オペレーション・ポセイドンアドベンチャー 前編
フセヴォロドヴナ海
海都ドミトリエヴナ
冬のフセヴォロドヴナ海、海蛇人の都ドミトリエヴナは現在内戦の憂き目にあっていた。
長年支配下に置いていた鮫の魚人の一派シュモク族が反旗を翻したのだ。
数多の海蛇の脱け殻を乾燥させ、長い年月を掛けて重ね合わせたドーム上の都市であるドミトリエヴナの各所では、銛を持ったシュモク族と海蛇人とが切り結んでいた。
鮫系の魚人族は海皇都が健在時には最大最強の兵団を駐屯させていたが、海皇都の転移と同時にこの兵団を失い、鮫系の漁人族は各海で他種族に支配される側に転落していった。
だが日本をはじめとする地球系国家に各種族が敗北し、戦力の大半を失ったことにより反抗に転じたのだ。
「海蛇人の大半を南側に追い込んだな?
よし、外の人間共に合図を出せ」
大半の海蛇人は冬眠しており、抵抗している海蛇人も動きが鈍いのは幸いだった。
シュモク族の将軍ザズュー・ジグはすでにアメリカとの同盟関係を結んでいた。
人間の最大の勢力日本はこの話を聞かされておらず憤慨している。
最大勢力日本がアメリカに遠慮している関係は奇妙な関係とザジュー将軍は思っていたが、この好機を逃すわけにはいない。
海蛇人は戦力の大半を北サハリンで失っている。
シュモク族は3千の兵をもって、海蛇人60万の民の半数が居住するドミトリエヴナを襲撃したのだ。
シュモク族はドミトリエヴナ北部を制圧し、避難民をドミトリエヴナ南部に追い立てた。
海蛇人の残存戦力はドミトリエヴナを二分する中央皮壁に集まり抵抗を続けている。
戦力の再編が終われば寡兵のシュモク族など一蹴出来ると、海蛇人側は時間を稼ぎに努めていた。
それはシュモク族も認識しており、戦いを次の段階に進めることで打開を図る。
多国籍軍潜水艦隊
アメリカ海軍
第15潜水隊
ロサンゼルス級原子力潜水艦『シカゴ』
この場に米軍の潜水艦が展開しているのは、半年前に起こった百済サミット並びに高麗本国襲撃事件の報復の為である。
十分な準備期間を持って、全面攻撃に行うはずだったが、 高麗議会や報復を叫ぶ世論に推されて攻撃を早めることとなった。
アメリカ海軍の原子力潜水艦『シカゴ』は、僚艦のロサンゼルス級原子力潜水艦『キー・ウェスト』、『オクラホマシティ』ともに通常の航行では有り得ない密集隊形を取っていた。
海中を自在に泳ぎ回る巨大海洋生物に魚雷で弾幕を張るための陣形だ。
せっかくの陣形だが巨大海洋生物が出てくる気配は無い。
「各艦の距離は500を保て!!」
艦長のパーソン大佐の注意に乗員達は緊張した面持ちで応えていた。
艦隊は逆デルタの形でドミトリエヴナから南方約20kmの位置に展開した。
「『そうりゅう』が沈降して来ます」
「こちらの位置を知らせろ」
海上に浮上していた海上自衛隊の潜水艦『そうりゅう』は、逆デルタの陣形を菱形に代える位置で停止する。
海上と連絡を取るための通信ブイはそのまま伸ばしている。
アメリカ海軍潜水艦隊のお目付け役である『そうりゅう』が定位置に着いたことは、現在のドミトリエヴナで戦っている同盟種族からの攻撃の合図を受け取ったことを示していた。
「野郎ども攻撃開始だ。
魚雷発射管を全門開け!!」
『シカゴ』の4門のMk 67 533mm水圧式魚雷発射管が開く。
同様に『キー・ウェスト』、『オクラホマシティ』も魚雷発射管を開いた。
『そうりゅう』もこれらに同調し、HU-606 533mm魚雷発射管6門を開く。
「全門発射!!」
「自衛隊の第1潜水艦隊からも魚雷の発射を確認」
各艦からMk 48 魚雷が12発、89式魚雷6発がドミトリエヴナを目指す。
また、ドミトリエヴナからみて南東の方向に展開する海上自衛隊第1潜水艦隊の7隻からも42発の89式魚雷が発射される。
ドーム都市であるドミトリエヴナの各所で爆発が起こり、大量の海水が流入する。
流入した海水は、瀑布となって海蛇人の民に叩きつけられた。
破壊された建物や流れ出した漂流物が民や兵士を押し潰していく。
冬眠の為に家屋で寝ていた海蛇人達は逃げることも出来ずに死んでいく。
都市が拡充する度に社会問題となって放置されていた内部の旧外壁が海水を受け止めるが、ドミトリエヴナの1割が水没した。
海上自衛隊
潜水艦『そうりゅう』
転移後に建造されたそうりゅう型潜水艦『せいりゅう』を旗艦とする新造艦で固められた第1潜水艦隊。
そこからただ1隻、そうりゅう型最古参の『そうりゅう』は、米第15潜水隊のお目付け役として派遣されていた。
艦長の内海二等海佐は今回の作戦に些か消極的に参加していた。
まさか海上自衛隊の潜水艦で都市攻撃の任務に携わるとは思っても見なかった。
「都市から複数の中型海洋生物が出現!!
