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日本異世界始末記  作者: 能登守
2034年
273/274

葛飾記

 葛飾八幡宮


「掛巻母畏伎 八幡大神乃大前尓 恐美恐美母白左久(かけまくもかしこき、はちまんおおかみのおおまえに、かしこみ、なしこみこみももうさく)


 如何奈良牟 禍神乃禍事尓那  今度異界与里 武蔵乃国乎災波牟登須留 怪志伎(いかならむ、まがつかみのまがごとにや、こたびいかいより、むさしのくにをさいはむとする、けしき)


 神随大神 恩頼乎 蒙里奉留(かんながらおおかみの、みたまのふゆを、かがふりまつる)」


 神社の祭壇では神職達を従え、八幡宮司代行の中学生大峰司が大祓の祝詞を唱えていた。

 神社の外には自衛隊千葉地方協力本部 市川募集案内所の高機動車が三名の隊員を乗せて待機していた。


「まさか自衛隊がお告げを信じて待機させられる時代が来るとは思いませんでしたね」


 運転手の本郷三等陸曹の言葉に所長の緑川空曹長は空を仰いでいた。


「時代だなあ。

 しっかし、案内所が閉鎖直前でこれとはついていない」


 現在の地方協力本部は現役の連隊では体力的に厳しい高齢層の隊員の配置先となっていた。

 地球時代を知る彼等には宗教的な支援を自衛隊が受けることに忌避感がある。

 また、自衛隊自体の拡大にともない転移前からの隊員は即席自衛官を受け入れる為に軒並み昇進していったが、高齢になる前に曹から尉になれなかった彼等の能力はお世辞にも高くない。


「案内所が閉鎖したら俺等も退役ですかね?」


 旧市川市は松戸市に併合され、市民も移民で大幅にいなくなっている。

 そうなると松戸市内に駐屯地があるために市川案内所は閉鎖となる。


「第1世代の術者じゃ、気休め程度らしいですが、やらないよりはマシなんでしょうね」

「そうだな。

 邪魔されちゃ困る」


 高機動車内で銃声が鳴り響き、不審に思ったがパトカーの警官達に89式5.56mm小銃の銃弾が浴びせられた。

 境内にいた神職の中には本宮より派遣されてる八幡宮衛士もいて、表の仕事である警備会社の武装警備員資格を持つものもいる。

 だが持っているのは精々が拳銃程度だ。

 89式5.56mm小銃を持った緑川空曹長には石垣の陰から牽制程度にしか発砲できない。


「警察署と自衛隊に通報しろ!!

 長くは持たないぞ」




 市川警察署


「自衛官が発砲!?

 駐屯地に問い合わせろ、災厄とはこのことか?」


 署長の立花警視正は署員を移民支援で多数、出動させていた。


「警備に当たっていた署員4名と連絡が着きません」

「付近の署員をかき集めて牽制させろ。

 案内所の隊員なら弾数も多くはないだろ」

「しかし、署長。

 他の自衛官に対する発砲が確認されおり、その銃が奪われてる可能性も」

「くそっ、県警本部にSATの要請をしろ。

 稲毛からならすぐ来れるだろ」


 千葉市の移民完了に伴い、千葉県警第2機動隊は解散となり、その隊舎は千葉県警SATの本部となり一個小隊が詰めている。


「幕張の第1機動隊、高速に入ったと連絡ありました」

「よし包囲して足止めしろ、状況が許せば射殺も許可する」





 陸上自衛隊

 松戸駐屯地


 駐屯地にも事件の概要が知らされ、駐屯地司令も兼務する第2高射特科連隊連隊長綿貫一等陸佐は千葉県を担当する第127地区警務隊松戸分隊の山野二等陸尉を呼び出した。


「本省から可及的速やかに事態を沈静化させろと命令が来た。

 うちの連隊からも人手は出すから自衛隊の手でカタを付けてくれ」

「準備はさせてますが、現地まで40分は掛かります。

 新小岩の募集案内所にも隊員がいますからそちらも出動させて下さい。

 十分は早い」

「わかった、越権行為な気もするが、不祥事の後始末だ。

 上も文句は言わんだろ」


 元来、地方協力本部の役割は自衛官の募集、催事の広報、退官隊員の再就職、企業情報収集、予備自衛官の管理、有事・災害発生時の被害に関する初動の情報収集と各自治体、関係機関との連絡、調整が主任務だ。

 昨今では異世界転移後は対モンスターを想定した初動の討伐任務の為に軽装甲車両、小銃も各拠点に配備していたことが今回は仇となった。


「いったい何が目的か?

