姫路より対馬を語る
日本国
兵庫県 姫路市
陸上自衛隊姫路駐屯地
陸上自衛隊第3特科連隊は2006年に一度、特科隊に縮小し、2015年以降の異世界転移に伴い連隊に再編成された部隊である。
当然、失業者対策も兼ねて千人以上の隊員が姫路駐屯地に詰めることになり、他の部隊を幾つか追い出し、手狭になった敷地を駐屯地南にある姫路競馬場を接収して対応している。
「次は西側の小中学校だな。
学校施設はそのまま使えそうだから会計科や警務隊を移転させてそれぞれ使ってもらおう」
駐屯地司令である連隊長の押上一等陸佐が学校敷地を視察しながら幕僚に指示する。
姫路市も年内に移民が実施されることになり、住民の大半がいなくなる。
廃校となる校舎も記念碑を建てて、駐屯地の敷地となる事が決まった。
「大砲や弾薬は場所を食いましたからね。
保管場所に競馬場が使えたのは僥倖でしたが、まだまだ足りませんでした。
友ヶ島砲台に分遣隊を送れたのは正直助かりました。
東側の量販店の土地も貰えませんかね?」
大隊長の曳舟三等陸佐の言葉に一同頷く。
姫路市は周辺自治体、丹波市、朝来市、豊岡市、養父市、たつの市、相生市、赤穂市、宍粟市、神崎郡、揖保郡、多可郡、佐用郡、赤穂郡、美方郡を合併した。
ようするに兵庫県の西側半分だ。
「丹波市は最後まで抵抗してたな」
「あそこだけ、中播磨、西播磨、但馬といったどの県民局の管轄からも外れてましたね。
疎外感が有ったのかもしれません。
しかし、移民は何時から始まるんですか?」
「8月頃という話だ。
隊員の家族にはご近所や友人との別れは思い残すことはないようにと通達しろ」
数十万人規模の移民だ、色々と悲喜交々な事情はある。
この機会に結婚する隊員も数十名だ。
よほど移民したくない層がいるのだと陰口も叩かれてるが、自分達にも跳ね返ってくるので上官達からは苦言を呈しにくい。
和やかな空気の中、駐屯地内に警報のサイレンが鳴り響く。
『統合司令部より発令、海上自衛隊上対馬防備所より、三ッ島より海上三キロ地点に中型海洋モンスターの群れを観測。
付近を航行中の船舶に注意を喚起すると共に日本海沿岸へのパトロールを厳にせよ』
隊員達に緊張の顔が走るも押上一佐が宥める。
「まだ海洋結界の範囲内だから大丈夫だ。
一応は地本の豊岡出張所にパトロールを出させて、うちから支援隊を出せ。
しかし、来年には対馬はもう危ないか?」
「三ッ島は転移前の領土内では『韓国に一番近い島』と言われていました。
距離的に約35キロ、大陸に一番近い島でもあります。
無人島で灯台が一軒有っただけでしたが、転移後は同島と近隣の島に漁民が数軒移住しています」
食糧確保の為の国の政策で、国有地となっていた無人島を漁師達に解放して移住させていた。
先年に米海軍駆逐艦『エルドリッチ』に襲われた聟島列島もこれにあたる。
また、漁師達も転移前からの生粋の者は自らの漁港と漁場を縄張りと定めて動かなかった。
しかし、転移後の経済破綻により、都会から都落ちしてきた子弟や親戚に頼られ、跡継ぎ以外も漁師として仕込んでいくことになる。
しかし、そうなると各漁港で漁師の数が飽和状態となってしまう為に一人前と見込んだ者を早々に新しい漁場開拓の国の政策に乗っからせていった。
それが大陸での漁港開港であったり、無人島への移住である。
「既に三ッ島の先にある高麗民国の巨済島、南海島、珍島とそれに連なる島々の所謂、本国諸島はすでに海洋結界の範囲から外れて、モンスターによる被害も少なからず出ていますから時間の問題だったとは言えます」
「まあ、当面は対馬の連中だけでどうにかなるか」
転移前から対馬市の警備は厚い。
