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日本異世界始末記  作者: 能登守
2026年
30/274

竜別宮捕虜収容所 3

  竜別宮捕虜収容所の反対側の森林では囮の小銃を持った残党軍兵士達が散開していた。

 彼等の任務は収容所に銃弾を撃ち込み、管理官達の目を引き付けることだ。

 散兵したのは日本の戦術を学び、一度に殲滅されない為だ。


「ジャックの姿が消えた」

「マケインもだ。

 どうなっている?」


 この森に侵入したのは20人。

 通信道具を持っていない彼等は散開し、互いの位置が確認出来る距離を保っていた。

 最後尾にいた3人が消えたのは気がつかなかった。

 次に両端の2人、4人と姿を消していく。

 森の中に潜む隠密行動用戦闘装着セット着用の即応科分隊による待ち伏せだ。

 地に伏し、樹々に隠れながら残党軍の兵士達が近くに来るのをひたすら待っていたのだ。

 十分な暗視装置は用意できなかったが、敵味方の見分けは用意だった。

 敵は全員帯剣しているからだ。

 暗闇の森林を利用して背後から手が伸びる。

 残党軍の兵士の口が塞がれ、粘着テープが貼られて声が出せない。

 そのまま喉をナイフで掻き切られた。

 騎士として訓練を受けた彼等は近接戦、白兵戦なら日本軍にも負けないと思っていた。

 所詮は銃火器に頼った軟弱な兵士達だと思っていた。

 だが暗闇の森林での戦い方など知らない。

 自衛隊はテロ・ゲリラなどの脅威に対処するために火器を有効利用できない状況が発生するとの想定で近接格闘術を編み出している。

 2008年に自衛隊格闘術を見直し、全部隊で導入された自衛隊格闘術(新格闘)は、日本拳法・柔道・相撲・合気道・柔術を源流とする。

 徒手格闘、銃剣格闘、短剣格闘からなる自衛隊の白兵戦能力を皇国軍残党の将兵は甘く見ていた。

 自衛隊格闘術(新格闘)では、これまでの日本拳法を基本とした徒手格闘に、大幅に投げ技や絞め技を追加している。

 一瞬で地面に叩き付けられて声を出せない者。

 三角絞で頚動脈を絞められて意識を落とされる者達が脱落していく。

 そして、この森林には10名もの陸上自衛隊隊員が潜んでおり、銃火を交えない戦いが続く。

 やがて闇に目が慣れ、奇襲を悟った者達は自衛官の攻撃を跳ね除けていく。

 彼等にも地球でいうところのレスリングや拳闘のような武術は使えるのだ。

 距離を取り脱落する仲間を置いて先に進むが、森林を抜けることが出来たのは四人だけだった。


 すでに待ち伏せを食らった以上、リューベック城に銃弾を撃ち込む行為に何の意味があるかはわからない。

 だが彼等も兵士である以上、初期の目標を達成することだけを考えており、堀の手前で小銃を構える。

 城壁の上で歩哨をしている管理官を探すが、先に城壁からのサーチライトが彼等を照らし出す。

 城壁の上には管理官では無く、自衛隊の小隊が残党軍の生き残りにM4カービンを向けていた。


「撃て!!」


 残党軍の兵士達は蜂の巣にされていった。




 森林の銃声は城の全域に鳴り響く。

 正面の大手門から侵入を試みる一団は、仲間の奮戦を信じて行動する。

 大手門に至る橋には常駐警備車(三菱ふそう)が2両陣取っている。

 確認出来る管理官の数は30名ほどで、普段は携帯しないニューナンブM60を全員が腰に挿している。

 豊和M1500を持っている管理官も5名ほどいる。

 いかにもこちらが来ることがわかっている布陣だ。

 車両の中や城壁にはまだ多数控えているのだろう。


「マドゥライ、頼むぞ」

「お任せあれ」


 優秀な元宮廷魔術師のマドゥライが、残党軍の切り札だった。

 数少ない宮廷魔術師の生き残りであるマドゥライは、日本への復讐の為に残党軍に参加している。

 マドゥライの存在は同志の中でも秘匿しており、この場に来てから存在と役割を知った者が大半だ。

 有能な魔術師だが、この大手門で侵入前から騒ぎを起こすわけにはいかない。

 マドゥライの魔法『姿隠』と『消音』を全員に重ね掛けする。

『透明』の魔法は魔力の膜で対象を覆い隠し、姿を見えなくする魔法だ。

 対象が大きければ大きいほど魔力を消費する。

 武器や鎧、服も対象に含まれるので、出来れば全裸で使用するのが望ましい。

 敵地に乗り込む20名の男達は、この魔法に賭けていた。

 少しでもマドゥライの負担を減らし、大勢を送り込み為に全員が服を脱ぎ始め、護身用に短剣一本だけを携えていた。

 その光景をJGVS-V8個人用暗視装置を88式鉄帽に装着して監視していた隊員が無線で報告する。


『シマフクロウ04より、敵を発見、送れ』

『こちら本部、シマフクロウ04、敵の位置、詳細は?

 送れ』

『こちらシマフクロウ04、位置は368、敵の数は20名、装備は……全裸?

