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日本異世界始末記  作者: 能登守
2033年
260/274

降霊交渉

もう少し続きます、エピローグ的に

 大陸東部

 日本国 那古野市

 今川造船所


 造船所の会議室で白戸昭美市長や関口所長、吉田香織三等陸佐と柿生武志三等陸佐や術師生徒引率教師の田代は顔を付き合わせて対応に迫られていた。

 モニターには造船所桟橋に係留された旅洋I級ミサイル駆逐艦『武漢』が、夜になったからか随所に鬼火を発生させて、見物に来ていた一般人達の目を楽しませている。


「とりあえず外部スピーカー越しでは交渉しずらいわ。

 対応手段はある?」

「一応、除霊には参加させるつもりはなかったオガミサマが、いますが」

「オガミサマ?」

「旧仙台藩領域のイタコのことです」


 田代の指摘する通りイタコとういうのは、青森から岩手にかけての旧津軽藩や旧南部藩での口寄せ巫女の呼び名で、他の地域での呼び名が存在する。


「まあ、流派による拘りなんで、一般的にはイタコで通してます。

 それで口寄せ巫女の流派が遺る地域で、大陸への移民が行われたのは仙台市だけだったので、その家系から出た娘です」

「理解したわ。

 じゃあ、その娘に相手の霊を降ろして交渉再開ね。

 安全面には気を配って頂戴」


 そこに吉田三佐が挙手しながら発言する。


「それなんですが、市長の力業が有効とこちらも判断し、陸上自衛隊第第6地対艦ミサイル大隊の88式地対艦誘導弾を『武漢』に照準を合わさせました」



 桟橋から『武漢』を監視していた海上自衛隊第8特別警備中隊第3小隊小隊長の栗原二等海尉は目視できる距離にまでしゃしゃり出てきた88式地対艦誘導弾を搭載したミサイル発射機搭載車の姿に呆れていた。


「最初からあれを使えば良かったんじゃないか?」


 そんな疑問を抱くなか、巫女姿の女子高生が死霊魔術師スローンと聖騎士コルネリアスの魂が宿った杖に付き添われて、タラップを上がっていった。


 栗原二尉はメガフォンを片手に声を張り上げる。


『妙な動きを見せたら地対艦ミサイルをぶちこむ!!

 我々も容赦はしない』


 特別警備中隊隊員達も96式装輪装甲車に装備された96式40mm自動てき弾銃や小銃に装着したM203 グレネードランチャーを『武漢』に向けている。


『あれはワシ等の安全は考えてるのかな?』

「き、きっと考えてくれてますよ。

 自衛隊さん優しいから」

『そうなあ?

 お主、邪悪だし』


 コルネリアスの指摘に同行させられたオガミサマの術師山岸優花は、懐疑的な目をスローンに向ける。


「邪悪なの?」

「コルネリアスさんの宗教的偏見です!!

 差別、イクナイ」

「ま、まあ、あんたらはともかく、うちがいる限りは撃たないでしょ、たぶん」


 山岸家は仙台藩時代から口寄せ巫女を管理する家系だったが、基本的に口寄せ巫女になるのは、盲目の少女達である。

 按摩師等もそうだが江戸時代には視覚障害者の為の職業の歴史がある。

 疑問に思えるのは、業界となるほど沢山の視覚障害者がいたのかという話だ。

 しかし、明治以前は先天性ではなく感染症や栄養不足、衛生環境の悪さなどによる後天的な病気によって視力を失った人達が多数発生していたのだ。

 口寄せ巫女も職業に就くことが限られた彼女達の糊口をしのぐ大事な仕事だったのだ。

 明治以降は栄養学の発達や衛生環境の改善で、後天的に視力を失う人が減ったのと労働環境の変化で口寄せ巫女達の後継者達がいなくなっていった。


「まあ、元々視覚障害者限定なのは後付けだしい。

 うちは管理してたからノウハウは蓄積してたんだよねぇ。

 じゃあ、この世界で産まれたわたしなら使えるんじゃね?

