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日本異世界始末記  作者: 能登守
2033年
244/274

集落まで何マイル

 大陸南部


 航空自衛隊ヘリコプター CH-47J チヌークに、シュタイアー男爵領まで運ばれた3トン半水タンク車は、そこから陸路をダークエルフの集落を吉野一等陸尉の大陸南部混成団司令部直轄小隊の護衛のもと向かっていた。


「多少の悪路は覚悟していましたが、ほとんど獣道じゃないですか ここからは本当に無理ですよ」


 運転手の宮崎空士長が主張する様に密林の中を掻い潜るように走行していた3トン半水タンク車や軽装甲巡回車両 エノクだが、集落まで数十キロもある地点で立ち往生していた。


「可能な限り伐採もしてみたんだが、街道外れるとこんなもんだよな」

「むしろ1ヶ月も経たないで、何十キロ伐採から舗装までしてるんですか?

 施設科もいないし、ロクな機材もなかったでしょう」

「まあ、そこはあれだ。

 24時間戦えますかのノリで……」


 元々は陸の孤島であるダークエルフの集落から、シュタイアー男爵領に通じる街道への獣道ルートなので、段差なども車両が通れる筈は無かった。

 それをかなり揺れる雑な処理ではあったが、密林を数十キロも通れる道を作ってしまったのは評価されてしかるべきであろう。

 近隣住民達が協力的だったのも大きい。

 伐採した木は、住民に無償提供したから連日、周辺村落から人々が集まり、地面が道路のように踏み固められ、舗装されていく。


「ここまでやられると、折角隠蔽してた集落がバレそうで困るんですが……」


 案内役として集落から出てきたダークエルフのボリフが、突如として出来た道に困惑していた。


「立ち入り禁止の札は掛けておいたから大丈夫だろう」

「駄目ですよ、せめて獣柵くらいは建てとかないと」


 吉野一尉と宮崎空士長の言葉にボリフが絶句している。

 そんなものが何の役に立つんだという顔だ。

 冒険者や間者の類いには全く効果を発揮しない。


「それとさっきから気になってたんだが、あのでかい車に積んだ樽にポーションを入れる気か?」

「容器にも何かの取り扱いに注意があるのか?」


 これまで確認されたポーションの容器は、密閉されたガラス瓶、陶器製の小壺、木製の小樽、革製の水筒等多岐にわたる。

 しかし、大陸ではあまり金属製の飲料入れは普及していなかった。

 あえて言うなら銀製のコップや盃くらいだ。


「金属の容器だと問題だろうか?」

「そうじゃなくてさ。

 1日に仕込めるポーションは、あっちの隊員が飲んでる透明の水筒くらいの量だぞ」


 ボリフが指差したのは、伐採作業の為に斧を振るっていた普通科隊員に差し入れとして支給された500ml入りの飲料水が入ったペットボトルだった。


「マジで?」

「ああ、もうちょっとくらいは作れる日もあるんだが」


 1トンは907,185mlに等しい。

 3トン半の水タンク車に満載するには27年の歳月を掛けることになる。


「どうしましょう吉野一尉。

 私ら満載にするまで帰ってくるなと言われてるんですが」

「た、多少はストックがあるんじゃないかな。

 ダークエルフさん達も長い寿命あるし、溜め込んでる分があれば……」

「まあ、あるにはあるがワイン樽三本と少しくらいだぞ」


 27年の歳月も3年くらいは縮まりそうな量だった。


「だいたい何でそんな量必要だったんだよ。

 俺達もお前らが無事帰るまで、水タンク車を死守せよ、って命令受けてるんだ。

 せめて1t水タンクトレーラにしとけよ」

「それだと四年くらいで帰れましたかね?

 いやいやいや、話を聞き付けて研究機関やら病院やら宗教団体やら、寿命短いお偉いさんやらから注文が殺到したらしいんですよ。

 そっちだって外務局の人達と同行してたんでしょう?

 何で生産量聞いてないんですか」

「そんなの文官達が調整してると思ってたからに決まってるだろ!!