 ……送れ』


 伝えた方も伝えられた方も困惑している。

 だがシマフクロウ04こと、川崎一曹は何が悲しくて男の裸なんぞを偵察しないといけないかと落ち込みそうになる。

 だが驚くべき光景に注視せざるを得なくなる。

 唯一服を着た男が、何やら杖を両手持ちにして呪文を唱えると男達の姿が消えていくのだ。

 途中、魔力に限界が来たのか魔法使いが倒れる。

 姿が消えたのは11名だけだった。


「誰だ!!」


 川崎一曹が近寄りすぎたのか発見された。

 服を着る時間も惜しいのか、8人の全裸に短剣を持った男が木を盾にしながら駆け寄って来る。


「く、来るな!!」


 別の意味で恐怖を感じて発砲しながら後退する。

 一人、二人と倒れていくが、川崎一曹は一目散に逃げていく。

 逃げながら『透明』化したとの情報だけはなんとか本部に無線で伝えた。

 その間に『姿隠』の魔法が掛かった11人は、大手門に向かって駆け出した。

 管理官達も自衛官達もその姿を視ることが出来ない。

 まだ、川崎一曹の報告も届いていない。

 残党軍にとっての目的は捕虜の解放であり、 大手門で暴れまわることではない。

 一人でも殺害したら騒ぎ立てられて城に入る道は閉鎖されるだろう。

 持続時間は七千を数える間だが、城門は普通に下りていた。

 問題はもう1つあり、仲間と相談が出来ないのだ。

 声は『消音』の魔法で掻き消されている。

 仲間が同行していることを信じて、門の横の扉を通過する管理官や自衛官の背後から付いていき城の中に入る。

 だが彼等はICカードをセキュリティゲートのセンサーを反応させて通過している。

 大半の自衛官が捕虜収容所の外に配置されていたのは、このICカードが人数分用意出来なかったからだったりする。

 当然、招かれざる客の分などない。

 残党軍の兵士の一人は、姿と音を消しても通る人間を赤外線で感知するセンサーに引っ掛かり、警告チャイム音とともにフラップドアが閉まって弾き飛ばされてしまう。

 突然の警告音に驚いた受付の矢島・野宮の両管理官だが、入館受付用のノートパソコンのモニターに『透明化』の情報がちょうど届く。

 すぐにシャッターのボタンが押され閉じられていく。

 強引に五人ほどがセキュリティゲートを強引に押し通り、閉まるシャッターの下を潜り抜けていく。

 矢島管理官はすぐにインフルエンザ対策として設置されていたサーモグラフィの赤外線カメラをシャッター前に向けると、モニターに五人の姿が映し出された。

『姿隠』の魔法は日本にも認識されている。

 術者は皇国にも厳重に管理されており、大半は学術都市に記録が残っていた。

 現在もそのほとんどが学術都市に在住か、貴族のお抱えになっていて行方の追えない魔術師は両手の指ほどの人数だ。

 戦中は第一更正師団が数十人も殺されており、それだけに対策の研究は行われていた。

 野宮管理官は机の下の豊和M300を取り出してモニターを視ながら横薙ぎに撃ち続ける。

 見えないと思って背を向けていた残党軍兵士は、二人が撃たれたところで残りの三人が地面に伏せるが、矢島管理官がニューナンブM60で一人を撃つ。

 互いに連携が取れないので、野宮管理官が豊和M300の五発の弾丸を撃ち尽くすと残った二人が短剣を手に駆け出すが互いに勢いよくぶつかって吹っ飛び合う。

 銃声を聞いて続々と管理官達が集まってくる。

 最初にフラップドアに弾き飛ばされた残党軍兵士は、その管理官達に踏みつけられて気を失い、二時間後に突然気を失ったまま全裸で姿を現して驚かせることになる。

