置いてけ
日本国
東京都 錦糸町
江東橋3丁目は錦糸町駅の南口にあり、場外馬券場やデパート、風俗をはじめとした歓楽街が有った場所だ。
そこに住み着いた不法都民が再びギャンブルと歓楽街を復活させたが、何れも違法行為だ。
しかし、娯楽の少なくなった東京で刺激を求める都民の欲望の発散場所として莫大な富が動いていた。
錦糸町に展開した部隊は東京都保安機構は、30人ばかりの実働部隊を有する小規模部隊だが、不法都民の検挙を目的に動き出した。
今も違法風俗の客引きの男が警棒で殴られ、地面に押さえ付けられて手錠を掛けられている。
「てめぇ!?
令状あんのか、コラァ!!」
「お前ら相手にいるか、そんなもん!!」
かつては違法風俗が入っていた雑居ビルに都保機の隊員が続々と突入し、ビル内にいた不法な都民も合法な都民も老若男女構わず捕縛していく。
都保安官として十手を預かる生沢も用心棒の男に十手を打ち据えて制圧する。
「ま、待て私は残留資格を持って」
「後で聞くよ、取り敢えず捕まれ」
突入した部屋では中年の男が全裸で股間を隠しながら言い訳をしてくる。
ベッドにはシーツで隠れようとする全裸の若い女だ。
「おまえは隠れとけ」
男を部下に連行させ、部屋には『Clear』と書かれた札を貼る。
雑居ビルには23人の男女がおり、五人の女を見逃していた。
「生沢さん、ビル内の違法風俗の上がりは証拠品として二号車に」
川本都保安官助手が報告してくる貨幣経済よりも物々交換が主流の経済だ。
違法風俗の代金は貴金属や食糧が多く。
都保機の大事な小遣いとなる。
住民のいなくなった住居から回収した資材や家財も違法都民はサルベージと称して集めているので、そちらはキチンと都庁に納めているので問題はない。
「残留資格者はどうだ?」
「東向島の農家、墨東の医者、千住の警官、都議会の先生の4人です」
「いつものように身分証は確保し、後日連絡すると伝えて解放しろ。
しかし、そうなるとノルマが足らんなあ」
女達を見逃したのは利権を狙って転がり込んでくるチンピラや家族の情を利用して頼ろうとする親族、客としてやってくる連中を吊り上げる為の餌とする為だ。
月のノルマを達成する為に定期的都内各所でこの様に不法都民を取り締まっているが、数ヵ月もするとまた沸いてくるのだから生沢都保安官としても笑いが止まらない。
不法都民と客を乗せたバスは東京都保安機構の本部となっている旧本所警察署に向かわせる。
かつて旧墨田区には本所警察署と向島警察署が当地の治安を守っていた。
異世界転移当初の『墨田川水竜襲撃事件』で、本所警察署は蔵前橋、向島警察署は白髭橋で水竜を迎え撃ち、多数の警官が死傷し、補充が行われること無く他の警察署か、大陸に異動となった。
旧墨田区は警察の影響力が縮小され、東京都保安機構の台頭を許すことになった。
「新小岩は先月やっちまったな。
浅草まで行くか?」
「去年、浅草寺の僧兵と揉めましたから時間を起きたいですね。
吉原は...…愛川の親分のシマですからやめといた方が」
吉原はやはり東京都保安機構の十手持ちの愛川都保安官の管轄で、生沢都保安官の同類だ。
東京都保安機構なんぞの肩書きは付いているが、腕っぷしの強い公的なチンピラ集団に過ぎない。
移民後は自警団も人員の縮小を余儀なくされているからの苦肉の策に過ぎない。
移民政策が目標のノルマを達成するまで、自分達の順番が回らぬよう他の不法都民を生け贄に差し出す必要はある。
「しょうがないもう少し錦糸町で狩るか。
川本、4丁目で10人ばかり狩ってこい。
俺達は先に事務所にこいつらを放り込んでくる」
江東橋3丁目から四つ目通りを挟んで、江東橋4丁目がある。
通り沿いは銀行の支店跡や飲食店が建ち並ぶが、路地に入ればロシア系や東欧系のコミュニティ、アジア系のマッサージ店が乱立する集合住宅街で、違法都民が隠れ住むにはうって付けの場所だ。
川本都保安官助手等五人は錦糸堀公園に車を止めて、検挙の準備を始める。
既にうろついていた数人の不法都民は捕まえて、公園に転がしている。
「ん?