 と、試したらできちゃったんだ」


 準備をしながら説明する優花の話をスローンは興味津々に聞いている。


『まあ、安全面は保障する。

 操るにしろ、浄化するにしろ我々よりも達者な者はそうはいないはずだ』

「ありがとうコルネリッチ。

 じゃあ、始めるね」

『だ、誰がコルネリッチだ!!』


 優花は梓弓を鳴らしながら祭文を唱え始める。


「イーヤエ ただいまのしえ木の水よば 百里に急がせよ

 百里の水よば 十里に急がせよ

 十里の水よば 一里三里と急がせよ

 三里の水よば一里と急がせよ

 はるばるどうどう 海 川越えて 河原を越えて急がせよ

 ここはどこよ ここはふるさと

 ふるさとならば おりて 物語りそーや

 しんでの山を急いで参る

 神の浄土か 思いそめてのだいがんか 心よせてのとだいがんか

 ホトケ呼び イタコをおろすとき

 イーヤエ ただいまの片手にかけたる 袈裟衣

 左の手にはしろき神や 右の手にはしかのまき」


 白眼を剥いた優花の口から中国語を語り出される。

 本人は中国語どころか、地球の外国語教育を受けたことはない。

 スローン達が安全と確認して白戸市長や吉田三佐が近くまで寄っていく。

 代表して吉田三佐が語り掛ける。


「降伏を主張する貴官の所属、官、姓名を名乗れ!!」


 相手も中国語から憑依した優花から日本語にチューニング出来たのか、日本語で返答してくる。


『中華人民共和国海軍、曹久平(ツァオ・ジュウピン)上校。

 要求は先ほど言ったように降伏するのでジュネーブ条約に従い、乗員を将校としての待遇を望む』

 」


 曹上校からの主張に一同は背中を向けて相談を始める。

 吉田三佐だけが正面から対峙し、背後から囁かれて受け答えする羽目になる。


「そもそも中華人民共和国はジュネーブ条約に加盟してなく無いですか?」

『確かにその通りだが、君達日本国は加盟している。

 ならばその精神は順守する義務がある。

 違うかね?』


 意外に手強い相手になりそうだと、後ろから囁き声が聞こえる。


「生者相手なら仰る通りですが、条約には死者に関する条項はありません。

 この世界では貴官等はモンスターにカテゴライズされます。

 つまりは討伐対象です」

『この少女の魂と対話させて貰って、異世界転移やこの世界の常識。

 我等の母国に帰ることはかなわないのは理解した。

 しかし、我々はこのように語り合える。

 知性ある者同士、問答無用で敵対するのは如何なものだろう』

「貴官の同胞は、対話の通じない悪霊と化してましたが?」


 先程まで除霊活動に従事していた福池型補給艦『巣湖』を指差す。


『まあ、あっちはまとめ役がいなかったんだろ』

「貴官は『武漢』の艦長ですか?」

『いや、政治委員。

 だから恨み連ねた乗員同胞達から一線敷かれていてね。

 逆に君達の力業にドン引きした同胞が小官を矢面に背中を押してきたんだ』


 死んでからも人間関係は複雑なようだった。


『ところでそちらの杖の方を見て思い付いたんだが、我々も何かに魂を移して廟等を建てて提供して貰うのはどうだろう?

 今後、同類が何か仕出かしても説得や強制連行に強力出来ると思うんだが』


 一同はスローンに視線を集中させると、彼女は得意気に語り出す。


「既に魂は抜け出た後ですし、魔宝石とミスリルを用意して頂ければ可能ですよ。

 皆さんは『御遣い』のような高次の精神体じゃないので、全員一緒ということになりますが

 あ、おっきいのは無理ですよ、片手で持てるサイズでお願いします。

 あ、おすすめはアンデッドで、今ならデュラハンなんていいですよ」

『お主は黙っとれ』


『武漢』の亡霊達の間で協議が始まったのか、優花の頭がヘッドバンキングを始めたり、天井や壁をあるきはじめたり、奇声を挙げながら変な液体を口から吐き出したりしたが、彼女の尊厳の為に記録映像の封印が決定された。


「あの曹上校、出来れば彼女の身体をペタペタ触る行為は慎んでほしいのですが」

『ご、誤解だ。

 だが久し振りの肉体にはしゃいでる同胞は注意する。

 いや、艦に戻しておく』


 総督府に問い合わせると、『武漢』の亡霊達の主張はほぼ通ることになった。



 翌晩、『武漢』の飛行甲板で、白戸昭美市長が曹久平上校の名において、『武漢』の亡霊達の投降、降伏受諾する書類に互いに署名したことにより、正式に那古野条約として成立した。

 さすがに憑依された山岸嬢に書かせるわけにはいかないので、頑張ってポルターガイスト的にペンを動かして署名された光景は、テレビで中継されて話題をさらうことになる。

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