 撃たれた五名は見えないので生死が確認出来ない。

 ただモニターで『居る』とだけわかる。


 残りの残党軍兵士二人も銃弾の雨に晒された。

 だが龍別宮捕虜収容所内に残党軍兵士は五名が侵入に成功した。

 サーモグラフィも何台もあるわけではない。

 捕虜収容所の攻防が始って約一時間。

 すでに残党軍側は三割以上の人員が戦闘不能になった。

 全裸の男達に追われていた川崎一曹は最初こそ動転して逃げ回っていた。

 それでも逃げながら一人ずつ倒している間に全員を拳銃で射殺か、ナイフで重傷にしていた。

 途中で魔力を切らして気絶していた魔術師マドゥライを引きずって大手門まで戻ってきていた。

 大手門でも戦闘があったらしく、自衛官や管理官達が慌ただしく周囲を警戒している。

 銃剣で地面を刺したり、棒切れで地面を叩いて何やら探っている。

 同時に管理官の一人がインフルエンザ対策のサーモグラフィを台車に乗せて動き回り、周囲を探っている。


「何をしてるんですか?」

「敵が透明化魔法で侵入を試みて来たのでその対処です。

体温までは消せないようなので、こいつを使ってるんです」


 川崎一曹の問いに受付にいた矢島管理官が答えてくれる。

 日本で流行っていた病気もそうだが、大陸での未知の病原菌の対策は急務だった。

 防疫の為に持ち込んだサーモグラフィが、敵の侵入を阻止するのに役立つとは思ってなかった。

 だがこの時点ですでに五名の侵入者がいることには気がついていない。

 枯れ井戸を包囲する自衛隊は、地下水道跡から侵入した残党軍を追い詰める。

 すでに外に討って出てきた三人の男を射殺したが、その後は地下水道跡に籠城して出てこない。


「全員出てくるまで待つんだったな」


 班長の杉之尾陸曹長が、困った顔で部隊を待機させている。

 地下水道跡は電気、電話、水道、ガスなどのライフラインをまとめて設置している共同溝となっている。

 そこで戦闘を行われ、ライフラインが破壊されると困ると収容所側から要請があったが、敵対戦力の排除は優先的事項だ。


「まあいい。

 来ないならこっちから行くぞ」


 最初に前衛に立ったのは自衛隊隊員ではなく収容所の管理官達だ。

 彼等はガス筒発射機を持って、井戸穴に集まる。

M79グレネードランチャーを参考にして開発されたガス筒発射機は、催涙弾を地下水道跡共同溝に向けて発射する。

 転移前の銃刀法の関係でガス筒発射機と呼称されたが、もうガス銃でも良いのではと議論のマトになってたりする。

 狭い地下水道跡共同溝で催涙ガスは残党軍の兵士達に襲いかかる。


「目があ!!」

「なんだこの煙は!?」

「奥に退け!!」


 カプサイシンを主成分とするOCガスを浴びて、皮膚や粘膜にヒリヒリとした痛みが走る。

 咳き込んだり涙が止まらなくなる者達が床に倒れこむ。

 効果時間はおよそ30分。

 ガスを見て半数の兵士が奥に逃げ込んで難を逃れる。

 その穴を埋めるように花粉症も防げる00式個人用防護装備防護マスクを装面した自衛隊隊員達が地下水道跡共同溝に侵入する。

 倒れて体を掻き毟ったり、目や鼻を抑えて抵抗できずに転げ回っている兵士達を拘束して手錠を掛けていく。

 わずかに体を動かして抵抗する者もいるが、目も開けてられない状況では何の役にも立たず、M16の銃床で殴り付けられて無力化されていく。

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