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日本異世界始末記  作者: 能登守
2033年
262/274

醜聞の秋

 日本国

 首都 東京


 移民政策により、東京の大部分から人が消えた。

 これは地続きの神奈川県川崎市や横浜市、千葉県の千葉市(旧大網白里市)、船橋市(旧習志野市、旧浦安市)も同様だ。

 晴海、有明、竹芝、横浜港大さん橋、千葉みなと桟橋といったフェリーターミナルは毎日、大陸に出港する移民フェリーで溢れているし、各港には船団を組む貨物船が待機している。

 現在、都心等にいるのは移民対象外の政治家、公務員、第一次職業技能者、寺社仏閣関係者、特殊或いは伝統工芸・伝統技能保有者、魔力持ち子弟等の免除対象者とその家族となる。

 だが上記以外にもインフラ維持や流通関係者、宿泊事業者と従業員も残されているが、例外中の例外もいる。

 即ち、家事代行者たる使用人や家政婦、メイドと呼ばれる者達だ。


「まあ、我々だけだと家事が破綻するからな」


 国境保安庁長官川崎徹は、旧東京出入国在留管理局である国境保安庁庁舎から東京湾の光景を眺めていた。

 関東の県が移民の時期が来れば連日のように繰り広げられる光景だ。

 先日から都心のホテルは宇都宮市からの移民が連日上京して宿泊している。

 それなのに今さら移民対象から外れようとする悪あがきする者の申請書類に悩まされているのだ。

 もちろん家事代行者の免除は三年以上の従事者に限られるし、普通は職員の段階で書類を撥ね付ける。

 しかし、移民対象外者はいわゆる上級国民も多く、長官裁可まで書類が残ってしまうのだ。


「この機会に子弟が婚活に勤しみ、移民対象者から将来のパートナーを得るなら結構な話だ。

 しかし、免除者の既婚率は大変高く、家事代行申請者のほとんどがうら若き女性とはどういうことか?

 移民局は愛人バンクではない!!」


 その言葉の通り、移民免除者は大変にモテる。

 配偶者になればその家族も免除者になるのだから打算的婚姻が増えるのも仕方がない。

 その為に早婚も多いが、その子弟が婚活に東京湾に来ることはあまりない。

 まだ未成年ばかりで若すぎるからだ。

 また、そんなことをしなくても学校在籍時から婚約に至る者も少なくない。


「マスコミが本国に少ないですからね。

 報道の目が届かないとこうも露骨なれるのかと」


 政界からの問題書類を持ってきた入国管理局局長の小林が眉を潜める。


「マスコミなんて異世界転移後に真っ先に廃業に追い込まれたからな。

 今残ってるのは、余裕が出てきたから復職した骨のある連中だ。

 大陸の方が新鮮なニュースが多く、心踊らせていて本国の不正や疑惑に関心が無い。

 転移前は鬱陶しい連中だと思っていたが、いないならいないで困るんだな」


 マスコミ業界は異世界転移で最も打撃を受けた業界だ。

 海外サーバーとの接続が断たれ、電力維持の為にネット系は真っ先に閉鎖を余儀なくされた。

 また、新聞にも資源保護の為に部数の大幅削減と経済破綻による広告収入と購買契約者が実質消滅して収益を断たれた。

 テレビやラジオも国営以外は同様に壊滅し、職を失った記者など大陸への移民待った無しだ。

 さすがに大陸の新京道では民間のマスコミ各社が再び起業されつつあるが、本国に支局を作る程には至っていない。


「問題は免除対象者本人ではなく、その家族がこのような事態に走り勝ちなところです。

 先日も埼玉知事の娘婿が別宅に水着メイドを雇用しようと移民対象者から引き抜くのが発覚したでしょう?」

「あれはどうなった?

