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日本異世界始末記  作者: 能登守
2034年
272/274

魔の手迫る

 西方大陸アガリアレプトを脱出した帰還派の米国人達は、多国籍アジア系漁師達が操船する漁船で日本を目指していた。


「あの施設で暫く逗留してもらう。

 放棄というか、放置された施設だが、漁師達の海上における根拠地になっている。

 ヘリポートもあるぞ」


 そうアジア系漁師の老人が指指したのは、海上に設置されたプラットホーム施設だ。

 離於島海洋調査施設と呼ばれた海上科学調査基地だ。

 韓国側は離於島、中国側は蘇岩礁と呼称する海中岩礁を調査、管理する為の施設だ。

 両国がこの海中岩礁を排他的経済水域と主張していた為に韓国が設置していた。

 異世界転移後は大陸の中国が消えて無くなり、華西民国はその主張を継承してないので、高麗民国も人手不足で半ば放置という有り様だ。


「無人ではないのか?」

「ああ、たむろってる連中は日本や高麗の漁師とかだ。

 あとはまあ……そういう連中相手に商売する連中だ。

 密輸とか酒場とか、賭場や娼婦とか。

 まあ、あんまり関わるな」


 離於島海洋調査施設に接続するように廃船や廃材を繋げて、ちょっとした海上都市のようになっている。

 船が座礁するくらいの浅瀬の海域だから可能なことだ。


「中国の老朽化したクルーズ船がも繋がれてるからホテル並みの部屋やカジノもあるが、水は有料だから気を付けろ」

「官憲法の取り締まりは無いのか?」

「高麗の国防警備隊の巡視船はたまに来るが、立入りはしないな。

 ワシ等は隙を付いて日本に上陸する。

 ターゲットはちょうど移民の真っ最中で住民も少なく、移動している市民に紛れれば近付けるだろう。

 そっちの玩具は大丈夫なんだろうな」

「正常には作動している。

 現地での大量の電力だけがネックだ」





 日本国

 千葉県 松戸市(旧市川市)

