大陸民主化促進支援委員会
大陸西部
エジンバラ男爵領
エジンバラ男爵は帝国崩壊時に成り上がった親日、王国派の貴族であった。
それに伴い所領のあった東部から豊かな実りのある西部に移封された。
親日をアピールする為に妻子は、全て新京に居住させて自分は若い現地妻を持った。
だがちょっとハッスルしすぎたのか昨年お亡くなりになり、新京から嫡男のハールトンが跡を継ぐべくエジンバラに帰郷する。
だがこのハールトン、日本の大学で色々と思想に被れたらしい。
「これからの時代、新しい領主は住民の投票によって選ぶべきではないか?」
最初のうちは一族、家臣、領民の誰もが相手にしてなかった。
だがそのうち妙な団体が現れて事態は一変した。
NGO団体『大陸民主化促進支援委員会』である。
荷物運びや護衛の傭兵を除けば全員が日本人で構成されている。
領民の大半は非政府組織と説明されても意味がわからない。
国に仕えてないのは神に仕える神官達か、反乱軍ということになる。
もちろんギルドのようなものがあるのは理解してるが、あれは国に認可を受けて税を払い、その庇護下で存在している組織である。
まして貴族や官僚でもない人間が政治活動を行うなど理解の範疇を越えていた。
これがもう少し知識層だと、もう少し理解されている。
だが日々の暮らしで世界が完結しているほとんどの領民には、政治的権利など美味しいのか?
くらいにしか思われていない。
そして自衛隊が護衛に来ると知られると誤解が加速する。
「つまり日本国の意向を反映している組織なんじゃないか?」
結果、次期領主を選ぶ選挙がトントン拍子に進んでしまった。
委員会のメンバーとして、野党だが参議院議員が紹介されたことも誤解に拍車を掛ける。
ちなみに議員本人は名前だけで大陸にすら来ていない。
総督府も一応は日本国に所属し、民主主義を否定することは出来ない。
でも大陸では現実的じゃないから、遠くでやって欲しいという希望と一致して大陸西部で試験的に実施となった。
今回は5回目にあたる。
民主主義至上主義者がうるさいので、まとめて厄介払いしたともいう。
そして日本人が活動する以上、護衛として派遣されたのが、竜別宮町に駐屯していた陸上自衛隊第16即応機動連隊第2大隊第3中隊であった。
第16師団本部と調整し、施設から小隊、通信、衛生、偵察から分隊を借り受けた。
かわりに同隊の普通科隊員が施設、通信、衛生、偵察に研修として出向させられた。
選挙監視に必要な人材と危険度が少ない任務と考えられたからだ。
任務は現地邦人の保護と公平に選挙が実施されるよう監視を行うことである。
同隊はエジンバラ防衛の為に建設された砦の一つで、平時は警備の兵士以外は無人のリゲル砦に拠点を構えた。
「通信設備は早めに頼むが優先すべきは寝床かな?
