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日本異世界始末記  作者: 能登守
2033年
252/274

護衛艦売るよ

 大陸南部

 独立都市 呂宋


 フィリピン系を中心とする人口26万人の都市中心部の市長官邸という名の市長宮殿で、ニーナ・タカヤマ市長は、歓喜の声で叫んでいた。


「やった!!

 やったわ、私凄い!!

 総督府の石頭共め、ザマーミロ!!」


 間も無く四十路に手が届きかけた美貌の市長の奇声に秘書官や使用人が部屋の外で困惑した顔をしているが、事態を打開できる救世主の姿に


「お、お嬢様。

 市長様がおかしな笑い声を……」


 独身シングルマザーのニーナは奥さまとは呼ばれない。

 日本の芸能界に十二歳でアイドルデビューし、二十歳の時に異世界転移に巻き込まれ、在日フィリピン人と観光や仕事で日本に来ていた訪日フィリピン人をまとめあげ、独立都市呂宋を立ち上げた彼女は同市のカリスマだ。

 その娘のマリア・タカヤマはこの世界で産まれた15才の少女であり、呂宋市誕生ともに同市初のアイドルとしてデビュー、人気を独占していた。

 呂宋は日本や高麗を除けば最も早く芸能界を復活させた都市でもあり、大陸では4番目のテレビチャンネルのキー局も持っている。

 さすがに当初は報道系番組ばかりだったが、マリアのデビューによりアイドル系の歌番組やバラエティー番組も増えてきている。

 マリアは多少の大陸魔術の素養もあり、帰化した大陸人女性魔術師を家庭教師にしていたりする。

 政治系バラエティーでコメンテーターも出来るので、たまにしか市長宮殿に帰ってこないがたまたまこの日はオフだった。


「ちょっとママ!!

 変な声で叫んでるからみんなが驚いてるでしょう!!

 何が有ったというのよ」


 部屋に入るなり叱責するマリアだが、海千山千を潜り抜けたニーナに両手を捕まれ、強制的にダンスの相手をさせられる。


「聞いてよ、マリア~!!

 ママね、ついに日本から護衛艦の中古売却を勝ち取ったのよ~」


 正確には日本と呂宋市政府が、海上自衛隊の中古護衛艦を輸出する方向で一致したということだ。


「えっ、何度も日本に自衛隊装備購入を断られてたじゃない?

 こないだ追加購入することになった巡視船5隻のことじゃないなの?」


 日本と呂宋市の間では、97メートル型巡視船5隻を追加調達することが決まっていたが、それとは別件だった。


「ひとえにママの美貌による日本の外務省への粘り強い交渉の結果よ。

 まあ、あそこはママのファンが多いけど」

「ママ、先月日本でディナーショーやってたわよね?

 まさか、お客さんのなかに……」


 色々と怖くて聞けなくなる。


「あぶくま型という小型の護衛艦だけど、ミサイルから魚雷まで撃てる立派な軍艦よ。

 それが六隻。

 もう高麗の国防警備隊海洋部にも海上戦力だけなら上回るわ。

 もう沿岸警備隊じゃなく、海軍でいいんじゃないかしら?」


 机の上の資料を読み漁り、マリアも状況を理解する。

 間も無く高校生な少女だが、呂宋市で最も高等な教育を受けた身であり、将来の市長としての英才教育も受けていた。

 船員の多かった市民だから巡視船団は賄えたが、護衛艦は乗員数が一桁上がる。


「ママ、まともにあぶくま型を全艦購入したら720名の乗員がいるわよ?