 離婚されたなら移民対象者として大陸に放り込んでやるんだが」

「秩父の農業貴族の三男ですから無理です。

 ズブズブの利害関係の政略結婚だから若い娘を囲い込もうとしたんですね。

 むしろ本人以上に両家親族の愛人をまとめて囲い込む場ですね」


 マスコミの目が無くなったこともそうだが、地元既得権者の力が強くなっている。

 若い娘のメイドに限らず、武道経験者を使用人と称させ、私兵集団まで創っている者もいる。

 彼等にとって移民政策は、自らの生産物購入者を減らす大敵だ。

 小作人もそうだが、あらゆる手を使って本国に人を残そうと画策してくる。


 考えに耽っていると港全域に汽笛が鳴り響く。

 各フェリーターミナルや港から船が集まり、移民船団が形成されていく。

 横須賀でも護衛艦や巡視船が出港し、合流すれば船団の出発だ。


「旧宇都宮市市民の移民は50日ほど掛かるようです。

 12月までにはおわるようですが」

「次の松山市移民船団も準備の為に広島や北九州にあつまっている。

 スムーズに終わることを望むとして、あっちはどうなってる?」

「協議会で、両市議会議員が乱闘騒ぎになってましたらね。

 まあ、それはそうと家事代行者申請は全部却下でよろしいですね」

「当然だ。

 ん?

 自宅警備員申請とはなんだ?」





 千葉県 松戸市

 陸上自衛隊 松戸駐屯地


 松戸駐屯地司令望む穴倉一等陸佐は、松戸市役所からの要請に困っていた。

 将来的に第19師団に加わるべく、この駐屯地で訓練と編成に明け暮れていた第19高射特科大隊の宇田三等陸佐も呼ばれたが関り合いになりたくなかった。


「里見公園に集結中の市川市民デモ隊に松戸市が誇る自衛隊部隊の威容を見せつける為に出動して欲しい?

 この要請文書いた人間は頭が沸いてますな」

「市長だよ、言葉はマイルドにな」


 里見公園は江戸川沿いにある都市公園で、戦国時代には国府台城が築かれ、明治から太平洋戦争戦後まで陸軍病院の敷地を一部に抱えていた。

 現在も市川市自警団の訓練場となっている。

 そんな松戸市の市境に近い、里見公園にデモ隊がテントを張って、キャンプ地と化していた。

 事の起こりは移民政策に端を発する市町村合併の主導権争いだ。

 人口規模において、毎年入れ代わる市川市と松戸市がどちらが残る市となるか譲らないのだ。

 争いは市議会から市民にまで及び、市境において市民同士が互いの道路を封鎖するまでに至っている。

 流通に関しては両市とも高速道路も電車もあるので、支障は無い。

 しかし、何故か両市の西側を流れる江戸川 矢切の渡しが双方の市民を密航させる為に盛況となり、渡し舟が増やされる有り様だ。


「今のところ松戸市が優勢だが、移民後に残るのは市川市民が多い。

 警察は関り合いになりたくないのか両市の警察幹部は揃って那須塩原温泉に慰安旅行に出掛けやがった。

 今なら移民で宇都宮に合併されて空いてるからな。

 下っ端は上役がいないから何も出来ないの一点張りだ」

「我々も鬼怒川温泉に行きますか。

 あそこはまだ人が多そうですが」

「そうしたいが、松戸の自警団が105mmりゅう弾砲M2A1を持ち出して、戸城ヶ丘歴史公園に設置した。

 市川市全域ほぼ射程内だ」


 松戸駅の南側の台地にある戸城ヶ丘歴史公園は、室町時代の御代には松戸城が存在し、明治には旧水戸徳川家別邸、千葉大学園芸学部の敷地となっている。

 こちらも現在は松戸市自警団の本部が置かれている。


「なんでそんな物を自警団が持ってるんですか。

 まさか、この駐屯地からの供与品……」

  「誤解だ。

 市内の私設博物館の展示品のレストアだ。

 市ヶ谷からは絶対に撃たせるなと厳命が下ったが、住宅街への拡張を狙う我が駐屯地としては、松戸市安定的な勝利が望ましい」


 駐屯地の東側は線路が敷かれているので、拡張が出来ない南北と西側の住宅街を住民移民後に接収して拡充する予定である。

 市との感情的軋轢は避けたかった。

 現在は第19高射特科大隊が間借りしているが、本来は第一空挺旅団第1空挺高射中隊という、落ちるんだか打ち上げるだかわからない部隊の為の駐屯地なのだ。

 今は遠い戦地にいる彼等と駐屯地周辺に居住する中隊家族の為にもこの松戸駐屯地の利権は守らねばならかなかった。


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