血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が上がる
大陸北部
北サハリン共和国
ヴェルフネウディンスク市
大陸における北サハリン共和国の唯一の拠点であるヴェルフネウディンスク市の市庁舎では、チカチローニ市長が精力的に執務に励んでいた。
『絶対に殺人鬼だ』、『地下室に少年少女を監禁している』、『近隣の貴族に令嬢をさしださせている』と、いう誹謗中傷に晒されているのが悩みの種だ。
本人は家族や市民を愛し、真面目に政務を果たし、国の繁栄を願っている善良な男だ。
「精々、職務中のウォッカが倍になったくらいなんだけどな」
「どのくらいで?」
「最近は1リットルくらいかな」
「至って普通の酒量ですな。
まあ、原因は他にあると思いますが」
泣く子も黙る共和国保安庁、通称PSBのヴェルフネウディンスク市局のボリス局長もさすがに
『市長の顔が猟奇殺人鬼みたいだからです』
とは言えない。
話を替えるべく、報告を続けることにする。
「高麗民国の白道知事が大統領就任とともに逆クーデターを企んでる件は伝えましたな?
まあ、口の固い協力者を募っていますが、我が国としてはどうしますか?」
「私も同じ立場だから本国から疑われたら困るなあ。
白道知事には大人しくして欲しいんだが」
「でしたら高麗本国にリークしての妨害が可能です」
「いや、私が勇退すればいい。
新任の市長なら本国も警戒しないだろう。
市が設立してから十二年近く、潮時だろう」
ヴェルフネウディンスク市も本国のイェフゲニー諸島やシャンタル諸島、ハゲミフ諸島の居住、防衛を放棄し、住民はヴェルフネウディンスク市に移民している。
本国人口は47万人、ヴェルフネウディンスク市の人口は28万人。
高麗と違い、人口も軍も本国の方が多いので、懸念しすぎな気もするが、保身は考えていた方がいい。
ちょうどサミットの終わる時期に市長選が始まるから頃合いだ。
「サミットの議題にもなるだろうが、例の姫様が指揮してる皇国軍の方はどうなってる?」
「タチアナ皇女はバファロ侯爵をセクハラの廉により粛正し、侯爵領を接収。
討伐軍に奪われていた貴族領や天領を奪還し、16領邦を支配地域に所領を安堵する安堵状を発行し、新たに5領がこれに靡く傾向で、兵力がまとめられています」
「何をしたんだよバファロ侯爵」
ヴェルフネウディンスク市は大陸北部の北端にあり、北部東側で勢力を拡げているタチアナ皇女の皇国軍とは幾つもの領邦や天領が跨がり、直接の紛争は起きていない。
「巧妙に北部中央のエルフ大公国とも領地が接するのを避けています。
それを干渉地帯の貴族に密かに密使を送りつけて、非公式の中立を保たせています」
「陸の孤島になれば王都での社交を辞退できるし、戦時ということで王国への上納も免除されるか。
自領を犯されない限り、紛争の長期化は望むところか」
そうなると野盗の横行が起こりそうなものだが、戦時化の兵隊が多数往来している場所からは逆に避難している有り様だ。
「商業的にも中立領を商人が通るので、彼らには益があります」
「逆に皇国軍はどこから利益を得ているんだ?
