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日本異世界始末記  作者: 能登守
2033年
255/282

コミュニケーションの在り方

 大陸南部

 独立都市ブリタニカ

 ベイカー街 マイクロフトビル


 ブリタニアの諜報機関Mの本部があるマイクロフトビルに防衛産業局局長のノートン卿が拘束されてきて、肘の無い椅子に座らされて一時間が経とうとしていた。


「おい、002(ダブルオーツー)!!

 人をこの貧相な椅子に縛り付けて、エールの一本も出さんとはどういうつもりだ」


 ダークエルフに対する騒動からブリタニア市に帰還していたバーナード・メッサヴィー少佐は、日本本国から帰還したノートン卿を拉致し、このビルに連れてくるよう命じられた。


「私も普通に官邸に召喚すれば済むのにわざわざこのビルに連行してくる意味がわかりませんが、任務なので。

 ところで局長殿はエールなんぞ飲むんですか?

 てっきりビールの方がお好みかと思っていました」


 言外におまえの豪州訛りはきついんだよ、と言ってみたものの皮肉の通じないノートン卿に呆れつつも話し相手に興じていた。

 ノートン卿はオーストラリア出身なのに卿を名乗っているのは、困窮した南部貴族の娘を嫁に貰い、その親族として称号を買い取ったからだ。

 まあ、騎士爵程度なので、ブリタニアの上層部にいる転位前からの爵位貴族達からも目くじらを立てられていない

 夫婦仲は睦まじいが年齢差は25才あるので、一部の市民からは白い目で見られている。


「やたらとパブに連れていかれるので慣れたわ」

「紳士の社交場ですから仕方がありません。

 ああ、来たようですよ」


 部屋の前方に設けられた長テーブルに紅茶ポットが置かれ始め、伝統的なフロックコートを着こなし、タイを締め、室内なのにコウモリ傘を持ち込んでいる。

 こちらは転位前からの古参の子爵位を持つ、本物の地球系貴族だ。

 些か神経質そうな目付きは、某魔法学校映画のコウモリの様な教師を思い起こさせる。

 また、ブロンドのセクシーな秘書官を連れているのだが、噂では市長の愛人である。

 メッサヴィー少佐は彼女に笑顔を振り撒いてみるが、ダリウスに睨まれて眼を反らす。

 ブリタニア市長ダリウス・ウィルソンは席に着いて紅茶を一服すると、ようやく口を開いた。


「さてノートン卿。

 この度の日本との新型フリゲートとの交渉、ご苦労だった。

 しかし、些か疑問に思う点が有って、こちらに来て頂いた」


 先日の呂宋市に対するあぶくま型護衛艦売却が記憶に新しいところだが、同様に海上自衛隊もがみ型護衛艦の能力向上型となる「新型FFM」をブリタニアは次期フリゲートとして選定した。

 新型艦の最初の3隻は日本で建造され、残りの8隻は日本の技術供与で建造される造船所同国で建造される計画となる。


「日本に最初の3隻を任せるのは良い。

 造船所建造も将来に備えて必要だろう。

 だが11隻とはなんだね?

 失礼だが、ノートン卿は我が市の人口をご存じかね?

 我が愛すべきブリタニア市民の数は約6万人だ。

 運用している海軍艦は5隻あり、まだ数十年は運用するつもりだ。

 そこに11隻?

 約1600名の市民が艦隊乗員になる。

 後方要員も含めれば市民の6%も海軍に寄越せと?

