ドン・ペドロサミット 『最終日』
大陸南部
ドン・ペドロ市
市長官邸リベルダーデ宮殿
激昂するアウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスを宥める為にサミットは一時休会となった。
近衛騎士達に強引に控え室に連れ込まれたモルデールは、入室した途端に急に冷静となる。
「どうだったかな、余の激怒した演技は?」
「名演に御座いました。
これで地球側も皇国の独立に時間が必要と考えるでしょう」
宰相ヴィクールは外を警戒するよう近衛騎士に命じ、密かに入手した盗聴発見器で部屋を探り始める。
「まあ、気休めですがやらないよりは良いでしょう」
「して、落としどころは休戦ラインの確立だな。
戦場となった北部皇国側は荒廃している。
これの再建に時が必要だろう」
「こちらも先の敗戦に軍の再建に時が必要です。
独立国なら他国にも配慮が必要ですが、独立勢力のままなら反乱軍として大義名分も立ちます。
こちらの戦力、国力の方が地力が大きいのですから回復次第叩きのめせばよいのです」
いずれは地球側への年貢という名の賠償支払いも終わる。
時間は王国の味方というのが、モルデールとヴィクトールの認識だ。
だからわざと怒ったフリをして、独立の主張を有耶無耶にしたのだ。
今回の話は持ち帰らせれば良い、それだけだった。
「問題はエルフどもの暗躍だが、連中も彼我の差は理解しているだろう。
次の火種が残っていればそれでいい。
時間を有り余したエルフらしい考えだから独立は急ぐまい」
エルフ大公国の独立も認めたわけでは無いが、日本が承認したことで既成事実化されてしまった。
ドワーフ侯国は実質亡命政府だから良いが、ケンタウルス伯邦国は痛かった。
これにビスクラレッド子爵やリュビア男爵も続こうとしている。
それぞれ亜人の自治爵だが、取次の貴族がこれに組みしようとしている。
エルフ大公国も本来は一公爵領に過ぎないが、周辺の傘下貴族を血縁で組み込み大公国を組織しているのだ。
「そもそも余自身が数いる大公の一人だったからな。
皇都が焼け落ち、ソフィアで生きていた余に格落ちした王座が転がり込んできたが、大陸全土の統治には実は拘りは無い。
我々はかつての皇国ではないのだから土台無理な話なのだ。
王国として身の丈に合った領土を維持し、割譲を望むなら最大限の高値で売り付けないとな」
「独立するなら年貢の請求先は皇国にも分担させると主張すればタチアナ殿下も二の足を踏むでしょう。
あと皇国を僭称することも我らへの礼を失すると主張しましょう」
「アウストラリアスの姓も捨てよ、国名も皇国は許さない。
話はそれからだと、付け加えておけ。
さて、余は激怒の余りに不貞寝してるから何も決められぬ」
「仕方有りませんな。
交渉は次に持ち越さねば、ああ、仕方がない」
王国側が態度を硬化させたので、皇国独立問題は棚上げされたが、他にも決めないといけないことはある。
「ではアル・キヤーマ市が新たに1万の地球系移民を受け入れ態勢が整ったということでいいですか?」
「いや、まあうちしか無いんでしょうが……
もう少し手心を……」
アル・キヤーマ市市長アブドゥル・ザヒド・ヒマディが、議長役のカルロス市長に促されて頭を抱えている。
「同じイスラム圏のコミュニティは、あなた方でないと無理です。
彼等の不満も高まりつつあり、第二のアクラウド事変が起きかねません。
一度に受け入れろとはいいません。
まずは1万人。
大丈夫、がんばれ、あんたなら出来る!!」
地球系移民でいまだに母都市の所属が決まらないのは中東、アフリカ大陸の地球人達だ。
中東、アフリカ系地球人達は外人部隊として長年、徴用されていたが不満が高まっていたのは事実だ。
そんな不満だらけの連中を抱え込む貧乏くじを引かされたのが、アル・キヤーマ市だ。
