サミットに向けて
大陸南部
独立都市 ドン・ペドロ市
市長官邸
在日ブラジル人と来日中だった旅行者。
彼等の配偶者となった日本人を含む20万の人口を誇るドン・ペドロ市は、在日ポルトガル人等も加えて現在は22万人ほどの人口となっている。
人口規模的には独立都市の中では呂宋市の次に序列する。
地球系諸都市に電力を供給するドン・ペドロ発電所と機械部品を供給する拠点中小の工場群を保有し、経済的には悪くない。
「警備に関しては万全に頼むぞ。
海上に関しては呂宋市が増援を派遣してくれてるし、日本からも護衛艦が来ている。
陸上戦力に我が市は全フリしたのだから失態は許されん」
市長のカルロス・リマが神経質そうに軍警察の最高幹部ミゲル・バイヤ准将に言い渡すが、バイヤ准将の自信無さげな表情に押し黙る。
「サミットの順番がまわって来てしまったのたから仕方がない。
覚悟を決めたまえ」
「お言葉ですが市長。
既に前日入りした北サハリンとエウローペの外交官達が殴り合いになりそうな剣幕です。
互いの軍艦が近海をうろちょろしていて、漁師達からも苦情か殺到です」
たかだか1200名程度の軽歩兵しかいない軍警察に何を期待しているのだといわんばかりの有り様だ。
情報部からも高麗民国の白泰英任那道知事が宿泊するホテル周辺に高麗本国から派遣された工作員とおぼしき連中が、不穏な動きをしているとの報告もある。
「内輪揉めは自国でやって欲しいな。
国際社会はともかく、我が市を巻き込むなよ」
人口規模が多く、経済的には潤っているのにサミットの順番が呂宋市はともかく、サイゴン市やスコータイ市の後塵に拝したのは、軍事力の弱さが問題だったからだ。
改造ボート程度の海上戦力しかなく、同盟都市である呂宋市に依存し、航空戦力は皆無。
南部の顔役である高麗民国がエアカバーを提供している始末だ。
「まあ、それでも順番はまわってきますし、今回からは他に助っ人も呼べる。
入ってくれ、長沼一佐!!」
カルロス市長に呼ばれて国際連隊の軍服を着た長沼一等陸佐が入室してくる。
「ご紹介に預かりました国際連隊連隊長、長沼貴司一等陸佐であります。
サミット参加首脳は基本的に国際連隊参加国の隊員を警備に割り振りたいと考えています」
「助かるよ、一佐。
正直、君らの方が軍警察よりも重武装で機動力もあるからな」
そんな自分の部隊を卑下していいのかとバイヤ准将に長沼一佐は考えたが、はっきりとした事実なので否定もしずらかった。
ドン・ペドロ市軍警察の機動力は大半がパトカーで、EE-11 ウルツ装甲兵員輸送車を再現して中隊ごとに配備してるが、数が少ない。
EE-11 ウルツ装甲兵員輸送車は、1970年代にブラジルで設計開発された6輪式の装甲兵員輸送車である。
部品の多くに民生品を流用しており、装甲が現代の徹甲弾に適していない欠点はあるが、この世界の軍隊やモンスター相手ならば十分な性能だ。
「部隊は既に在ドン・ペドロ市国際共同駐屯地に集結しています」
もちろん警備計画は一年も前から打ち合わせ済みだ。
国際共同駐屯地は元々、在ドン・ペドロ市自衛隊駐屯地だったが、今回の件で看板を変えただけだ。
そもそも国際連隊にも駐屯地を管理できる人員はいない。
管理自体は相変わらず三自衛隊からなる第7駐屯地管理小隊が行っている。
「それで、今回の余興の準備だが」
「今晩から順次到着します。
騒音の苦情対策はばんぜんですか?」
市長官邸を辞した長沼一佐は、持参した軽装甲機動車で駐屯地に向かう。
地球系の国や独立都市の首脳はまだ来ていない。
高麗民国や南部独立都市の首脳は電車で一本で来れるから前日に現場入りする者も少なくない。
