第165話 火傷の男、再び
「なにっ!?」
ユークを狙った不意打ちを防がれ、男は驚愕に目を見開いた。
「そんなこと……私がやらせるとでも?」
セリスは金色の髪をひるがえし、凛とした瞳で敵を睨みつける。
「ユーク君、私の後ろに!」
ヴィヴィアンが咄嗟に前に出て、ユークをかばう。
「お前は!」
ユークは男の顔に見覚えがあった。
「ラルヴァの親玉と、一緒にいた信奉者か!」
霊樹の最奥で相対し、ユークと戦って敗北した、火傷の痕がある男だった。
「よぉ! あの時は世話になったなぁ、ガキ!」
男は口角を吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべる。
「俺の名はディアン。ああ、覚える必要はねぇさ。どうせここで死ぬんだからな!」
ディアンがユークに向けて刃を向けたその瞬間、セリスは静かに彼の視界に入り、その視線を遮った。
「女ぁ……じゃあ、まずはテメェから仕留めてやるよ!」
叫びと同時に、ディアンはセリスへと襲いかかった。セリスは冷静にそれに応じ、魔槍と刃が火花を散らしながら激しくぶつかり合う。
「今っ! やあああっ!」
打ち合いの中、ディアンは一瞬の隙を見せた。セリスはそれを見逃さず、獲物を狙う鷹のように、鋭く槍を繰り出す。
「ぐああああああああっ!!!」
ディアンは激痛に叫び声を上げる。
(なにか……おかしい……?)
だが、その瞬間、セリスは違和感を覚える。手応えが、まるで岩を斬ったかのように硬かったのだ。
「ひゃははは! かかったな、女!」
ディアンの顔が歪んだ笑みに変わる。それは、獲物が罠にかかったことを確信した笑みだった。
「おらぁぁぁぁっ!!」
腕を斬られたはずの男は、怯むどころか、その勢いを加速させて渾身の一撃を放つ。
「っ―――」
セリスはその一撃を間一髪でかわした。両者は再び距離を取り、互いを睨み合う。
「ちっ! 今のをどうして避けられる!?」
ディアンは苛立ちを隠せない。不意打ちを防がれただけでなく、致命傷を狙った一撃までも、読まれたかのようにかわされたのだ。
そのとき、彼は気づいた。セリスの青い瞳の奥に、複雑な魔法陣が展開されているのを。
「クソッ、タクティカルサイトか! 女ぁ、レアなEXスキルを持ってやがるじゃねぇか!」
ディアンが獰猛な笑みを浮かべる。その瞬間、ユークの叫び声が響いた。
「セリスっ! そいつの腕……!」
破れた服の隙間から、濃い茶色の毛が微かに見えている。
「……っ!」
ユークの言葉に、セリスは斬られたディアンの腕に目を向け、息を呑んだ。
「ああ……この腕か! ガキぃ……これも全部、テメェのせいなんだぜ?」
ディアンは激昂し、服を破り捨てる。露わになったのは、獣の毛に覆われた太くたくましいマーダーエイプの腕だった。
「俺はあの時、テメェに両手足を粉々にされたせいで、今でも指一本動かすことが出来ねぇ……だから博士に付けてもらったのさ、この新しい腕をよぉ!」
彼は猿の腕を誇示するように動かす。
「そのせいで元々のEXスキルも使えなくなっちまった! だからよ、この落とし前はつけてもらうぜ?」
ディアンはユークを睨みつけ、憎悪を吐き出した。
「そんなことはさせない!」
セリスが立ちはだかった。
「はっ、女ぁ。タクティカルサイト持ちなら、その前提で戦えばいいだけだ。知らなかったから外したが、知ってりゃ外さねぇ」
ディアンの声には自信があった。彼はセリスと同じスキルを持つ相手と戦った経験もあり、なお勝てると確信していたのだ。
「なら、私も本気を出す」
セリスが静かに告げる。
「ああ? 今までは本気じゃなかったとでも言うつもりか?」
ディアンが嗤う。
「そう。私が視ていたのは、あなたじゃなくて、この部屋全体に流れる魔力だから」
「……何だと?」
ディアンは信じられないという顔をする。タクティカルサイトは通常、相手の魔力の流れを読むことで行動を予測するスキルだ。だがセリスはその効果を部屋全体に広げていたのだ。
「カルミアとの戦闘中、私はずっとあなたの不意打ちを警戒していた、隠れているのを知っていたから」
セリスの言葉に、ディアンは愕然とする。
「まあ、何度もチャンスがあったのに仕掛けてこなかったあたり、ユークのEXスキルがよっぽど怖かったみたいだけど」
セリスは挑発するように口角を上げる。
「テメェ……!」
ディアンの顔は、怒りと屈辱で獣のように歪んだ。
その時、ユークがヴィヴィアンに支えられながら一歩前に出る。リミット・ブレイカーの反動で、まだ体は自由にならない。
「《ブーストアップ》!」
ユークを中心に広がった魔法陣から赤いオーラが放たれ、敵や仲間たちを包み込む。
「これで、あいつの手足にも攻撃が通るはずだ」
博士の改造人間はなぜか、《賢者の塔》のモンスター同様、物理耐性を持つ。だが強化魔法は、その耐性を一時的に無効化する効果があるのだ。
「……ありがとう、ユーク」
セリスは礼を言い、ディアンに不敵な笑みを向ける。
「効果範囲を空間全体から、あなた一人に切り替えた。もう、あなたの攻撃は何一つ通じない」
