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日本異世界始末記  作者: 能登守
2032年
241/274

ダークエルフの事情

 大陸南部

 シュタイアー男爵領


 領主の第2夫人のアグネスの仲介で、日本側外務省一等書記官相武は、拘束したダークエルフ三人を男爵の館で解放し、男爵とアグネスを交えて会談することとなった。


「男爵殿、最初から知ってましたね?

 彼等の居所を教えていただければ、こんな荒事にはならなかったんですが」

「貴殿等が集落に危害を加えるか確信が持てなかったからな

 現に町中で堂々と拘束する騒ぎを起こしている。

 我々の方こそ、どういう了見ななのか問い質したいところだ」


 対峙する二人をよそに吉野一等陸尉が話に加わる。


「ところでご夫人は、その……

 あちらの血をひかれてるので?」


 センシティブそうな話題なので言葉は選ぶ。


「ダークエルフでもいいですよ?

 母が人間だったのでハーフですが、そうなります。

 しかし、私達は元々はそんな呼び名もされてませんでしたし、エルフと区別されてませんでした。

 千年前程に皇国の初代皇帝陛下が私達をダークエルフと呼んだのが始まりで、ダークの意味もわからずに自称していました」


 考えてみれば妙な話で、明らかにダークは英語なのに日本が転移する前から彼等彼女等がそう自称していたのは、識者の間でも疑問に思われていた。

 ただこの世界の1200年前には、大英帝国陸軍ノーフォーク連隊が転移していた前例があり、英語が伝わっていた可能性も指摘されていた。


「初代皇帝陛下に第9皇妃として嫁いだダークエルフの族長が死去してから突然、ダークに闇の意味があると広まりました。

 すると何故か、大陸中で謂われなき濡れ衣を同胞が着せられ、迫害や討伐の対象となり、魔術で肌の色を変えたりしながらこの地に集まってきました」

「我が男爵家は初代皇帝陛下より、ダークエルフの父祖の地であるシュタイアーを賜り、いつか来るべき日に備え、保護するように命じられていたのだ」


 男爵はアグネスの手を重ねながら事情を説明してくる。

 相武書記官達は、迫害の原因はエルフ達の仕業だろうなと察していたが、彼女等との協定で口外しないことになっていたが、心情的には同情していた。


「俺達は森を愛し、精霊に感謝し、慎ましく暮らしてだけなのに」

「淫蕩で謀略に長け、暗殺の名手なんて、エルフみたいなことはしない!!」

「どうしてこうなったのか、さっぱりわからない。

 俺達が何をしたっていうんだ!!」


 外務省警察に拘束されていた三人ダークエルフ達もこの会談に同席し、同胞の惨状を鳴咽し、慟哭していく。

 そこまで行けばもう答えは出てるんじゃないかなと吉野一尉は思うのだが、エルフの所業を全く疑っていない彼等に指摘できない事がもどかしかった。


「まあ、だいたい事情はわかりました。

 あなた方に害が無いとわかれば、日本国としては友好と交易の方向を探っていきたいと考えてます。

 何か目玉になりそうな品はないですかね?」


 相武書記官はなんとなくエルフの所業を隠蔽した総督府の後ろめたい気持ちの意を受け、ダークエルフ達の保護と優遇を許可されていた。


「なあ、あんたらそんな優しいこと言っくれるのは嬉しいが、さっきはなんで黒装束の連中をけしかけてきたんだ?」


 ダークエルフの一人に聞かれて

 返答に窮してしまう。

 今、思えば全く必要なかった様な気もしてきたからだ。


「我が国にはぶつかり合うことで、友情を育む習慣が一部地域にありまして、彼等はそこの出身なのです」


 苦し紛れに阿呆な事を言い出した相武書記官に同席していた日本人達はジト目を向ける。

 幸いなことに外務省警察官達は全員館の外で待機中だ。


「もうすぐ冬が来て道が閉ざされる。

 その前に冬の備蓄を集落に運び込まないといけない。

 彼等はその為に領都に来たんだが、日本の皆さんに運んで貰えばいいんじゃないかね?」

「集落に連れていって貰えるなら喜んで協力するが、元々三人で運べる量なら大した量じゃないのかな?」


