第159話 落下
「ユーク君、彼女のことを聞いてもいいかな?」
テルルの事を見ながら、ダイアスが問いかけてくる。
「あー……できれば聞かないでほしいです」
ユークはバツが悪そうに答えた。
「分かった、ならやめておこう。俺はいったん戻る、入口で集合するとしよう」
「私達も戻りますね! また後で!」
そう言って、それぞれが準備のため自分のテントに戻っていった。
この場に残ったのは、ユークたちのパーティーとテルルだけだ。
「これから一緒に戦うんだし、今の師匠に何ができるか知っておきたいんだけど」
アウリンが口を開く。
「おお、そうじゃな。では教えておこう」
テルルがうなずき、自分の能力について話し出した。
アウリンとヴィヴィアンは、その説明を驚き混じりに聞いていた。セリスは大鎌を手渡され、嬉しそうにそれを眺めている。
「死神の大鎌に再生能力、ね」
アウリンがまとめる。
「それにモンスターを作れるなんて……おじいちゃんの戦い方とは全然違うじゃない」
ヴィヴィアンがため息をはく。
「元の戦い方?」
ユークが聞き返した。
「ええ。もともとの師匠はね、魔法を詠唱無しに次々と繰り出す魔法使いで、とんでもなく強かったのよ」
アウリンが片目をつむり、指を立てて得意げに説明する。
「ああ……無詠唱魔法か」
ユークが、以前テルルから教わったことを思い出してつぶやく。
「あら? 知ってたの?」
アウリンが興味深そうに問いかけた。
「うん、地下でやり方を教わったからね」
ユークが答える。
「ええっ!? じゃあ使えるってこと!?」
アウリンが大きく目を見開いた。
「うそ……」
ヴィヴィアンも両手で口を押さえて驚いている。
「まあね。そういえばアウリンから無詠唱について聞いたことはなかったけど」
ユークが不思議そうに返す。
「私は使えないのよ……」
死んだ目で俯きながら、アウリンが肩を落とした。
「あー……」
ユークがしまった、という表情になる。
「この話はここまで。早く準備して集合しましょう!」
ヴィヴィアンが仕切り、気まずい空気を切り替えた。
――準備を終えたユークたちは、他のパーティーが集うアジトの入口へと向かう。
「……来たか」
部下を連れず、一人で参加しているダイアスが短く声をかけた。
「遅いっスよ!」
「行きましょう、ユークさん!」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
ミモルを含めた五人のパーティー、ラピスたちも笑顔で迎える。
「《リインフォース》!」
「《ブーストアップ》!」
各自が強化魔法を使い、自分のパーティーを底上げする。
そしてアジトに突入したのだが――。
「だが、どうやって博士の元まで行くつもりだ? オライト様はだいぶ下まで行ってるはずだぞ」
ダイアスが尋ねた。
「うむ、実は一気に下まで行ける道があってな」
テルルが答える。
「よくそんなの見つけたッスね!」
ミモルが目を丸くする。
「まあの……」
テルルは詳細を語らず、言葉を濁した。
しばらく進むと、何もない廊下でテルルが立ち止まる。
「どうしたの、テルル?」
ユークが怪訝そうに問いかけた。
「……ここじゃ」
テルルが低くつぶやく。
「え?」
ユークが聞き返す。
周囲を見回してもただの通路にしか見えず、どう見ても下に行く道など見当たらない。
「ふんっ!」
テルルが壁を粉砕すると、その奥には下へと続く深い穴が現れた。
「この道を通れば一気にショートカットできるはずじゃ」
テルルは上機嫌だ。
「……道?」
セリスが首をかしげる。
「そもそも、どうやって着地するんだ? この深さじゃただじゃ済まんぞ」
ダイアスが額を押さえる。
「前はストーンウォールで階段を作って下りたけど……」
ユークが昔を思い出しながら言う。
「そんなことをしていたら日が暮れてしまうじゃろうが!」
テルルがウインクをする。
「……嫌な予感しかしないわ」
長年の付き合いがあるヴィヴィアンがぼやいた。
「本当に大丈夫なんスよね!?」
水色のポニーテールを激しくなびかせながら、ミモルが叫ぶ。
「黙ってろ! ユーク君たちの邪魔をするな!」
ダイアスが髪を押さえながら、ぴしゃりと叱る。
「あわわわわわ……」
ラピスたちは何も言えず、目を回していた。
――ユークたちは今、テルルが見つけた穴を高速で落下している。
かなり長い間落ち続け、このままでは全員地面に叩きつけられてしまうだろう。
「そろそろじゃ! 詠唱開始!」
テルルが叫んだ。
その声に反応し、ユークとアウリンは視界の限界に魔法陣を展開して詠唱を始める。
「やばいやばいやばい!」
ミモルが焦った声を上げた。
「この速度で落ちたら死んじゃうわね~」
鎧を脱いで落下しているヴィヴィアンがのんきに言う。
やがて詠唱が終わる。
「「《ウォータークッション》!」」
テルルから教わった魔法が発動し、周囲が粘度の高い液体で満たされた。
「ごぼっ!」
「あばばば!」
(まさかこいつら……。説明を聞いてなかったのか?)
