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日本異世界始末記  作者: 能登守
2033年
266/274

ドン・ペドロサミット『親族会議はお家でお願いします』

 南方大陸アウストラリアス近海

 日本国宇都宮市第90次移民船団


 宇都宮市に併合された旧さくら市市民からなる移民を乗せた数隻の大型フェリーは、倍の数に及ぶ貨物船、輸送船、タンカー等と共に新天地となる南方大陸アウストラリアスへと向かっていた。

 途中、先に出発した船団の下船状況の遅れから寄港が先延ばしにされていた。


「少し南下して、ドン・ペドロ市のサミットでの航空ショーが見られるかも知れんな?

 乗客の長い航海のストレスを軽減できるかも知れない」


 船団長は民間船の船長達から選らばるが、ある程度航海の自由を政府より認められていた。


「船団の燃料にはまだ余裕があります。

 輸送船団は他の港に向かうようですが、他の移民船団も向かっていますし、調整日数以内なら問題はないと、移民本部も許可を出してます」


 その海域は数日前までは、北サハリン海軍と南部独立都市群同盟艦隊が睨み合っていたのだが、懸案事項が解決した今となっては、軍艦が多数停泊する安全な場所となっていた。

 ならば迷うことは無いと船団に指示を出そうとした瞬間、警告音が全船に鳴り響いた。


「護衛の『あまつそら』から連絡、当海域に置いて、国籍不明の潜水艦を確認。

 各船は見張り要員をデッキに配置し、安全を確保せよ、と」





 自衛隊海上輸送群は三自衛隊による共同部隊である。

 そのうちの1隻、にほんばれ型輸送艦『あまつそら』は、西方大陸アガリアレプトからの派遣任務を終えて帰国してすぐに船団に同行しての自衛隊向け補給任務に駆り出されていた。

 同時に船団の護衛も兼ねているのだが、申し訳程度に設置されたブリッジ上部のJM61-M 20mm機関砲1門で何をしろというのか、艦長の松任豊一等海尉は司令部にツッコミたい気分だったが、国籍不明の潜水艦相手に頭を抱えたくなった。


「潜水艦は我が国を除けば新型を建造出来るのは高麗くらいだ」

「しかし、音紋に一致する艦がありません。

 高麗本国の『島山安昌浩』 『安武』。

 百済の『鄭地』 『柳寬順』 『李範奭』、何れも所在の確認も取れています」


 そもそも『あまつそら』は、小型の輸送艦であり、潜水艦の探知能力は低く、対潜能力は皆無である。

 それがこれだけの状況を把握できていたのは、海中から同行していたたいげい型潜水艦『そうげい』からの通信があったからだ。

 通常なら水中作戦行動中の潜水艦からの通信など有り得ないが、船団護衛の為に『そうげい』も浮上航行していたから出来た。

 松任艦長が『そうげい』の方に目をやりと、急速潜航していく姿が映し出されいる。


「船団の進路を沿岸の浅瀬に近づけろ。

 着いてきたら正体を炙り出しやすくなる」

「『そうげい』から国籍不明艦が船団から離れていくと」

「そうか、目標は我々じゃないということだな」

「艦長、ひょっとしたらあれは『蔣英実』じゃないですか?」


『蔣英実』は島山安昌浩級潜水艦の後継で、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射できる垂直発射管(VLS)を既存の6セルから10セルに増やした強化型だ。

 高麗には珍しく、艦名が独立運動の義士では無く、李氏朝鮮時代の科学者の名だ。

 2027年に就役したと噂はあるが、実体は不明だった艦級だ。

 高麗の隠し球が出てきた理由は、この場ではわかる筈もなかった。





 ドン・ペドロ市

 市長官邸リベルダーデ宮殿


 連絡を受けた佐々木総督はなんとなく事態の裏幕が理解できた気がした。


「目標は白泰英同知事。

 大統領は知事の独立か、反乱に及ぶ発言があれば突き付けるナイフを用意していたということだよ」

「なるほど、今目の前で繰り広げられてる光景そのままということですね」


 秋山首席補佐官が言うようにサミット会場では、独立と反乱の首謀者、タチアナ・ノヴィコフ・アウストラリスに対し、アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスが激昂して剣を抜こうとして、近衛騎士や宰相に止められていた。