 葛飾八幡宮


 どこの神社もそうだが神道が術として使えることが判明し、その術者達は神社に支える神職となる少年少女が将来の宮司として配置されていた。

 神職とその家族は移民の対象外となったのも大きく、信仰の問題なのか術者になれるのは元々の神社に関わりのある神職や氏子からの発現者が出る確率が高い。

 それでも日本全国の約8万5千の神社、登録されていない小神社を含めると10万社全てに術の使える神職が配置されるのは、まだまだ先の話だった。

 当然、上位の神社が優先であり、下総国総鎮守という格式を有する葛飾八幡宮には中学三年生男子が将来の宮司として学業と神職としての修行の日々を過ごしていた。


「疲れた」


 毎日、90分の通学時間を掛けて渋谷の神道系学園の生徒として通っている大峰司は八幡宮宮司として将来を嘱望された身である。

 幸いにして神職は兼業、副職が許されているので制限付きであるがレールの敷かれた人生だが、漫画家になる夢も消えてはいない。

 将来を嘱望された身ではあるが、学園では全くというほど恋愛沙汰とは無縁である。

 何故なら生徒全員が将来を嘱望されてるので、同学園生徒は恋愛の対象には出来ないのが親から言い含められているからだ。

 許嫁がいる生徒は半数程度なこともある。

 その代わりに見合いの数は無数に来ている。


「元市長の娘、大手ガス会社の専務の孫娘、松戸のドラックストアチェーン社長の弟の嫁さんの娘?」

「今日は三通か、昨日よりは少ないな」


 父親の八幡宮宮司である大峰幸隆は笑っているが、地元の有力者達の窓口にされており、少々辟易していた。


「焦るのも理解できるんだがな。

 有力者と言っても移民をしてしまえばただの一市民だ。

 現役移民免除者とその家族はともかく、親族に口利きは求められてるだろうし、辛い立場ではあるんだろうが」

「毎日、駅から出ると年頃の女子が俺を待ち構えてるんだ。

 なかには強引に俺を引っ張ろうとするのもいて、怖くて怖くて……

 電車に乗れる人間に制限が掛かってて助かるよ、ほんと」


 移民による人口が減ったことにより、電力不足で減便していた電車も徐々に増便を始めていた。

 無制限に乗客を乗せれるほどの車両はないので、通勤、通学に使うことにしか基本的には乗車出来ない。

 最も経済が異世界転移で一旦破綻したので、労働環境は基本的に地元密着、通学も地元学区に制限されてるので、電車を使うことが出来る者は少なかった。

 駅舎内で不埒な真似に及ぼうとすれば鉄道公安官がすっ飛んでくるので無体は働かれない。


「モテモテな人生結構なことじゃないか。

 父さんの学生時代には考えられん」

「移民したくないだけだよ、あいつら。

 やだよ、この歳から義理家族の紐付きなんて」


 松戸市と市川市が合併したことにより、新しい松戸市議会には親族代表で祖父に市会議員をやって貰っているが、市川市が松戸市に吸収合併されたことに納得のいかない市民が連日、旧市境や駅前でデモを行っている。

 その一部が八幡宮にもやってくるので県警機動隊が警備をしてくれるが、息子の恋愛問題についても警察と協議が必要があるかと考えていた。

 市内の各所には松戸駐屯地の第2高射連隊の隊員達が、移民支援の為に展開しているので大事には至らないと考えていた。

 社務所に戻ると禰宜という宮司の補佐役神官が、本宮からすぐに連絡するよう電話が有ったと伝えられ、電話後に直ぐに自宅に戻る羽目になった。


「司、疲れてるところ悪いが市内の神社を巡って結界を強化してくれ。

 宇佐の本宮に託宣が下ったようだ。

 六所や日吉、お諏訪さま、天神さんの処も総動員だ。

 俺は『松戸』の方にも連絡しとかなきゃいかん。

 衛士を付けるから宜しく頼む」


 衛士は神社を警固、雑役する武装集団で、伊勢神宮の神宮衛士を参考に整備が進められた。

 神職としても認めれ、八幡宮なら15人の八幡宮衛士が氏子の中から選ばれ、普段は地元警備会社を兼務している。


「父さん、肝心の託宣って?」

「この地に悪いものが降臨するようだ。

 神様のお言葉は難しくていかんから解釈に手間取ったらしい。

 偉いさんにも話を通さないとな。

 時期が曖昧なのは神様的時間感覚なのかなあ」




 松戸市

 陸上自衛隊松戸駐屯地


 松戸駐屯地には転移前には第2高射特科群が置かれていたが、例によって失業者対策の為の自衛隊人員補充で連隊規模になってしまい、第2高射特科連隊へと再編された。

 問題は普通科のように全員を対空部隊にまわせる程に対空ミサイルも発射機も無いので大半の隊員の任務は、『運搬』がメインになっている。


 「一応は首都を守る防空部隊としての矜持はあるが、転移以来訓練でもシミュレーションばかりで、基調なミサイルは一発も撃ったことがない。

 ミサイルの耐用年数の前に大陸への補給物資として持っていかれる。

 師団直下の高射大隊の方が活躍してるから、そろそろ存在意義に疑問が呈されてたところだ」


 実際、縮小の話は何度かあったが習志野駐屯地の第1空挺旅団が一向に帰国しないから予備兵力として生かされてるだけだ。

 連隊長渡貫一等陸佐の話を聞かされてるのは、大陸に渡ることが決まって編成された第19高射特科大隊隊長の八朔三等陸佐だ。


 「一佐には教育から人材派遣まで色々とお世話になりました」

 「そうだね。

 まさか連隊の一線級隊員をごっそり引き抜いて行くとは思わなかったよ。

 下志津の連中じゃ駄目だったの?」


 下志津駐屯地に高射学校があるが、そちらも現在は第19後方支援連隊の編成が行われている。


 「まあ、うちで暇してる隊員達が耐えられなかっただけか」


 わかってるなら聞かないでくれと八朔三佐は思ったが、すぐに渡貫一佐が松戸市長に呼び出されることになり同行することになった。


 「移民支援のクレームかな?」


 この後、暇をしてことを懐かしむくらいの惨事に見舞われるとは露のほどにも考えてはいなかった。









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