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日本異世界始末記  作者: 能登守
2033年
258/274

真打ちは食事をしてからやってくる

 大陸東部

 日本国 新京道

 新京市


 長らく総督府が置かれ、日本国の大陸における本拠地だった新京特別行政区は、総督府移転に伴い内地による新京道の設立と同時に新京市となった。

 総督府の有った新京城は新設の道庁や既存の迎賓館、駐屯地がそのまま残り存在している。

 人質の貴族達は子弟の大半が在学中なので、総督府の葦原特別行政区への引っ越しは遅れている。

 その跡地には陸上自衛隊第6教育連隊が駐屯する駐屯地が造られる予定である。


「俺、呪われてるんじゃないかと思うんだよ。」

「いきなり何を言い出すわけ?」


 今回、ある任務の為に新京にやってきた総督警護室長の吉田香織三等陸佐は、一緒に同行する第6教育連隊で、大隊長に就任したばかりの柿生武志三等陸佐の奇怪な発言に戸惑わされる。

 柿生三佐は葦原特別行政区に第7教育連隊が創設されたことから大幅な異動があり、残留組として昇進したのだった。


「ここ数年、ラミアの呪歌に部下を捕虜にされたり、総督府内で呪物でモンスターに変えられた同僚の始末を任されたり、今度はお祓い?

 何か呪われることでもしたんだろうか」

「ああ、そっちね。

 経験者と思われて抜擢されたんじゃない?

 私も『御遣い』と戦った経験からだし」

「そうなんだ。

 だったら心強いな。

 引率役としてもあっちも俺には荷が重いし」


 そう考えれば美人な同僚と任務は楽しいかも知れないと考えていた。

 二人とも既婚者である事実を忘れてしまう。

 二人がいるのは新京中央駅のロータリー広場で、同行者達を待っていて平時の制服姿だった。


「あ、来たみたいね」


 ロータリーにマイクロバスが複数停車し、十代の少年少女達が降車してくる。

 引率の教師が彼等彼女を整列させて、吉田と柿生両三佐に挨拶してくる。


「魔術科の田代です。

 一応は教師なんですが、魔術に関しては門外漢でして、生徒達の安全はお願いします」


 頼りないことを言っているが、日本人の魔術の使える最年長は17才だから仕方がない。

 専門の教師は存在せずに大陸人の講師に委託し、手探りで魔術専門教育を構築している最中だから担任等の教師が一般的な教育を行う。

 今回は要請したのは、魔術科のある高校生の除霊やアンデッド対策に成績の良い生徒達だ。

 必然的に寺社の子弟が多く、良家の集まりとも言える。

 動員の名目は課外授業だ。


「じゃあ女子は吉田三佐に任せる。

 野郎は俺とな」


 礼儀正しく答える生徒達に普段接し、教育している隊員達はこんなに可愛くないと柿生三佐は疑問に感じてしまう。

 吉田三佐も自分がギャルとかパリピとか呼ばれてた学生時代を思いだし、上品な女生徒達にや居心地の悪さを感じてしまう。

 一行はロータリーから駅に入り、列車に乗り込む。

 新京市に変わり鉄道にも変化が訪れていた。

 それまでの大陸で使われていた蒸気機関車から電気機関車に新京市から北の中島市、南の那古野市までだが、切り替わったのだ。

 今後もこの路線は延伸されることになり、輸送量の増大や移動時間の短縮が期待されている。

 二人に引率された一行は、那古野に向かうことになる。




 大陸東部

 日本国 那古野市

 今川造船造船所


 福池型補給艦『巣湖』が鎮座しているドック内では、清められた塩の堡塁で艦を取り囲み、亡霊達を閉じ込めていた。

 さらに堡塁の外側では仕事にならない作業員や心霊現象を見物にきていたマニアや観光客、パリピも招待されて用意された酒や食事で宴と化している。


「さすがはパリピね。

 酔っぱらって堡塁の中に挑発してるわ」

「堡塁の中には入れさせるな!!

 市長、いいんですか!?

 あいつら、ズボンは脱ぐは、亡霊達に中指立てて暴言吐くわで、やりたい放題です!!

