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日本異世界始末記  作者: 能登守
2032年
240/274

捕獲中

 大陸南部

 シュタイアー男爵領


 新垣雅也は茨城県の農業貴族と呼ばれる両親の三男として、県内の体育大学に進学することが出来た。

 全国的に都会の大学の統廃合、移転が進むなか、茨城県はいまだに移民政策の影響が少ない。

 農業で身を立てていた両親も食糧難で、農作物の市場価値が高騰し、大変に裕福な暮らしをしていた。

 だが、さすがに兄弟全員を実家で成人後も養うことには問題があると、大学卒業後は就活に挑むことになる。

 しかし、経済が破綻した日本にまともに生き残っている企業や工場は狭き門で、就活が難航することになる。


「外務省がうちの学生のスカウトに来てるらしいぞ」

「外務省?

 語学なんてさっぱりだぞ」


 所属していた大学陸上部で、そんな話が囁かれるようになり、部員全員が外務省警察に採用されることになった。

 当時の外務省警察は設立したばかりであり、警察官教育のノウハウを参考に名古屋市の旧愛知県警察本部を改装した外務省警察本部で教育を受け、自衛隊での定期訓練に参加させられた。

 新興の組織によくある同志的連帯感は、体育会系部活に長年在籍していた新垣には馴染みやすかった。

 やがて外務省警察巡査となり、在高麗民国百済市領事館警察署に配属となった。

 今回はダークエルフとの接触に特使の相武一等書記官の護衛とその手足となるエージェントとなる任務を受け、自衛隊の部隊とこの町の領都に来た。

 町を散策していると、同僚が装着していたスマートグラス内蔵のカメラが領民に変身していたダークエルフを捉えた。

 移動領事館バスがドローンを発進させると、新垣を耳に装着していたイヤフォンに


『走れ』


 と、シンプルな指令が届く。

 目標の位置情報はスマートグラスの画面に映し出されて教えてくれる。

 まずは走る、それだけだ。

 彼等はハンターと呼ばれ、外国で他国に迷惑や反日行為を行う日本人を拘束、逮捕を主とする任務を行うが、ハンターは公式役職ではなく、黒スーツ以外の者はハンターとは呼ばれない。



 一斉に走り出した外務省警察官15人は、連れだって歩いていた三人のダークエルフを取り囲むように町の各所から走り出してる。

 全員が黒いスーツにサングラスにアタッシュケースという大陸の田舎どころか、王都でも浮く姿だ。

 日本人が町に来ていることは、領主からは通告されていた。

 揉め事は起こすなと言われていた領民達は何が起きたのかさっぱり理解できなかったが、急いでその場から遠ざかる者や家屋の雨戸や扉を閉め出していた。

 数秒遅れて情報が共有された自衛官達は、領民に謝罪はしながら後に続くことになる。


「しかし、速ええなあいつら!!」


 隊員の一人がぼやくのも無理もなく、約25キロの総重量の装備を携行する自衛官はまるで外務省警察官の早さに着いていけない。

 移動領事館バスに駆け込んだ派遣部隊隊長の吉野一等陸尉は、


「動くなら事前に言って下さい!!」

「申し訳ないが、絶好のチャンスだったのでね」


 外務省警察の指揮を取る増岡警部補は、謝罪を口にするが改める気はない。

 一等陸尉と警部補ではどちらが指揮を取るかではほぼ互角だが、外交工作の場では外務省の権威が強くなる。

 ましてや全体の指揮は相武一等書記官だ。

 一等書記官は外交の事務方では上位にあたる。

 しかし、相武書記官も外務省警察の些か強引なやり方に懸念を口にする。


「アタッシュケースを盾代わりに体当たりで弾き飛ばし、次の者がレスリングの寝技で拘束するのは、友好的関係が築けるかを調べてる相手にやりすぎじゃないかな?」


 モニターには地面に転がされたダークエルフが外務省警察の巡査に上四方固めで抑え付けられている。

 自分達が人間に扮する魔術を行使していたので、まさかバレてるとは思わず、距離を詰められた結果だった。

 もう一人が精霊に呼び掛けて何らかの術を使おうとしたが、外務省警察巡査部長の放ったフリスビーを腹部にあたり、華奢な身体が災いして壁まで吹っ飛ばされて気を失う。


「友好?