「へ、陛下、いけません!!」

「この場は、この場は抑えて下さい。

 後で暗殺者でもなんでも送りますから!!」


 さすがに国際会議の場で刃傷沙汰は不味いと家臣達も認識しているのだが、公の場で口にしてはいけないことを口にしていることは、会場の全員が空気を読んで聞かなかったことにし、議事録にも載らなかった。

 白知事も『蔣英実』の動向が伝えられ、目の前の光景に自分の姿を重ねて首筋を寒くしている。


「この場であやつと顔を付き合わせるとは、誰か後ろ楯がいないと不可能だな?

 佐々木殿、貴殿の仕業か!!」


 叔父と姪の初対面という矛先が向けられた佐々木総督は迷惑そうに首を横に振る。


「我々も驚いてる身の上ですよ陛下。

 まあ、我々よりも近場のにんげ……、勢力の存在にまず尋ねるべきでわ?」


 佐々木総督は人間と発言しようとして訂正する。

 相手は人間とは異なる種族だからだ。

 オブザーバー席のエルフ大公ピロシュカが立ち上がり、その指摘を肯定する。

 ちなみに彼女も初代皇帝の孫娘にあたるので遠縁にあたるのだが、二十親等近く離れているタチアナやモルデールからすれば他人も同然である。

 ただし、初代皇帝により近しい血縁の言葉は無視出来ず、立場も考慮しなければならない。


 「親戚にエルフがいると大変そうだね」


 と、佐々木総督は秋山首席補佐官と川田次席補佐官にしか聞こえない言葉で呟き、苦笑させる。



「総督閣下の御指摘の通り、タチアナ殿下を招いたのは我々です。

 王国は先日の大敗により、北部での統治に揺らぎが出ています。

 魔神の占領下にあるドワーフ侯爵領。

 独立を表明する我等エルフ大公国。

 北サハリン共和国に割譲されたヴェルフネウディンスク。

 そして皇国軍により失陥した27領邦」


 先日の大敗とは王国軍が各地から徴用した7万の軍団を討伐軍として派遣するが、これに近隣三領主が皇国側に加担。

 川を挟んで対峙した両軍だが、夜襲を仕掛けようとした三領主がロダンという翼竜の番いの巣を破壊していまい。

 三領主とその将兵の犠牲とともにロダンが討伐軍の陣地に乱入。

 翼を羽ばたかせた突風で兵士達を吹き飛ばし、口から熱線を吐いて騎士達を焼き尽くした。

 討伐軍を指揮していた将軍が一頭を仕留めるも命を落とし、傷つき疲労していたロダンは皇国軍が止めをさして近隣一帯を支配下に置いた。


「北だけじゃないわよね?

 元々基盤の弱かった王国をここまで保たせたのはさすがだけど、各地の領邦軍が先の戦争からの傷が癒え初めて往時の姿を取り戻そうとしている。

 そうなると王国に従う義理もなくなってきているのよね」


 王国は直轄の近衛軍を各地に派遣して、モンスターや野盗、反乱軍を討伐してきた。

 これもひとえに皇国崩壊による無政府、無秩序状態に陥らないようにする為で献身的、騎士の鑑、平和と正義の使者とまで評された。

 その自己犠牲のままに被害が甚大で、各大隊も中隊程度の人員しか機能していない。

 その恩恵を受けて各領邦は領邦軍を回復させ、地球からの技術を参考に武具の改良や戦術の多様化が計られていく。

 領境をまたいで活躍する近衛騎士は次第に邪魔者扱いされ、疎まれているのが現状だ。


「国力の規模に見合った王国の最適化。

 いいじゃない群雄割拠、民達も王国のありがたさを噛み締めるでしょうよ」

「その嚆矢がエルフ大公国であり、皇国再興か?

 王国と王国貴族の年貢という名の戦時賠償を全て払いきってくれるのなら考えてやってもいいがな」


 それは年貢の遅延を理由に領土を割譲させている日本にとって、飲んで貰っては困る条件だった。






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