 うわっ、亡霊達が怒ってますよ!!」

「本当にいいエサね」

「市長はパリピに親でも殺されたんですか?」

「失礼ね。

 まだ二人ともピンピンしてるわよ」


 造船所の関口所長は白戸昭美市長の無茶振りに呆れ、挑発行為に憤り、怨嗟の声をあげる亡霊に恐怖している。

 挑発に乗った亡霊は姿を見せて威嚇しようとするが、その度に武装警備員や警官から対霊用の塩弾や消防隊が用意した水筒や水鉄砲に入れられた御神水、法力水を浴びせられて悲鳴を上げている。

 さすがに堪らないのか、清めの塩の堡塁を無効化しようと接触し、黒く変色した塩に変えられていくが人間達は無慈悲にトラックの荷台から清め塩を投下し、堡塁はさらに高くなる。

 頭から清め塩をぶっけられた亡霊は悲鳴をあげながら艦内に戻っていく。


「塩なら売るほどあるわよ」

「清め塩を造らされる神主さん達の方が先に潰れそうですね」


 清め塩を造るだけなら魔力はいらないので、大人の神官や巫女さんでも十分だ。

 不眠不休で神社で祝詞のりとを唱えてもらい、今川造船所まで運んでもらう。

 やがて艦外周から退散したのか、怪異は起こらなくなるが、タラップから艦の甲板にはポルターガイストでバリケードか造られ行手を阻まれる。


「さすがに艦内は今の人員では突入できないわね。

 新京から来る増援を待ちましょう」


 艦内に入る扉も不可視の力で固く閉ざされている。

 人力では開けがたく、重機も載せる事が出来ない。

 甲板にもスコップや猫車で運ばれた清めの塩で堡塁が築かれ、安全圏を増やしていく。


「他の仕事もあるから一旦離れるわ。

 進展があったら呼んで頂戴」

「酔っぱらいは全員、宿舎に放り込んでいます」


 一連の騒ぎで市役所から離れて丸一日、執務がたまっている筈だが、白戸は一睡もしていない。

 宴が騒がしく、寝るところではなかったからでもある。

 パリピだけでなく、作業員達も修理が進められない鬱憤が溜まっていたようだ。

 公用車で一眠りし、一度私邸に戻り娘の志穂の顔を見る。

 旦那が大陸財界の重鎮でかなりの稼ぎがあるからベビーシッターや家政婦を雇えてるので、仕事に専念できているが、まだ二歳の子供に構って上げられないのは申し訳なく思っていた。


「あ、そうか私費で市役所に育児部屋造っちゃえばいいのか」


 それが出きる財力があるならば後進の為にもするべきと考えた。

 現在の女性の社会進出は大幅な後退を余儀なくされている。

 転移後の経済の破綻は第3次産業の壊滅と同義だった。

 サービス業で働く人間は真っ先に職を失った。

 食糧確保の為にどこの家庭でも農場や漁船を抱えたので、在宅で出きる労力が必要となり社会から遠ざかっていく。

 職が無くなれば自活出来る配偶者を求めての結婚ブームが起き、男性も在宅が増えればベビーブームが起きた。

 在宅から産院に縛られる女性が増加し、社会進出は年単位で後退を強いられいた。

 結局のところ男女雇用の均等などは経済的安定が確保されてることが前提に過ぎないと社会が思い知らされた十数年だった。

 白戸の同級生だった陸上自衛隊の吉田香織や総督府財務管理局局長の斉木和歌等は公務員という国家の後ろ楯があったから公職を維持できていた。

 白戸自身は父親が海上自衛隊の艦長で、食糧の配給が優先されたから学業に専念でき、親と同級生だった旦那のツテで防衛大臣秘書官に慣れたのは幸運だったと考えている。

 そんなこと私邸に持ち込んだ仕事を片付けていると、秘書から連絡が入る。


『自衛隊の方々と魔術科の生徒が那古野駅に到着しました』

「まあ、意外と早かったわね。

 また、造船所に戻るから手配したバスでそちらも向かって頂戴」

『わかりました。

 それとですが、市が要請していた顧問の方々も駅にいました。

 駅のホームで並んできしめんを食べてましたから一緒に連れていきます』

『おおー、なんかあっちから死気が伝わってきていい感じですね』

『淑女が公共の場で大声で叫ぶな!!

 全くなんたる邪悪か』


 電話越しにも顧問の方々の声が聞こえて苦笑してしまう。


「丁重によろしくね」

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