普通科の隊員は一丸となって掃除を行うぞ。
車両とヘリは砦内の広間に置いておけ。
即席のヘリポートは明日造ろう」
丸山和也一等陸尉自ら陣頭に立ち、帚を持って埃を払う。
「隊長お客さんです」
駐屯地から遠く離れ、身内だけだと隊員も緩む。
規律的に問題があるので一度引き締める必要があると思えた。
隊員が連れてきたのは妙齢の女性と若者達で、全員が日本人の民間人だ。
つまりNGO団体『大陸民主化促進支援委員会』である。
ちなみにこの砦での同居人となる。
「この度は我々の活動に御協力頂きありがとうございます。
私は『大陸民主化促進支援委員会』の大陸西部支部支部長近藤佐奈子です。
色々とご迷惑を掛けると思いますがよろしくお願いします」
丸山一尉は些か拍子抜けしていた。
正直この種の団体と一緒に仕事をするのは気が重い。
この手合いの団体は
『自衛隊ガー!!』
『民主主義ガー!!』
『憲法9条復活ガー!!』
と捲くし立てて来るのを予想していたからだが、近藤女史は妙に疲れた憂い顔をしている。
それが丸山の好みに直撃していた。
だが気になるのはやる気に溢れたまわりの若い若者達で、女史との温度差が大変気になる。
「そ、それで選挙の進捗状況は如何ですか?」
「聞きたいのですか?」
それを聞かなければこちらも任務を進めることが出来ない。
さすがに女史の背後にいた若者達も困り顔をしている。
「ちょっと聞いて下さい隊長さん、無理です……
この大陸に民主主義を芽生えさせるなんて私には無理だったんです」
いきなり目の前で泣かれてしまった。
丸山はかつて絶対絶命に感じたオーガの群れとの遭遇戦で感じた恐怖を思い出す。
あの時は第1更正師団の督戦隊隊員として所属していた。
無数のオーガの群れに師団の隊員達は次々と喰われていく。
だが彼等は勇敢に立ち向かっていった。
丸山も一緒に突撃し、血路を切り開いた。
あの恐怖に晒された時にでも言わなかったことを口にしていた。
「お、おい、誰か助けてくれ」
女史の後ろにいた若者達が宥めに入ってくれた。
「失礼、支部長は些かナーバスになってまして、今度こそ選挙を理想通りに成功させるのだと」
「公平を帰すべき選挙で理想通りとか不味くないですか?
団体の思想が混じっても困りのですよ」
「確かに仰る通りなのですが、前回の選挙では奴隷特区を創りあげるという失態を犯してしまいましたので」
「おい、何仕出かしたんだよ、いったい」
この民主主義促進の活動はあまり報道されていない。
総督府の意向もあるが、結果が毎回ロクでもないからだ。
前回までなら委員会が雇った警備会社や地元傭兵程度が付き添っていたが、今回は自衛隊部隊が派遣されたのはお目付け役を期待されてのことだ。
この部分は同隊には説明されてなかったりする。
「申し遅れました。
私は同委員会の事務局長を務めます青塚栄司と申します」
「これはご丁寧にどうも」
丸山一尉に名刺を渡してきたのは、30代後半のスーツを来た中年だった。
小綺麗にしているので、若者達に混じってても気が付かなかった。
但しその雰囲気はNGOの職員というより政治家の秘書のようだった。
そう値踏みする丸山の様子を察したのか、青塚は正体を明かす。
「薄々、判っておられるようですが、私は同委員会を後援する参議院議員北村大地先生の私設秘書の一人でもあります。
同委員会に対するお目付け役でもあります」
北村議員は野党のタカ派の政治家である。
曰く、王国に対しての賠償の年貢取り立てが手緩い。
曰くケンタウルスとの紛争の犠牲者は交渉時における総督府の不手際が原因である
といった責任追求を訴えている人物である。
本人は親自衛隊議員らしいが、自衛隊側からは面倒な人物だと思われている。
「なるほど、納得がいきました。
しかし、近藤先生のあの様子だと議員先生が後援するのにあまりメリットはなさそうですな」
「さすがに我々も最初から上手くいくとは考えてませんでした。
議会制民主主義の前に大陸の住民の教育が先決なのは理解しています。
そこでまず住民の直接投票によって教育の行き届いた人間を自治体の長に就任させ、公選制の普及を第一段階だと考えています。
いずれは自治領主から規模に合わせ、知事や市長と呼称も変えれるようにするのが理想です」