 畜生、あいつら自分達だけ帰りやがって!!」


 相武一等書記官は本来、サイゴン領事館の職員だし、外務省警察官達は研修に来ていた百済領事館百済署の署員達だ。

 早く帰りたがってたのもあるし、本来の職場が迷惑そうだったからだ。

 どうしたものかと頭を抱えてるとボリフが呟く。


「まあ、早いとこ偉い人に対応聞くのが先決じゃないすかね。

 あんたら無線機とかいう、遠くの人と話せる機械があるんだろ」


 二人はそれぞれの司令部に別々に無線を使い始め、ボリフをさらに困惑させる。


「あんたら同じ国の軍隊じゃないのか?

 まあ、しばらくは歩いて往復が現実的だぞ。

 なあにあと三日も歩けば着く」


 ボリフが言うのは森に慣れた地元のダークエルフ基準である。

 取り敢えずここにいても事態は進展しないので、司令部からの許可は降りた。


「第1分隊は集落に向かう。

 第2、3分隊は伐採しながら水タンク車を護衛しろ」

「素直に空から行けないんですかね」

「申し訳ありませんがうちの集落は幾つもの隧道を渡った地下にありましてね。

 あのヘリコプターとやらが車を吊るして降りれる場所も街道まで無かったくらいでして……

 それと、なんか見られてる気がしませんかい?」





 大陸東部

 日本国 新京特別行政区

 大陸総督府


「サイゴンの南部混成団から派遣された移動警戒隊が、シュタイアー男爵領にて不審な電波送信と航空機の侵入を捉えています。

 航空機はH-2 シースプライト、ブリタニカ軍です」

「在ブリタニカ駐屯地からは、件の機体の発進並びに所在を確認できずと報告してきました」


 佐々木総督の元には現地の不審な情報が幾つもの届けられて、その額の眉を歪ませている。


「ブリタニカ海軍艦の監視も完了していますが、機体の航続距離から到達は不可能と分析されています。

 ならばと逆算し、機体の発進可能な距離に何がいるかです。

 中島基地から発進したRF-4EJ改が予想海域に向かっています。

 間も無く結果が見られるでしょう」


「ブリタニカがまた、火遊びを企んでも兵は足りず、我々への友好を立ちきるわけにはいかんでしょう。

 さて、どうするつもりか」







 大陸中央部

 王都ソフィア

 シュタイアー男爵家王都屋敷



「奥様。

 現地の部隊より、目標の捕捉の報告が参りました」

「あら、早いわね。

 自衛隊がいるけど大丈夫かしら」

「自衛隊は我々の存在を把握できておりません。

 協力者達が引き付けてくれる手筈となっております」

「そう。

 この家に嫁いで十年あまり。

 いよいよお父様からのご命令を全うできるのね慎重にやりなさい」


 シュタイアー男爵の母親であるエウゲニアの手元には、実家である南部貴族マクシミリアン辺境伯家の秘伝となっているモールス符号を打つための電鍵がある。

 何故、マクシミリアン辺境伯家にこのような物があるのかは、エウゲニアも知らない。

 だが、忌々しいダークエルフの集落とポーションの生産場所が判明すれば使用するように言われていた。

 屋敷内の煙突に偽装した電信アンテナが、寄子の貴族家を中継して実家に知らされる。


「今までは手回し式発電器を使ってたけど、提供されたバッテリーとやらは便利ね。

 彼等とは今後とも協力関係を維持しなきゃいけないわね」

「しかし、奥様。

 これはこれで多用すると日本側にバレると忠告されています。

 後は伝令による結果報告に留めるべきでしょう」

「手品の種明かしは興醒めですものね。

 今回失敗しても次回、また次回があるからそうしましょう」





 中島基地の滑走路から飛び立った航空自衛隊偵察航空隊のRF-4EJ改は、サイゴン沖の洋上を航行する数隻の艦艇を見つけていた。

 それらの艦艇には北サハリン共和国の海軍旗が掲げれていたが、中心にいた一隻はこの世界には存在しない筈の艦だった。


『ライブラリー照合、ミストラル級強襲揚陸艦?

 そんなバカな!?』

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