領内の税収だけではやっていけまい」
「進軍方向の貴族に参陣するか、矢銭と称した安全保障費を要求しています。
反発すれば侵攻して領土を奪います」
王国の討伐軍も全領邦の防衛に兵は割けない。
当然、天領優先となり、貴族領を守る領邦軍では皇国軍には抗しきれないので、侵攻回避の金銭や物資でお茶を濁している。
「まあ、我々も基本的には不干渉でいこう。
人口的に第二都市も造れないし、利害が対立するわけでもない」
「それが無難かと。
それよりも、アレどうするんですか?」
市長舎の窓からは北サハリン共和国海軍の軍港が見渡せる。
現在は旧北東軍集団(旧カムチャッカ小艦隊)を中心とする第114水域警備艦旅団や第10潜水艦師団が港湾に停泊しているが、その中に一際目立つ巨艦のミストラル級強襲揚陸艦『ウラジオストク』がいた。
本来の『ウラジオストク』は、2014年にフランスからロシアに引き渡される筈だったが、ウクライナ情勢の悪化を重視されて、一時延期となっていた。
それを異世界転生に巻き込まれ、ホワイト中佐の乱によって悪用されていた同型艦『ディクスミュード』を北サハリン軍が接収したので、代わりに『ウラジオストク』と命名された形になる。
当然、フランスの立場を他のEU国家同様に引き継ぐエウローパ市は激怒、反発し、返還を求められている。
「大陸にあると目立つから本国に置いとけばバレなかったのになあ」
「本国では活躍させる舞台がありませんし、日本を刺激しますからな。
名前も悪い、ウラジオストク(ヴラディ・ヴォストーク=東方を支配する町)なんて、日本に喧嘩売ってます。
海軍も手離したがりません」
せっかくの21世紀の新鋭艦だったのだ。
軍としても徹底的にしゃぶりつくしたいとところだろう。
「ボリス支局長。
いざとなれば君の手勢だけで、あの艦を制圧できるかね?」
共和国保安庁ヴェルフネウディンスク支局は、国境局の国境警備隊、沿岸警備隊。
特殊任務局のアルファ、ヴィンペル部隊が戦力として配属されている。
対する海軍側は第40独立親衛海軍歩兵旅団をヴェルフネウディンスク市に配備している。
「正面からでは話になりませんな」
「オプションとして検討はしててくれ。
平和理に互いの面子を保てる案が破綻した時のプランBだ」
いざとなれば陸軍の第18機関銃・砲兵師団がいるが、規模的には師団とは名ばかりの 北サハリン国民同士が相打つのは避けたかった。
「しかし、正直なこと言わせてもらえば、この件は市長じゃなく大統領が扱う事案ではないですかね」
「仕方がないサミットに出るのも何故か市長の私なんだからさ。
大統領は官邸で密造してたウォッカを気化させて爆発させて奥さんに官邸で謹慎させられてるし、首相も狩りに出掛けて、一週間誰も気が付いてなくて大慌てで捜索してるくらいだからな」
吐き捨てながら新聞に目を通すと、日本の姫路市移民が始まり、福原市の市長選で前市長の原田健一が二選目を果たしたとある。
福原市には難民となっていたドワーフの自治区があり、大陸における重工業の働き手として市の繁栄に寄与している。
人間から見れば途方もないスタミナを有している彼等だが、労働基準法の八時間労働制限に物足りなさを感じて不満を漏らしている。
転移前と違い、労働基準法の労働時間は徹底して厳守させられている。
経済が崩壊し、失業者が増大した日本においてワークシェアリングを徹底させる為だ。
また、どこの家庭でも食糧を自給させる為に農業、漁業、狩猟などの副業を行っていて、その時間を確保させる為だ。
『労働基準法違反なのは公務員だけ』という有り様だ。
まあ、副業が許可されてるならとドワーフ達も自治区の街作りや『ドワーフの火酒』というアルコール度数が限りなく100%に近い酒蔵で働いている。
さすがにアルコールに弱い日本人には飲酒が禁止されている酒だが、ドワーフ達は水代わりにガブ飲みするので販売自体は規制されていない。
「ところで支局長、ここに日本から輸入した『ドワーフの火酒』があるんだが」
「御相伴に預かりましょう」
そう言いながらボリス支局長は鞄からスキットルを取り出し、僅かに残っていたウォッカを飲み干し、『ドワーフの火酒』を市長に注がれる。
「共和国万歳!!」
「栄光ある祖国に!!」
祖国を賛美しておけばだいたい許されるお国柄である。
なお、一時間後には撃沈していたところを秘書に発見された二人だが、市長の退勤時間はまだ5時間も先であった。