なんだあれは」
錦糸堀公園の一角に大きな穴が開いていた。
「確か、石像とか有った場所っすよね?」
「前に狩りに来た時は無かったな」
近寄って見ると川本達の耳が
『置いてけ、置いてけ』
と囁かれて腰を抜かす者もいる。
「な、なんだ!?」
「誰だ、今、なんか言った奴は」
『我は本所の隅田川の……』
『ワシは向島の源森……』
『オレは……錦糸堀の……』
『あたしは仙台堀の……』
名乗りを上げられた助手達は金縛りに有ったかの様に動かなくなり、足元からズボン、尻の穴まで何かが移動している盛り上りを見せた後に一斉に口を開く。
『その身体、置いてけ』
失禁しながらも転がった違法都民も放り出し、川本都保安官助手は、車に逃げ込み、発進させるが助手席に誰かが乗ってるのに気が付き
『亀戸の……だ』
車を高速のガード下で横転させて翌日に探しに来た生沢都保安官達に発見されることになる。
「見つかったのは人間のモノとおぼしき肉や内蔵で固められた肉球だけです。
検死官によると、皮は含まれてないと。
それと、連中が拘束してた筈の不法都民が一人もいません」
「なるほどね。
ところであそこに何かが埋まってるようだが、掘り出してくれないかな?」
調査に来た公安調査庁首席調査官影山は、公園内の石像のあった地点で何かが埋まってるのを都保機の都保安官助手達に掘り出させる。
「影山さん、それは?」
「『市川百鬼夜行』の元ネタさ。
帰還派の連中、ここに穴を開けようとしたな?
今回は本所七不思議、置いてけ堀だな。
ここにあった石像に類する伝承は近場にあるか」
問われる生沢都保安官だが、彼自身は錦糸町どころか、東京の出身でもない。
公的な身分を得なければ彼等自信が不法都民となっていた存在だ。
当然、ご当地の伝承など全く知らない。
「寺社仏閣は結界と監視があるからすぐに報せは届く。
問題はそれ以外だ」
案の定、影山の操作端末に怪しげな情報が続々と届く。
『深川八幡橋付近で怪しげな人外を発見、八幡宮衛士と神主代理がこれを調伏』
『合羽橋で不法都民が突然化物になったと報告、下水道から逃げられたと』
東京の上下水道は都民が大幅にいなくなったことから水量も減少し、少しずつだが水道管の交換、保全作業も行われている。
水道管を劣化させるガスも減少、浄化されて生物が逃げるのに耐えうるものだった。
「決まりだな。
連中の正体は現代に甦った河童だ。
この世界に来たばかりで受肉の為の魂の入った肉を欲している」
「そいつはどこからの情報で?」
生沢都保安官が不審な眼で聴いてくる。
「うちで保護してる先達のお姫様からだ。
向こうの世界でも肉体の有った我々と違い、情報体の彼等、彼女等はそうやって顕現する必要があるそうだ。
土人形や骸骨では1ヶ月も身体を維持できないから常に血肉を必要とする」
「あの、それはその姫さまとやらも肉の入った魂を必要としてたのでは?」
「うちで市川の百鬼夜行ども、手に入れた魂や遺体を全部姫様に捧げてやがったそうだ。
普通の人間並みに生きていくには十分だそうだ。
見上げた忠誠心だよなあ」
真顔で振り返った影山首席調査官その手に持つ次元跳躍機を肉々しげに放り投げる。
「君もういいよ。
この地の河童達は同胞を受肉させる為に全国の伝承地に旅っだって行った。
安心して仕事に戻りたまえ」
そうは言われても助手を五人も失い、当面の業務に支障が出ることは間違いない。
「ああ、最後にその忌々しい機械をスクラップにするからハンマーとか貸してくれない?」