こちらに向かっています」
想定された事態だ。
シュモク族からの情報提供により、海蛇人が保有するシーサペントは7匹。
出現したのは5匹の進路上には幾つもの定置網と接続した機雷が敷設してある。
定置網には幾つもの肉片がぶら下げられており、その臭いに釣られて食い付いたシーサペントの二匹が機雷の爆発に巻き込まれてバラバラに粉砕される。
「『シカゴ』が、そのデコイ……
いえ、ゴミを放出しました」
ソーナーからの報告を副長の酒井三佐が内海艦長に伝えると、眉を潜められた。
『シカゴ』が放出したのは、艦内の生ゴミや排泄物を詰めたタンクだ。
この臭いにも惹かれたのか、自由な動きでこちらに向かっていたシーサペントが真っ直ぐ向かってきてくれる。
潜水艦の観測機器では高速で泳ぐ海洋生物を捉えにくい。
ならば餌を撒いて向かうからこちらの攻撃範囲に入ってもらったのだ。
「海洋汚染だよなあ。
まあ、文句を言うエコロジストなんかいないしな」
サミットから半年。
日米を含む多国籍軍は海棲亜人の都市攻撃の準備を整えた。
海上プラットフォームを移動させて中継基地を造り上げ、都市周辺に定置網を設置して封鎖の実施。
周辺海域の調査や同盟を持ち掛けてきた種族との交渉や魚雷の増産など多岐にわたる。
「魚雷、全門発射!!」
各艦から発射された18発の魚雷が殺到したシーサペントに次々と炸裂してその巨体を引き裂く。
また、それとは関係無く第1潜水艦隊から発射された42発の魚雷がドミトリエヴナに直撃する。
「1匹突破!!」
酒井三佐が叫びながら報告する。
シーサペントが魚雷の撃てない潜水艦の側面に回り込んだ。
「背後に回り込まれました」
「構うな。
全門魚雷装填、第3射用意」
「艦長?」
シーサペントが『オクラハマ・シティ』に巻き付いて締め上げるがまるで効果がない。
『オクラハマ・シティ』はシーサペントの攻撃など気にする様子もみせず、魚雷発射管を開ける。
「魚雷第3派、発射!!」
魚雷第3派合計64発はドミトリエヴナのさらに奥で爆発した。
都市南部の三割がさらに水没し、多くの命が失われた。
シーサペントの牙や締め上げてくる攻撃が潜水艦に効果が無いことはわかっていた。
2年前の『長征7号事件』で、大陸に現れたシーサペントは中華人民共和国の原子力潜水艦『長征7』号を破壊することが出来なかった。
そして、遺されたシーサペントの死体の破片を解剖した結果、その筋力の度合いも分析されていた。
潜水艦にとってシーサペント恐るに足らず、それが多国籍軍司令部が出した結論だった。
潜水艦隊はわざと魚雷発射に時間を置いていた。
都市内部のシュモク族が制圧するのを待っているのだ。
「魚雷装填、第4派用意」
これが『そうりゅう』を含む第1潜水艦隊にとって最後の攻撃だ。
ロサンゼルス級の3隻は後二回攻撃が可能だ。
内海艦長としては、魚雷を使いきる前に事を終わらせて欲しかった。
艦内の受話器を握っていた酒井三佐が報告する。
「艦長、海上の『ジョージ・ワシントン』から連絡。
海中都市ドミトリエヴナの要所の制圧を完了したとのことです」
「そうか、攻撃を中止。
ドミトリエヴナに接近する」
情報によればシーサペントの生け簀からドミトリエヴナ内部に停泊出来そうだった。
「艦長、『オクラハマ・シティ』がまだ……」
「海上の部隊が始末してくれるさ。
まだ、気を抜くなよ、まだ最初の1つなんだからな」
都市内部の残党がまだ残っているので、掃討は続いている。
攻略すべき都市も後二ヶ所残っている。