溺れかけるミモルとラピスたちを、ダイアスは呆れ顔で見ている。
(大丈夫、かなり減速してる)
ヴィヴィアンは冷静に周囲を確認する。
(わー、面白い!)
セリスは液体の感触を楽しんでいた。
穴の底はそれなりに広い部屋となっていた、床には土砂のようなものが山となっており、部屋の入口も土砂で埋まっているようだった。
「ぷはっ! 着いたー!」
セリスが真っ先に液体から抜け出す。
「べたべたして気持ち悪いわね……」
ヴィヴィアンも顔をしかめながら出てくる。
「珍しい経験だったよ」
ダイアスが髪をかき上げる。
「おぬしら、なかなかやるの……」
テルルも満足げに抜け出した。
「口の中に入っちゃったわ……」
アウリンが顔をしかめる。
「さて、解除するよ」
ユークとアウリンが魔法を解除すると――
「ぎゃー!」
「痛っ!」
「ぐえっ!」
液体から出られなかった面々が地面に放り出された。
「まったく、こんなんで戦力になるのか?」
ダイアスがぼやく。
「まあまあ、初めてなんだから。それより皆をどかすのを手伝ってくれる?」
ヴィヴィアンが促す。
「分かった」
ダイアスが応える。
「周りに敵はいないみたい」
索敵を終えたセリスが報告する。
「ありがとう、セリス」
ユークがねぎらう。
「どかし終えたわ」
ヴィヴィアンの声に、ユークがアウリンへ視線を向けた。アウリンは詠唱をしながら小さく頷く。
ユークは落下前、穴の上部に横向きの石壁を作り、その上にヴィヴィアンの全身鎧を置いていたのだ。
「ストーンウォール、解除」
鎧が落下するの防いでいた石壁が消えると、鎧は重力に引かれ、真っすぐ穴へと落下していく。
「アウリン!」
「《ウォータークッション》!」
しばし後、ユーク言葉を合図に再び粘性の液体が落下地点に展開される。
粘性のある水が勢いを削いだものの、落下する全身鎧は質量を完全には受け止められず、重い金属が地面にぶつかって、鈍い衝撃音を地下に響かせた。
「今ので気づかれたかもしれない、急ごう!」
ユークの言葉に、仲間たちは頷くのだった。
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ユーク(LV.35)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫
備考:念のために二人で詠唱してたけど、失敗しなくて良かった……
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セリス(LV.33)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪タクティカルサイト≫
備考:楽しかったよ?
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アウリン(LV.34)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫
備考:相変わらず師匠は無茶をさせるわ……
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ヴィヴィアン(LV.33)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫
備考:二人を信じてたけど、ちょっとだけ怖かったわ~
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テルル(LV.40)
性別:男(女)
ジョブ:氷術士
スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)
EXスキル:氷威力上昇
備考:ジョブのメインスキルもEXスキル機能しておらん。あまりに魔族の肉体とシナジーが悪すぎる。
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ラピス(LV.30)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪テラーバースト≫
備考:うぅ……さっそく迷惑をかけてしまった。
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ミモル(LV.30)
性別:女
ジョブ:双剣士
スキル:双剣の才(双剣の基本技術を習得し、双剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪クロスエッジ≫
備考:落ちながら溺れるって、斬新な体験だったッス。もう二度と味わいたくない……
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ダイアス(LV.33)
性別:男
ジョブ:斧士
スキル:斧の才(斧の基本技術を習得し、斧の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ブレイクスラッシュ≫
備考:部下たちは置いて来た、ハッキリいってこの闘いについてこれそうにない。
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