 有効じゃなくて?」


 モニターで惨状を見つめる吉野一尉に増岡警部補も相武書記官も言い返せない。



 三人目のダークエルフは、その人間より優れた身体能力を活かして逃亡を選択した。

 エルフやダークエルフは体重も軽く、木の枝から枝へと飛び移りながらの移動も可能だ。

 町中では家屋の壁を蹴りながら逃亡を試みる。

 最初の一蹴りは数十センチ程度だが、繰り返すごとに距離も速度も延びていく。


 それを追跡するのは、100メートルを10秒30台で走れる新垣巡査だった。

 もちろん黒スーツにアタッシュケースを所持した姿では、そのスペックは最大限には生かせない。

 それでも走ること自体を目的した人間は、大陸人には存在しない。

 逃亡や伝令の為に足の速い者はいるが、あくまで手段としての速さであり、競技者として訓練した速さではない。

 異世界転移後、ほとんどのスポーツの競技会が中止となったが、アスリート達はストイックに身体を鍛えていた。

 壁を蹴って移動していたダークエルフは、自分への距離をあっという間に詰めてきた新垣巡査に驚愕し、移動しながら精霊魔術を唱え始める。

 驚愕し、相手を認識、対応を判断、呪文を唱え、放つまでにどうしても十五秒以上掛かってしまう。

 それだけあれば新垣巡査が相手の懐に飛び込むには十分だった。


「確保!!」



 町の住民達は当然この光景を見ており、領邦軍の兵士はダークエルフが町内で活動するのを黙認していたが、こうまであっさり拘束されたことに唖然としていた。


「た、隊長どうしますか?」

「どうするもこうするも何も出来ん。

 見ろ、あの自衛隊の連中も驚愕や呆れた顔で見ているだけだ。

 あの死神みたいな黒装束集団は日本の暗部のアサシンに違いない。

 関わらないように兵達に伝えろ」

「そんな……

 見捨てるんですか?

 あいつらは、ダークエルフ達は俺達のダチじゃないですか!!」


 憤る兵達に隊長も思うところがあるのか、


「今は暴発するな。

 領主様には俺から伝えて解放してもらう」


 ダークエルフ達はこのシュタイアー男爵領の住民に取って友のような存在だった。

 何故か、この領邦以外では蛇蝎の様に嫌われ、迫害され、殺されたりするダークエルフだが、この地に住まうダークエルフは森の恵みを領民と共有し、流行り病が発生すれば秘伝の薬を提供してくれ、森で遭難者が出れば捜索に協力してくれ、人食いのモンスターや盗賊があれば共に戦ってくれる。

 祭りがあれば共に盃を交わし、踊り、恋に堕ちる。


 友、或いは恋人足る愛すべき仲間、そんなダークエルフ達が捕まる光景を見て、隠れて成り行きを見守っていた住民達が立ち上がる。

 その手に棒を、石を、包丁を、農具を、棍棒を、ナイフを、弓を、剣を、槍を、魔法の杖を持ち、隠れていた家屋から出ようとしていた。


 この町に来ている自衛隊の恐ろしさは吟遊詩人や旅人から伝え聞いていいる。

 されど愛すべき友が連れ去られようとしている。

 戦わない理由があるだろうか?


 手錠を後ろ手に嵌められ、目と口にガムテープを貼られた3人のダークエルフは、チェンタウロ戦闘偵察車、軽装甲巡回車両エノク二両に一人ずつ乗せられていく。

 外務省警察官達の行動に自衛官達も


「戦前の特高かよ」


 と、呟きつつ、周辺に集まってくる住民に気がついていた。

 どう対応したらわからなくなる自衛官達とは対象的に外務省警察官達はぶれない。

 民衆を前に一列に並び、アタッシュケースからMP5K 短機関銃を取り出して領民に銃口を向ける。


「御待ちください」


 そんな両者の間に割って入ったのは、騎乗した領主の第2夫人のアグネスだった。

 彼女の肌はやや褐色で耳もやや長かった。

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