だが先乗りした貴族達が既に観光や取引などを始めている。
「『クリスタル・シンフォニー』か。
また、来てるのか」
途中、港で警備対象が乗った豪華客船を見つけ、桟橋を守る軍警察に許可を取り、桟橋に乗り付けて双眼鏡片手に船を視察する。
石狩貿易の本社船『クリスタル・シンフォニー』は、その機能を存分に生かし、貴族達の宿泊先となっている。
その最賓客はアウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスだ。
本人は毎度ろくでもない話しか聞かされないので、来たくはないのだが、自分のいないところで勝手な決定が行われても困るので出席する。
「はあい、タカシ久しぶりね。
こっちに来ない?」
『クリスタル・シンフォニー』のペントハウスのベランダからビキニ姿の南部の有力貴族ハーベルト公爵家夫人ローザマインが、双眼鏡を片手にこちらに手を振っていた。
当然、ビキニは船内で購入出来る代物だ。
貴族の奥方が着用していたら使用人や伝統を重んじる一族が卒倒しそうな代物である。
最も最近は新京に留学という名目で人質として置かれていた令嬢達はその限りではない。
まあ、最も隣のベランダは全裸のエルフなので、気づかないふりをしている軍警察官に労いの言葉を掛けて、乗船許可を取り付けて貰う。
さすがに貴族の奔放な人妻と一人で会うのは誤解を招くので、乗船してラウンジにて夫人と会うことにした。
いちいち身体の関係を迫られるので、公共の場でないと危ないし、無視するには毎回得られる情報が貴重過ぎた。
さすがにラウンジではラフな格好だが、水着ではない。
それでもパーカーにショートパンツ姿は、12才で嫡男を産み、四男五女の母親とは思えない姿だ。
「観て観て、今年は外輪式蒸気船が二隻も来ているわ」
窓を指差す彼女に連れて目を移すと、港の別桟橋に停泊する外輪式蒸気機関船を2隻が目に映る。
「ハイライン侯爵家の『ウォータン』号と『トール』号よ。
どこの領邦も貴方方への年貢があって、海軍への投資なんて夢の彼方なのにハイライン侯爵家だけは頭ひとつ抜けてるわね。
最新型の帆船『ギーセラー』もいるし、商売に転用して莫大な利益のようよ。
真似して破綻する領邦も幾つかあるようだけど」
「ハーベルト公爵家はどうなんです?」
「うちも『ギーセラー』級を購入予定よ。
建造する前にドックを建築しないといけないけど、さすがに完成まで何年も掛かるし」
ローザマイン自身が王国の御意見番的なことをすることがあり、なぜか文句を言われない。
王国にもたらす利益が高いのか、独自に化粧料として、男爵領が下賜されており、将来的に公爵家三男男が継ぐ予定である。
「そうそう遠縁にあたる娘がいるんだけど、今度タカシに紹介するわね」
「いや、自分既婚者だから」
「そういう紹介じゃないわよ。
この船のオーナーにも紹介して伝手を持ちたいと頼まれててね」
「お名前を伺っても?」
「タチアナ・ノヴィコフ・アウストラリス。
北部で暴れている皇女様よ」
「ちょっと帰りたくなってきたなあ」
とんでも無い厄ネタに警備の見直しが必要だった。
その夜、在ドン・ペドロ市国際共同駐屯地の滑走路に続々と航空機が着陸しはじめた。
「滑走路の要員が足りない。
増援を乗せた輸送機からだ」
輸送機であるC-2、C-130、An-12、An-24、An26が着陸し、整備や管制といった増援要員を吐き出し、KC-130、KC-767といった給油機が着陸すると、基地のタンクに航空燃料の補給が開始された。
これからやってくる主役機達の整備や補給の万難を排す為だ。
翌日、関係各局から在サミットに合わせたドン・ペドロ航空祭の実施が急遽発表された。