陸上自衛隊の対馬警備隊は独立部隊では無くなったが、第38普通科連隊第2大隊が中心に第4特科連隊からも特科中隊が派遣されて転移前より強化されている。
海上自衛隊も上対馬、下対馬防備所に佐世保の特別警備第4中隊より、一個分隊をそれぞれ駐在させた。
航空自衛隊も海栗島分屯地にも通常の第19警戒隊の他に分屯地警備分隊がいる。
人口の増加に合わせて警察官も増員され、四隻の警備艇は全隻13mm単銃身機関銃と呼称されるブローニングM2重機関銃を備え付けた。
海上保安庁の5隻の巡視艇も全隻、JM61-RFS 20mm多銃身機銃に改修している。
国境保安庁や財務省警察も相応に部隊を配備している。
まさに対馬要塞に恥じない陣容と言えた。
「随分詳しいな、曳舟三佐?」
「対馬の東岸に睨みを効かせるナヒモフ号の大砲に興味があったんで、行ってみたことがあるんです」
ナヒモフ号の大砲とは、日露戦争の日本海海戦において、大破炎上し、自沈処分されたロシア帝国海軍の装甲フリゲート『アドミラル・ナヒモフ』の艦砲のことである。
この艦は金塊を積んでいた財宝伝説の持ち主で、一説には8000億とも1兆円とも呼ばれる金塊やプラチナのインゴットが眠っていたと言われている。
当然、何度も引き揚げ作業は行われて、件の1885年型 20.3 cm(35口径)ライフル砲もその時に引き揚げられた物である。
日本が異世界転移後、茂木浜に展示、放置されていたこの大砲に対馬市自警団が目を付け、文化財復元の名目で予算を入手し、実際使える大砲に再現した。
「対馬市自警団は予てより、島の随所にある砲台跡地を詰所、金田城跡を避難場所に指定しと、防人の島の面目躍如な活動をしていましたが、決定的な武力を手に入れたと当時、話題になってたんですよね」
連隊長一同は大砲のことより、財宝がどうなったのか聞きたかったのだが、曳舟三佐の口からは遂に語られることは無かった。
尚、対馬沖に出現したモンスターは、ネズミに似た口、耳、尾があり、 2本の蹄がある脚がある鯨型モンスター、ムスベリーと観測された。
十メートルの巨体で大陸では漁船を襲い、海棲亜人を補食する凶悪で残忍な種である。
対馬海峡に海洋観測艦『あかし』が派遣されて当面の監視にあたることになる。
大陸南部
シュタイアー男爵領
ダークエルフ集落
「こ、ここがそうなのか?」
吉野一等陸尉達、ダークエルフ集落訪問隊一向は、集落入口が山麓の洞窟なことに驚いていた。
「地下洞窟が蟻の巣の様に拡がり、拡張して住居を確保している。
入口から一時間歩くと門があるが、話は通ってるから気にするな」
ダークエルフの案内人のボリフの言葉に十人の隊員達がうんざりした顔をする。
「ここに草木を伐採して広場を作っていいか?
それなら空から来れるんだが」
「集落をわざわざ隠してる意味を考えやがれ。
そんな目立つもん却下だ、却下」
結局のところ司令部に状況を伝えたら
『検討するまで現状を維持、任務を続行せよ』
と、答えられた。
「ポーションの樽担いで行く方が早いか」
200リットルの樽なら重さはせいぜい50キロだ。
隊員二人の装備重量と代わらないなら二人がかりで運べばいい。
問題は何週間も密林を歩くことだ。
そこに無線機から連絡が入る。
三日前に車両ともに置いてきた宮崎空士長だった。
『現在、獣人の攻撃を受けています!!
敵はサイと象の獣人、車両もひっくり返されて部隊は後退中、水タンが破壊されました、仕方ない、後退です』
自らの車両を破壊されたのにどこか喜色の声を隠せてない宮崎空士長に呆れてしまう。
ちなみに水タンは、3トン半水タンク車の部隊内愛称だ。
「さて……
ボリフさん、相手に心当たりはありますか?」
「たまに森の中を彷徨って、我々に探りを入れてくる連中だな。
正体は、知らん!!」