 いや、何が起ころとしてるんだ」




 市川市内

 老人ホーム『エイルス市川』


 「自衛隊内の同志がやってくれたようだ」

 「だが目標に近すぎる警察や自衛隊の部隊が集まってくるぞ」

 「実験は10分あれば十分だ。

 魔術的な干渉だけがネックだった。

 これ以上は捜査機関の手が及ぶ、やるぞ」


 老人ホーム内に匿われていたアメリカ人元海兵隊ニールズ中尉は、日本の『帰還派』の老人が集まる老人ホームで目的の準備を進めていた。


 「今月中にはこのホームも移民で閉鎖になる。

 やるなら今しかない」


 日本人老人が地図をだし、目標の場所を指し示した。

 五人のアメリカ人、同志のアジア系三人、日本人五人は、ホームのワゴン車に分乗し目的地に向かう。

 警察による封鎖線は京成本線で行われており、目的地には難なく到着できた。


『八幡の藪知らず』、正式名称は『不知八幡森しらずやわたのもり』、足を踏み入れると二度と出てこられなくなるという神隠しの伝承が有名な禁足地であり、異世界転移後はその都市伝説が事実となっていた。

 この地に侵入した少年少女が行方不明となり、数ヵ月後に発見される事態が相次ぎ、ブロック塀で封鎖されている。

 唯一の安全地帯である神社も監視カメラが置かれており、厳重に監視されている。

 異界への入り口であるとも言われており、『帰還派』の研究者により次元の不安定な場所である説が出ていた。

 帰還派の老人達は米軍から強奪した次元跳躍の試作一号機をマニュアルに従い神社に設置していく。

 神社といっても鳥居と拝殿、石碑があるくらいで広くはない。

 次元跳躍機はリング状の金属の塊で、大陸の魔術式や日本と引き換えにどこかの世界に転移した海棲亜人国家レムリア連合皇国の研究者達の叡知がこのリングに込められている。

 また、異界への通路を通ってきた『エルドリッチ』の残留残骸も取り込まれている。

 必要なエネルギーは移民でいなくなった周辺の廃屋や空き家からの盗電である。

 それでも微妙な電力だが人間数人程度なら転移出来ると試算は出ていた。

 リングは立て掛けられ、円の内側が光り出す。


 「成功か?」


 その瞬間、八幡の藪知らずを中心に半径100mが何かに吸い困るように消滅し、八幡の藪知らずだけは元のまま無事で周囲は地面も抉れてクレーターと化していた。

 周辺の住民はほとんどいなかったが、残務整理で残っていた旧市川市市役所の職員十数名が庁舎とともに行方不明となった。

 当然、帰還派の男達もだった。

 もう一つの問題は消滅範囲内にあった京成本線の線路も地面ごとごっそりなくなり、電車の運行が完全に分断された。

 クレーターは葛飾八幡宮の間近まで迫っており、封鎖線を張っていた警官達の度肝を抜いていた。

 それは高機動車内から八幡宮を銃撃していた緑川空曹長も同様で、慌ててハンドルを切り車内からクレーター内に降りて八幡の藪知らずに向かって駆け出していた。

 そこには次元跳躍機たるリングがいまだに謎の光を内部から出していた。


 「お、俺も連れてってくれ!!

 帰りたいんだ、地球へ!!」


 故郷の日本はこの世界にあるのに海外に赴任していて転移に巻き込まれなかった家族がまだ地球にいるはずの緑川空曹長の最後の希望だった。

 その光の中から1本の刀が飛び出し、緑川空曹長の胸を貫いた。

 もう一本の刀が袈裟斬りで肩から斜め反対側の脇の下へ向って切り下ろされた。

 三本目、四本目、五本目、六本目。

 肉塊に変えられた緑川空曹長を追ってきた警官達は、等身大の土人形の鎧甲冑を着た武者達が現れるのを目撃することになる。




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