「名前を変えれば入れ物が変わったと認識させやすいですからな。
例え単なる誤解でも」
丸山の皮肉を込めた指摘に青塚も頷く。
否定する気は無いようだ。
「ですが、最初の一回目はまだ皇国が崩壊した直後で、日本に対する反発も大きく選挙妨害や投票所が襲撃されるなどと、選挙自体を中止して撤退するなど無様なものでした」
丸山にも覚えがある。
皇都大空襲や皇国海軍の撃滅。
その後の掃討戦で多数の皇国貴族、士族、兵士達が死亡した。
その遺族達の反発の大きさが、日本が大陸を間接統治、或いは割譲させた区域から大陸民の追放を決意させた理由でもある。
考えてみれば当然だ。
自分達の国を崩壊させた相手にいきなり好感を持つはずがない。
特に大陸西部は主戦派の有力貴族の多かった地域であり、皇都大空襲では皇都に多数の貴族やその私兵軍が集結していてそのまま帰ってこなかった。
主戦派貴族は多数改易され、融和派の多かった大陸東部の貴族を転封させて反日勢力の弱体化を試みている。
現状でこの地域の牽制は、新香港に丸投げしている。
このような地域での第一回目の失敗は想定の範囲だったのだろう。
「二回目の選挙はその翌年。
国王の勅命をもとに指定された男爵領で選挙が実施されました。
結果は男爵と腹違いの弟が当選しました。
しかし、結果に不満を持つ男爵が兵を率いて当選者とその支持者を襲撃し、血を血で洗う御家騒動に発展しました。
男爵も当選者も死亡し、男爵領はお取り潰しの憂き目に。
我々も抗争に巻き込まれて男爵領を脱出しました」
丸山一尉、だんだん聞くのが怖くなってきた。
「三回目は?」
「三回目はある意味成功したと言えるかもしれません。
当選したの光と正義の教団の司祭で、多数派の信者の支持のもと他教団の弾圧や改宗を求める法案を作り実行しました。
そして、やり過ぎました。
狂信者とその教団に抵抗する為に他の教団が団結し、宗教戦争が始まりました。
そんななか、邪悪と認定を受けた星と知恵の教団の司祭の娘が処刑されることになりました。
そこに颯爽と現れたのは、領主を引退させられていた男爵の息子です。
死刑執行直前に光と正義の教団の司祭を剣で斬り捨て、親友の穏健派の神官を光と正義の教団の司祭に就任させて事態を納めました。
そして、幼なじみの星と知恵の教団の司祭の娘と結婚。
跪く領民達の懇願により、領主として就任し、二人は幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし」
「選挙って何だったんでしょうね」
青塚は自分達の負の記録なのに興が乗ったのか語りたがりになっている。
「そして、極め付けが」
「あの、この話はまたの機会に。
そろそろ近藤先生が限界みたいです。
私も任務がありますので」
青塚の後ろから顔面蒼白で今にも気を失いそうな近藤女史が、スタッフに支えられて連れ出されている。
「ああ、これは長話を失礼しました。
明日は住民代表を百名ばかり集めて説明会を行いますのでよろしくお願いします。
なにぶん何故か選挙の度に紛争になってしまうので、総督府側が今回初めて貴方方を我々に付けたのです」
丸山一尉は苦虫を潰したような顔を隠さない。
今までの話はほとんど聞いたこともなかった。
大陸西部は新香港に丸投げしているが、紛争に発展していて総督府が把握していないはずがなかった。
『総督府もわざと隠しているのか?』
確証はないが、総督府は民主主義の影響を最小に抑える為に交通の要所ではない過疎化した領土で選挙を行うよう指定している。
面倒だから当分帰ってくるなという意味でもある。
とにかく今は目の前の任務をこなさないといけない。
明日の説明会には、住民の1%以上が集まるらしく、警備に専念しなければならないだろう。
NGOの面々から解放された丸山一尉は、砦の櫓に登って近くの村を眺める。
「隊長、我々は明日からどうしますか?
普通科以外は設営の任務が残ってます」
副隊長の福原二尉が尋ねてくる。
最低限の警備任務を除けば大半の隊員は暇だった。
「そうだな、明日は説明会の警備はあるが、明後日からは訓練と愛される自衛隊として近隣の住民と親睦を深めてくれ。
住民に何か手伝えることはないかと聞き出すことは忘れずにな」
大陸西部での住民との親睦は大事な任務の一つだった。




