魂を祀る地へ
大陸西部
華西民国
首都 新香港
「それで『武漢』の亡霊達の願いはあれか」
新香港郊外の港が見える海沿いの丘。
そこに一件の建設中の廟が有り、華西民国国家主席林修光は国防部長の常峰輝中将や王顕竜補佐官を引き連れ、第1自動車化狙撃連隊隊長包智沢大佐が直々に警備部隊を指揮する中、訪れていた。
また、随員の他に駐華西民国日本大使相合元徳、外務省警察新香港警察署署長の松田警視が同行している。
「海が見え、海軍を見守れる地に魂を休める廟の建設。
確かに条件に合っているようですな」
相合大使も亡霊達との約束の履行の監督等、外務省の仕事なのかは疑問に思えたが、相手方窓口が外交のできる国家なことに安堵していた。
亡霊達との交渉から一週間経っている。
条件の場所は海軍が予てより目を付けており、市街地以外は全て国有地な現状、すぐに決まった。
同胞の鎮魂の場と海軍の目の付けた理由は同じで反対者はいないことから既に現地の整地作業が行われている。
「霊達との交渉は宮内省の陰陽庁の仕事かと思ってたが、君等も大変だな。
しかし、今後も『武漢』の亡霊達が『彷徨える中国艦隊』の同胞をこの廟に導いてくれる。
そうなれば華西海軍への艦艇復帰も早まるだろうから感謝している」
すでに新香港の港には先日発見された旅州級ミサイル駆逐艦『瀋陽』が牽引されて停泊している。
「あの艦はどの様に発見されたんです?」
「シュヴァルノヴナ海の孤島で、乗員の生き残りが原住民相手に王や貴族として振る舞い、王宮として扱われていた。
おかげで保存状態は悪くない」
道士達にも霊視させたが、悪質な霊はあんまりいなかったと報告された。
『瀋陽』は250名の乗員とともにこの世界に転移したが、日本政府からの勧告をジョークとして受け取り、ひたすら中国本土の母港山東省青島市黄島区を目指していた。
しかし、ひたすら航海を続けても母港には辿り着けず、燃料も食糧も底を尽き掛けた。
航海中にモンスターに食われた乗員もいる。
幸いにして原住民のいる島を発見し、文明の利器を見せびらかして艦で指揮を取っていた航海長が原住民に王として祭り上げられた。
しかし、風土病や環境の変化、反発する原住民による暗殺等、島にいたモンスターとの戦いで、乗員はみるみるとその数を減らして行った。
幸いにも乗員達は島民達の手で、彼らなりのやり方で丁寧に弔い、亡霊になるほどの怨は溜まらなかった。
「生き残りはどうしたんです?」
「島に残ることを決めたよ。
島民に感化され、家族となり、土になるそうだ。
『瀋陽』は我々の手で修復して役立ててくれと。
いざという時の為の連絡手段や医療物資や食糧を置いて彼らの決断を尊重することにした。
まあ、漁船の補給港として細々と様子を見に行かせるがな」
暗にその島の領有権は華西民国のモノな、と言っているのだが、大陸西部に文句を言うものはいない。
最初に『単湖』が見つかった島も劉邦島、『武漢』を使っていた海賊の島も劉恒島と命名された。
中国の王朝、漢の皇帝の名で開祖や名君の名だ。
「さしずめ今回は劉啓島だな。
元々、島の名前が無かったことから瀋陽島と呼んでいたが、帰属意識をこちらに向けてもらわねばならない」
そもそもこの十数年の間に過酷なこの世界で、30人程度に生き残りしかおらず、全員がで40代以上で島から出てることを望んでいない。
「後はこの廟の額ですか」
「そうだな。
まあ、ここは仮にも新香港だし、天后廟といったところだろう」
天后廟は海の守り神・媽祖を祭る廟で、媽祖廟の別の呼び方だ。
天后宮の正面玄関のほとんどは海に面しているのが特徴で、船上生活者の多かった地球の香港では、100以上の天后廟が設置され、油麻地の天后廟は日本のガイドブックにも載っている観光スポットでもあった。
「それて、林主席……
那古野の白戸市長から今回の兼に関する請求書なのですが」
相合大使から受け取った請求書に書かれた額を見て目を見開く。
「た、高くないかね?