「あ゛!?」
挑発に、ディアンは激昂した。
「ふざけやがって……! 遊びは終わりだ、ぶっ殺してやる!!」
咆哮と共に、ディアンは地を蹴った。彼の脚は、一瞬でセリスとの距離を詰める。
ディアンは卓越した剣技でセリスの急所を狙い、連続して斬りつける。だが、セリスは冷静だった。
一太刀目を、セリスはわずかに身体をひねるだけで回避した。剣が空を切り、風圧が金色の髪をなびかせる。
「おおおおおおおっ!!!」
ディアンは追撃の手を緩めない。剣を返し、流れるような動作でセリスの喉元を狙う。だが、その攻撃もセリスには通じない。
彼女は魔槍の柄で、流れるように剣を払い、その動きを無力化する。
ディアンの攻撃は、セリスの身を掠めることすら叶わない。あまりにも完璧に動きを読まれているため、まるで最初からセリスに当てる気が無いようにすら見えた。
「ちぃいいいいい!!」
ディアンは焦燥に駆られ、剣を無数に繰り出すが、その全てがセリスの読みの範疇だった。
そして、その攻撃が途切れた、ほんの一瞬の隙。セリスは一気に距離を詰め、魔槍を振り抜く。
「はあああああああっ!!!」
強化魔法『ブーストアップ』によって鋭さを増した魔槍は、ディアンの強靭な肉体をたやすく切り裂いた。
激突の衝撃音が広間に響き、二人が交差する。
「な、ばかなっ!」
ディアンの胸には、大きく斜めに切り裂かれた傷が刻まれていた。鮮血が噴き出し、彼は膝から崩れ落ちる。セリスは無傷のまま、静かに振り返った。
(この傷なら、もう戦えないはず……)
セリスは心の中で確信する。しかし、次の瞬間、彼女の予想は裏切られた。ディアンの体が、異様な音を立てて膨れ上がっていく。
現れたのは巨大な猿のモンスター、マーダーエイプ。完全にモンスター化したディアンは、不気味に笑った。
『くくっ! いったん勝負は預けてやる! 次は殺す、首を洗って待っていやがれ!』
ディアンはそう言い放つと、巨大な体躯に似合わない俊敏さで背を向け、一目散に広間の闇へと姿を消した。
「えっ……? 逃げた?」
ユークが呆然と呟く。
「みたいね」
セリスは肩をすくめた。
セリスはその場に崩れ落ちた。ユークとヴィヴィアンが慌てて駆け寄る。
「セリス、大丈夫!? 怪我は!?」
「うん。平気。アイツの攻撃は受けてないから」
首を振るセリス。彼女を消耗させたのは戦闘そのものではなく――。
「ずっと『タクティカルサイト』を部屋全体に使ってたから……少し負担だっただけ。でももう解除したから大丈夫」
ユークは彼女を抱きしめる。
「セリス……ありがとう」
「……うん」
頬を染め、セリスも腕を回す。二人を、ヴィヴィアンは少し羨ましそうに見つめていた。
「そういえば……カルミアは!?」
ユークが辺りを見回す。しかし、カルミアの姿はすでに、どこにもなかった。
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ユーク(LV.38)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:カルミアとの戦闘でEXスキルを発動し、脳をフル回転させていたため、強い疲労を感じている。
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セリス(LV.36)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:部屋に入り、ディアンの存在を感知してからずっと、EXスキルを発動し続けていた。
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アウリン(LV.37)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:特にやることも無いので、ダイアス達の援護に行っていた。
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ヴィヴィアン(LV.36)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:今度こそユークを守ると決意し、警戒を怠らなかった。
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ディアン(LV.40)
性別:男
ジョブ:蜑」螢ォ
スキル:蜑」縺ョ謇搾シ亥殴縺ョ蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∝殴縺ョ謇崎?繧偵o縺壹°縺ォ蜷台ク翫&縺帙k?
EXスキル:竕ェ繧ィ繧「繧ケ繝ゥ繝?す繝・竕ォ
EXスキル:竕ェ繝薙?繧ケ繝医た繧ヲ繝ォ竕ォ
備考:本来ならマーダーエイプの巨大な腕がそのままついてしまうところを、人間サイズになるよう調整してもらった。
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