で、そう断言した
「なっ!」
「時間がないのですよ!」
部下たちの抗議が重なる。しかし博士は冷徹に首を振った。
「僕たちだけで逃げても無意味だ。転移魔法を使って逃げれば、このマナジェネレーターを捨てることになる」
博士が視線を巡らせると、部屋の四隅に設置された禍々しい血の色を帯びた巨大な魔石が目に入る。それらは装置へと繋がれ、どす黒い光を放っていた。
大きさこそ違うものの、それは以前ユークたちが見かけたラルヴァの魔石とそっくりだった。
「今は実験のために、四つのマナジェネレーターを連動させている。一つでも外せば、この拠点にあるすべての魔道具が使用不能になるだろう」
そう言いながら博士は施術台を用意し、手早く準備を進めていく。
「ならば――敵が来る前にカルミア君にタイタンの力を与え、私自身への実験も成功させるしかない」
カルミアを施術台にのせ、その体を固定していく。
「カルミア君。麻酔をしている時間はない。激痛に耐えられるか?」
「ああ……ユークに借りを返すためならどんな痛みだって耐えてみせる」
その決意を受け取ると、博士は深く頷いた。
「よし、始めよう。――時間との勝負だ」
装置が起動し、術式が展開される。直後、実験室にカルミアの絶叫が響き渡った。
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ヘリオ(LV.??)
性別:男
ジョブ:召喚師
スキル:??
備考:マナ・ジェネレーターは、僕の施術を受けた者たちへの魔力供給も行っているんだ。
特にカルミア君なんかは、魔力供給がないとマーダーエイプですら実体化できないからね。
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カルミア(LV.13)
性別:男
ジョブ:上級剣士
スキル:剣の扁i剣の基本??術を習得し、剣の才??を向上させる?j
備考:……次は負けねぇ。待ってろよ、ユーク!
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