 冗談も休み休み言いたまえ」


 ブリタニアの主要産業は海洋保険を基にした金融業だ。

 大陸貴族達に海上保険の請負人として仲介し、保険市場としての情報提供、海軍を用いての安全を担保する。

 その際の莫大な手数料、預り金がブリタニアの金融業を支えている。


「市場の拡大に伴い、護衛艦艇の充足は必須です。

 だいたい、我が市の市民は大半が第1次産業では無いですか。

 供給が過剰で、日本という市場があるから良いが、近い将来その市場が縮小するという予想が優良だ。

 ならば工業化への移行と失業者対策の軍への入隊は同時に進めておくべきだと考えます」


 意外にノートン卿のしっかりした考えに感心するが、豪州系の粗野な新興貴族にはダリウスは心を許していない。

 ノートン卿は元々はオーストラリアの二束三文の広大な土地を保有する大地主だった。

 広大な肉牛の牧場を運営していたが、日本に旅行に来た際に異世界転位に巻き込まれ、全てを失ってしまう。

 しかし、牧場の経営や肉の処理が出来る経験は彼を再び資産家にまで成り上がらせた。

 成り上がり者が気に食わないダリウスだが、それでも将来のブリタニア市市長の後継者の一人には考えていた。


「局長の考えはよくわかった。

 その考えを官邸や議会で是非とも披露していただきたい」


 メッサヴィー少佐もノートン卿も


「えっ、これだけ?」


 という気分だった。


「次からは普通に呼んで下さい。

 空港出た直後に車に押し込められて、秘書達を置き去りにしてしまった。

 今頃、ヤードに駆け込んでますよ」


 ブリタニア警視庁は代々、ロンドン警視庁が『スコットランドヤード』の名を四代目まで移転しても引き継いだことから、同警視庁も親しみを込めてヤード、もしくは『ネオスコットランドヤード』と呼称している。

 元々は初代ロンドン警視庁の裏口がグレート・スコットランドヤードという街路に面したことに由来している。


「そっちは手を回しているから問題はない」

「うちの秘書を気絶させるのは問題じゃないのかね、まったく……」


 ダリウスはメッサヴィー少佐に胡乱な眼を向けるが


「あのクールそうな秘書さんには何度も投げ飛ばされたので、ちょこっと、ちょこっと力を入れて気絶させただけです」


 土佐闘犬のライカンスロープのちょこっとが、どれほどの物かは気になるが、報告に上がってこないのなら無事なのは理解できた。


「プッシーは護身術の達人で、サーカスパイロットだったからなあ。

 普段は勝ち気な分、今頃は落ち込んでるかもしれん」


 紳士なダリウスは眉を潜め、メッサヴィー少佐は困った顔をし、イートン卿はチャンスを感じていた。




 大陸東部

 日本国 葦原特別行政区

 総督府仮庁舎


 総督府の現在の仮庁舎は一足早く建てられたホテルを流用しており、正式な本庁舎は来年に完成する予定である。

 そのデザインは新京城同様に和風建築の城であり、遠く大陸に有っても日本国であることが感じられるランドマークであることが求められている。

 仮庁舎の主である佐々木洋介総督は、姫路市旧たつの市移民が完了し、旧相生市の船団が本国を出発した報告書を読みながら物思いに耽っていた。


「困った。

 川田くん、君本当に葉子君から聞いてなかったの今回の件?」


 佐々木総督を敬愛し、尊敬する川田雅晴次席補佐官ではあるが、さすがに何度も聞かれては切り札を切らないといけない。


「てっきり奥さまから聞いているとばかり……

 申し訳ありません、我々の不手際でした」


 一番の身内が話さないのに補佐官が語れるわけがない。

 細君のことを持ち出されて、普段冷静な佐々木総督も頭を抱える。


「女房は大したことじゃないから話さなかったと、市長選は総督夫人には大したことじゃないのかな?

 ましてや息子の嫁の話だぞ。

 一応、家長の私には話すべきだろ」

「今は別の家に住んでますから家長扱いされてないのでは?」


 ことの起こりは佐々木が以前居住していた神居市の市長選挙だった。

 あろうことか、長男洋一の嫁である佐々木葉子が立候補、当選してしまったのだ。

 身内が当選してしまったから当然、将来の佐々木総督の後継者候補と囃し立てているが、肝心の佐々木総督は当選したニュースをテレビで見て初めて知ったのだ。

 彼女の実家である本国外務省官僚の父親からもなぜ知らせてくれなかったのか、問い合わせが来ている。


「忙しくて本当に知らなかったなんて、誰も信じてくれないよな」


一度、じっくりと話を聞かねばならないと決意する佐々木総督であった。


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