 巡視船も5隻も増えるのにどっから乗員をかき集めるのよ」


 巡視船19隻、護衛艦6隻などという一大海上戦力は、人口26万人の都市に釣り合っていない。

 明らかに過剰戦力だ。


「アルベルノ市やドン・ペドロ市にも人や維持予算を出させるわ.。

 安全保障費や将来の為の海上治安組織の教育とか名目付けてね。

 部品取りに使うことも考えれば悪い取引じゃないわ。

 それにね、護衛艦だって一度に退役する訳じゃない。

 その間に呂宋市の『産めよ、増えよ、地に満ちよ』政策は強化するわ。

 私が生きてる間に第二都市が建設出来ればいいわね」


 旧約聖書創世記1章28節にある言葉だが、この言葉は地球からこの世界から人間達のスローガンになっていた。

 その為に既婚率が高くなり、妊娠女性が増え、女性の社会進出が大幅な低下を招いていてもだ。

 また、隣接するアルベルノ市やドン・ペドロ市は海上戦力を持っておらず、呂宋市と同盟という形で、海上警備を委託している。

 それぞれの市に専用の桟橋、施設も保有し、委託された維持や整備、乗員手当ての保障費も支払わている。

 その保障費も近隣貴族からの年貢という名の賠償からだから両市の懐もあまり痛まない。

 軍拡も予算を他から賄えれば市民からは不満の声も上がらない。


「まあ、実際に輸出されるかは、調査の結果と国際情勢次第よねぇ」


 艦齢が進水より40年以上になるのは、不安しかなかった。


「大丈夫よ、ママ達の母国なんて半世紀物の軍艦使ってたし、北サハリンなら今でもゴロゴロしてるわ」

「観艦式の観たわあ。

 錆が多くて幽霊船かと思ったわよ、北サハリン艦。

 まあ、日本ももっと古い艦があるそうだし」

「視察には沿岸警備艇団司令のホセ・ジャンジャリーニ大佐にも行ってもらうわ。

 彼も護衛艦を取得できれば准将ね」



 ホセ・ジャンジャリーニ大佐は中ノ鳥島事件や観艦式参加で実績はあるのだが、沿岸警備隊の最高位が准将で、これまではフィリピン海軍に所属していた御老体が居座っていたのだが、規模を拡大できるのならホセ・ジャンジャリーニ大佐の昇進も問題はないはずだ。


「で、視察はどこへ?」

「一番艦の『あぶくま』が母港にしてる那覇よ」

「いいなあ、私も行きたい!!」

「じゃあ、若きイケメン海軍士官が海軍創設に関わるドラマ創っちゃおうか。

 プロローグは留学先で那覇に研修とか理由付けて」

「うん、プロパガンダにもちょうどいいわね。

 人材の確保は急務だし」


 既に彼女等の脳内ではマリアがヒロイン役で決まりだ。

 市長の奇声を止めに入ったはずのお嬢様まで嬉々として参加し始めたことに部屋の外の使用人達は困惑するが、きっと呂宋市をいい方向に導いてくれことに疑問は抱かなかった。

 突然、テレビドラマの企画書を渡されたテレビ局側には大不評だったようだが……






 日本国

 東京都 市ヶ谷

 防衛省


 政府の突然のあぶくま型護衛艦売却に戸惑っているのは自衛官達も同様だった。


「怠惰な外務省や強欲な財務省が賛成するとは思わなかったな」

「ちなみに防衛省は暴食と呼ばれてるらしいですよ。

 予算をたくさん食いますからね

 最近、西方大陸から艦を戻してるのもこれが原因だったんですか」


 防衛大臣乃村利正は新任の統合司令行田忍一等海将が切り返してくる。

 行田一将は自衛艦隊司令官から統合司令に抜擢された現場肌の人間であり、伏魔殿の永田町や霞が関とは距離を置きたがっていた。

 自衛艦隊司令官でありながら、この所の西方大陸からの帰還艦に事情を知らされないでいたが、ようやく合点がいったというところだ。


「あぶくま型は現在、豊原と那覇を母港に地方隊護衛隊を編成、所属しています。

 呂宋に引き渡すなら代艦として最低あと四隻は必要です」

「西方大陸から哨戒艦が四隻戻ってくるから対応できる。

 他にも色々な」


 海上自衛隊の再編成の為に艦隊を本国に戻す必要がある。

 西方大陸アガリアレプトでの米軍支援に政府も世論も嫌気がさしているのがわかる。

 期を見て、理由をこじつけてでも派遣部隊を呼び戻したいのだ。


「まあ、この件において一番大事なのは政府がちゃぶ台ひっくり返して御破算にならないかですからね。

 本当に信用していいんですよね?

 このまま準備、進めちゃいますよ」


 そう言われると自信が無くなってくる乃村防衛大臣だったが、よく考えてみれば問題ないことに気がついた。


「その頃には俺、この席に座ってないだろうから、まあいいか」







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