ドックの修理費や祈祷の費用はわかる。
しかし、清めの塩がトン単位当たりの値段だったり、この退治に使った宴会費用とはなんだね?」
「市長曰く、必要経費だそうです」
「あとはこの亡霊輸送費とはなんだね?
彼等を運ぶのに屋敷が建ちそうな額なんだが」
「数百人分を運ぶんだから最高級の仕上げと自慢していました」
今後とも那古野市とは艦艇修理なとで世話になるのだから無下に断ることも出来なかった。
「議会になんて説明すればいいんだ」
「『武漢』の亡霊の曹久平上校が反対派の枕元に立つ用意があると」
「やめろ!!
絶対に別方向に揉める!!
それでいいのか、自称民主主義国!!」
大陸東部
日本国 那古野市
「えっと馬鹿でしょう」
「人の旦那にこうは言いたく無いけど馬鹿でしょう」
「社長、私もこれにはドン引きです、馬鹿なんですか?」
『確かに移動の器が必要とは言ったが、実に馬鹿げてる』
『ワシもこれはやりすぎじゃないかと思うんだ、馬鹿馬鹿しい』
白戸昭美市長、吉田香織三等陸佐、石狩貿易企画部長の外山、中華人民共和国海軍政治委員にして亡霊の曹久平上校、杖に魂を宿らせた聖騎士コルネリアスが散々、馬鹿馬鹿言い続けているのは、石狩貿易社長の乃村利伸に対してだ。
「どうしてこれの良さがわからないのかな?
ドワーフ職人謹製ミスリル製100分の一スケール、旅洋I型ミサイル駆逐艦『武漢』、突貫で造らせたわりには再限度完璧で、主砲が旋回するギミック付きなんだぜ」
「お言葉ですが社長。
貴重なミスリルを不必要に使って、全長154 センチの模型を作る意味がわからない」
外山部長の苦言に乃村はどこ吹く風だが、曹上校の
『あ、うちの乗員達の霊には好評だ。
全く、あいつらとは相容れないよな、全く』
との言葉を聞いて、
「そうだろう、そうだろう」
と、頷いている。
「まあ、実際に多数の亡霊付きの道具を持ち出したり、削ろうとする輩はいないだろう。
なんか怖いし、機密の上でも問題ないさ。
さあ、スローン嬢、最後の魔宝石の設置と操魂術を頼む」
「どこに入れるんですか?」
「ヘリコプター格納庫部分の床が開くようになってるからそこに」
無駄に凝ったギミックで魔宝石を設置すると、この模型は魔道具として機能することになる。
ただし、何の術式が込められていない。
代わりに込められるのは、250名以上の魂だ。
死霊魔術師スローンが操魂術の呪文を唱え終えると、『武漢』の艦体から黒いモヤが各所から吹き出し、『武漢』模型の方に吸い込まれていく。
さっきまで皆と並んでいた曹上校も黒いモヤに代わりに『武漢』模型に吸い込まれていく。
「完成です。
あとはこの模型を廟に設置すれば終わりです」
『実に邪悪に光景にしか見えなかったな』
帰りの車の中で、乃村は妻である白戸市長がどこか憮然としていることに気がついた。
「何が不満なんだ?
財政的には華西に押し付けて、財界に仕事を発注出来る。
政界的にも国家を相手に要求を一方的に飲ませたアピルが出来る。
万々歳じゃないか?」
「見えなかったの」
「はあ?」
「最初から最後まで幽霊の存在が見えず、声も聞こえない。
香織達の奮戦も何もないところに銃を撃ったり、刀剣を振り回したり、壁に向かってぶつぶつしゃべってるようにしか見えなかったわ」
ポルターガイストは体験したが、些か物足りなかった。
「交渉の席でも?」
「速記が出来る書記に急いで議事録作らせて、アドリブ三昧よ。
こんな疲れる仕事は初めてだわ。
あ~あ、私も幽霊見たかったなあ」