 三人のダークエルフは粗末な服を着ており、大量の物資を購入出来る元手を持ってるようには見えない。


「我々の集落にはある薬草が自生しており、それを煎じた水は回復魔術との親和性が高く、効果をほぼ付与できて備蓄に適している」

「えっ、それって……」

「世間ではポーションと呼ばれてるが、元々は薬草の名だ。

 高い値で売れる」


 相武書記官も吉野一尉も絶句刷る。

 怪我や体調不良の治療に絶大な効果を見せるポーション。

 その稀少性から一本が普通の男爵領の年間予算に匹敵する万能薬だ。

 現状、大陸で最もポーションを保有しているのは、意外にも大陸総督府で、賠償金代わりの年貢が払えない貴族達から巻き上げた物だ。

 当然、医療機関等に成分を分析させたが、『清らかな水』以外の分析結果しか出なかった。


「我が男爵家がそれを仲介して、王家や貴族、神殿や大商人に卸している。

 船積み用のパイプ樽1個で倉が立つ値段で売れる」

「まあ、ほとんどが集落の支援で消えちゃいますけどね」


 アグネスも微笑みながら男爵の言葉を補足してくる。


「吉野一尉。

 災害派遣などで使われている給水車の派遣は可能ですかね?」

「少し聞いた感じ、集落へはほとんど獣道のようですから無理ですね。

 ヘリコプターを要請しましょう」





 外務省警察の新垣雅也巡査は、館の外で会談を伺おうとしていたメイドと目が合った。

 いや、新垣巡査はサングラスをしていたからメイドの娘は、視線には気が付いていない。

 何事もなかったかのように箒でや掃き掃除をしながら庭先から消えていった。

 もちろん新垣巡査のスマートグラスから屋敷周辺の怪しい動きをする情報は送られていて、メイドの娘は行く先々に黒服サングラスが現れて戸惑うことになる。


「なんですかね、あれは……」


 何気に呟いてみるが、珍しく上司からの返答がイヤフォンから有った。


『どうやらこの男爵領も一枚岩ではないらしい』





 大陸東部

 日本国

 新京特別行政区

 大陸総督府


 この日の総督府は年末進行の忙しさに包まれ、職員達も各部署を走り回る慌ただしさだった。


 第18特科連隊と隊員家族の本国出発。

 川口市の旧八潮市市民の駿府市入植完了、旧蕨市民の入植開始。

 来年のブリタニアサミットの調整や各植民都市の一斉市長選挙の準備。


「八王子市の大合併。

 ここの入植が完了すれば、いよいよ総督府の移転です。

 見込みとしては7月半ばになるでしょう。

 忙しい年になりますよ」


 佐々木総督は淡々として言うが、職員達はうんざり顔だ。


「本国はギリギリ人口9000万を維持したと胸を撫で下ろしてますが、大陸人口と合わせて1億200万人。

 我が国の人口一億人割れは確実になってきました。

 出生数は120万人と上昇傾向なのに由々しき事態ではあります」


 秋山首席補佐官が指摘するのは、この世界の空気が肌に合わない、と称される地球出身高齢者の劇的な死亡率の高さだ 。

 もちろん本国配給制の不備による餓死、栄養失調による死因も多々ある。

 そんな中に飛び込んできたポーションの精製法獲得は事態の打開になるのではと期待を高めていた。


「南部混成団の輸送ヘリはAW101ですね。

 五トンは積める積載量なら支援は惜しまない旨を先方に伝えてください。

 とりあえずダークエルフ集落の規模がわからないから人員輸送がメインですかね?」


 アグスタウェストランド AW101、汎用ヘリコプターはイタリアに本社を置く、メーカーの機体だが日本でもライセンス生産が行われており、現在はエウローパ市が生産、輸出の為の工場を建設している。


「さて報告によると鼠が男爵領に蔓延っているようですが、潰しますか」


 佐々木総督は淡々と怖いことを言うので、職員達には一瞬遅れて緊張が走る。


「こんな気分で年を越させないで下さい総督」


 秋山首席補佐官の苦言とともに長かった2032年は終わろうとしていた。


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