そちらは他艦隊がうまくやることを祈るだけだった。
なお『オクラハマ・シティ』のシーサペントは、『オクラハマ・シティ』が浮上した際にアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『カーティス・ウィルバー』に乗艦していた海兵隊に始末された。
残りの二匹は捕獲され、小樽水族館と新京水族館の水槽で元気に泳ぐことになる。
大陸東部
大陸総督府
大陸総督府のある新京城西の丸は中央指揮所になっており、秋月総督は自衛隊幹部から『オペレーション・ポセイドンアドベンチャー』の攻撃の結果を聞いていた。
「海中都市ドミトリエヴナの海蛇人の生存者は数十万。
現在はシュモク族の管理下にあります。
依然として周辺には30万に及ぶ海蛇人が生息していると推測されます。
残党の掃討はシュモク族に任せることになります」
自衛隊の作戦に関することなので説明は方面総監部幕僚副長小野寺陸将補が行っている。
「今後はシュモク族の扱いはどうするのですか?
同盟の話も先ほど聞かされたばかりで驚いていたところです」
秋月総督は唐突な出来事で驚かされてばかりだ。
「王国の慣習を参考に倣うことになりました」
「と、言うと?」
「皇居でシュモク族の長に臣下の礼を取ってもらいます。
その上でドミトリエヴナと周辺海域の領主と封じます」
「皇居で?」
「はい」
「いいのか?」
室内が誰も答えられない疑問に沈黙に包まれる。
誰もが微妙に考え込む顔をしている。
「まあ、本国のことは本国の連中が考えるでしょう。
で、次はイカか、亀か?」
副総督の北村大地の言葉に皆が安堵する。
あまり真剣に考えたくないことだからだ。
北村副総督は就任以来大人しく大陸の勉強を続けている。
まずは教育の分野の執務を秋月から引き継ぐべく行動をしている。
「次は海亀人達の都市を攻撃します。
現在、アガフィア海において北サハリンの第1潜水艦隊が敵艦隊と対時。
別ルートから海上自衛隊第2潜水艦隊並びに連合潜水艦隊が都市に向かっています」
北サハリンの第1潜水艦隊は、オスカー級原子力潜水艦艦4隻、アクラ級原子力潜水艦6隻で編成されている。
海自の第二潜水艦隊は、おやしお型潜水艦8隻で編成されている。
連合潜水艦隊は、高麗の孫元一級潜水艦3隻、北サハリンのキロ級潜水艦3隻、新香港の『長征7』、東南アジア系旧イスラム諸国六か国で作られた新都市アル・キヤーマ海軍のナガパサ級潜水艦2隻で編成されていた。
「結構ですな。
次の作戦は明日でしたな。
では来客があるので失礼します」
西の丸から退出した北村は青塚補佐官と来客が待つ二ノ丸に向かう。
「何か本国で動きはあったか?」
「特になにも。
ああ、本国で人口に関するニュースがありましたよ。
本国の人口が1憶1千6百万を割りそうだとか」
大陸には5百万人が移民している。
人口の低下は予てより頻繁にニュースで流れており、目新しいニュースでは無い。
「転移後に産まれた日本人がついに人口の1割を越えたようです。
年々出生数は増えてるのに総人口は減っている。
我々はあと何年生きてられるんですかね?
本国では不安が高まっているようですよ」
転移以来、様々な理由により死者が出ていた。
だが大陸から収奪した食糧や資源が、本国を潤すようになると問題は改善しつつあった。
それでも死者は減らない。
高齢者の老衰や衰弱死が増加しているのだ。
大陸に渡った日本人にはその傾向は見られない。
北村の目的は大陸そのものの内地化だった。