東南アジア、南アジアのイスラム教圏の国々出身から成立したアル・キヤーマ市はティルク民族系列の国々出身者を後発で受け入れ現在に至る。
各独立都市の中では最も政情が不安定と言われているが、それで再び新たな移民を受け入れる余裕が出来たことが、他の国や独立都市にバレてしまった。
「それで我が市が受け入れないといけないのはどこの連中ですかい?」
リストに提示されたのは地球時代の国籍別に
イラン 4200名
エジプト 1800名
サウジアラビア 1100名
シリア 600名
モロッコ 430名
チュニジア 380名
アルジェリア 240名
スーダン 210名
マリ 150名
イエメン 140名
レバノン 110名
UAE 100名
イラク 100名
カタール 90名
バーレーン 70名
リビア 60名
クウェート 50名
オマーン 30名
ニジェール 30名
モーリタニア 20名
コモロ 5名
合計9815名
「多少の人口の増減はありますが、アラブ連盟加盟国でなるべく固めました。
ペルシャ系、アラブ系、ベルベル系なら問題は少ないでしょう」
もちろん実際の人数はこの額面通りではなく、キリスト教系の信者はエウローパ市が引き受けることになる。
アル・キヤーマ市の人口はこれで11万人を超えることになるが、余計な火種を抱えたとヒマディ市長は全く喜んでなかった。
「頼みますよ、内乱起きたら絶対に介入してもらいますからね!!」
「市長自ら武力介入を誘致する発言はいかがなものだろう?
聞かなかったことにするから鋭意努力を望む」
出来る限りの民族や宗教など同じアイデンティティーを共有出来る者を集めたのが独立都市だ。
しかし、現世利益を示し、存在をアピールしてきた神道、仏教、道教に比べて、他の宗教コミュニティが存在意義を喪失してるのは問題であった。
逆にゾロアスター教やマニ教、ヤジディ教、ドルイド教。
果ては心霊主義、サタニズム、テングリ信仰、カバラ、アミニズム、シャマニズムに活路を見いだそうする者が出始めた。
特にアル・キヤーマ市でもその傾向は強く、争乱の火種となりつつある。
佐々木総督と日本勢はこの件では沈黙を貫いた。
巻き込まれたくなかったからだし、貴族と王国の離間を後押ししてると突っ込まれたくないからだ。
「まあ、それはそうと本国に大使館も準備させますか。
手頃な物件はありますか?」
「西麻布の旧ルーマニア大使館が良いかと。
エウローパ市が管理してますが、長年放置気味ですし、売却を斡旋しましょう。
三田の王国大使館とも遠くもなく、近くもない程よい距離感です」
秋山首席補佐官の提案に頷き、肩の力を緩める。
「今回のサミットはこんなものかな。
他に議題はなかった筈だが?」
次回開催はブリタニアであり、ダリウス市長がどうしたものかと、難しい顔で議長役のカルロス市長と
引き継ぎの握手を行っている。
だんだん独立都市の規模が小さくなり、式典的にも警備的にも厳しくなっている。
規模だけなら日本や高麗、華西の衛星都市の方がマシなレベルだ。
「国際連隊への需要が変なところで高まりそうだな」
サミットの集合写真が終わればいよいよ航空ショーだ。
航空自衛隊は第9、10航空団を全機出して良いと言ってたが、開催国が航空戦力を保持してない為に面子を潰さないよう最低限の機体に留めさせた。
「明日は晴れるといいですね」
「式典用に精霊術師を多数雇って、気象学者のアドバイスのもとに配置し、無理矢理快晴にするそうですよ」
「それはそれでどうなのですかね?」
通常なら地上からいくら働きかけても空の上の雲にまで術は届かない。
ならば直接雲の中に入って術を掛ければいいじゃないかと、何人もの精霊術師がヘリコプターに放り込まれ、この数日は快晴になるように雲を散らす作業に従事させられていたと知らされ、佐々木総督は呆れ顔で言葉を失っていた。




