皇女殿下の令旨
日本国
和歌山県和歌山市友ヶ島
沖島
紀淡海峡に浮かぶ友ヶ島は、地ノ島、虎島、神島、沖ノ島の無人島郡の総称名である。
沖ノ島には、旧軍の要塞時代を偲ばせる砲台跡が点在している。
明治時代に大阪湾防衛の為に築かれた灯台や砲台は、軍事機密から当時の地図から島ごと消された要所である。
そんな沖島に防衛フェリー『すいせん』が接岸し、後部ランナウェイから陸上自衛隊の重機や建設資材を積んだトラックが吐き出されていく。
「地盤は砲台として元々ならされてますし、レンガ倉庫は老朽化してますが、補強を入れれば弾薬庫としては十分です」
工事本部のテントで、地図で今後の予定を説明していた第3師団所属の第3施設大隊隊長の村松三等陸佐は、同師団第3特科連隊連隊長桐山一等陸佐は満足そうに頷いていた。
「東京湾要塞と同じに特科小隊は、ローテーションで張り付ける予定だから、その規模で隊員が過ごせる宿舎も有ればいい」
「廃業した旅館や案内センターを改装させています。
砲台に設置する大砲は4門で宜しいので?」
友ヶ島砲台に設置するのは、退役保管されていた155mmりゅう弾砲だ。
現在は第1から第12までの特科連隊には、19式装輪自走155mmりゅう弾砲が配備されている。
陸上自衛隊の旧式装備は、海自や空自、警察、海保、公安、刑務、国保、他武装機関に譲渡されているが、銃火器や装甲車両以外は、自衛隊以外には過剰と保管されることになった。
「まだこいつに出番があるとは驚きだがね」
第3特科連隊自体、21世紀初頭に第3特科隊に改編されて規模が小さくなっていたが、日本国分の異世界転移の為に失業した国民の受け皿として、再び第3 特科連隊として復活した経緯がある。
現在は兵庫県の姫路駐屯地に駐屯しているが、隊員数の増加やそれに伴う装備品の保管は問題で、既に駐屯地南側の姫路競馬場を接収し、移民が完了したら廃校となる西側中学校も接収する予定だ。
今回の友ヶ島砲台の再建は渡りに船だったと言える。
「そもそも今回の件は大阪湾にモンスターの侵入を許したからですが、瀬戸内海側はいいので?」
「さあな。
何か考えてるかもしれんが、呉の海自もいるし、後回しなんだろう。
第一、海上に姿を現したモンスターはともかく、海中の敵に榴弾砲なんか効くのか?」
大砲屋にあるまじき発言だが、効果の程は疑問だった。
レーダーを完備した監視塔も併設されるが索敵にも問題がある。
「ポーズですよ、ポーズ。
失業問題で大量に自衛隊に雇用したはいいが、遊ばせとくわけにもいかないし、こういったわかりやすい任務をあてがってるんです。
海洋結界消失後の対策になりますし、地本なんかもそうでしょ」
今回の第3特科連隊のように既存の連隊から離島警備隊を分屯させることが計画された。
今回の友ヶ島警備隊は第3師団各連隊から必要な隊員が抽出されて編成される。
東京湾海堡を中心とする東京湾要塞の東京湾警備隊や伊豆大島に新設された大島警備隊や小笠原諸島の沿岸監視隊は第1師団。
対馬警備隊や五島警備隊は第4師団。
占守島の沿岸監視隊は第5師団。
奄美諸島の奄美警備隊は第8師団
利尻島沿岸監視隊は第11師団。
佐渡警備隊は第12師団の担当となった。
毎年のように連隊が新設されて、独立部隊の維持が難しいのと隊員の増員で駐屯地に身の置き場が無いせいでもある。
空自に押し付けていた地方協力本部にも人員を割くことになる。
「まあ、籍だけは置いてるが高齢の隊員や病気や負傷した隊員の居場所として地本の椅子を確保しようということだな。
空自は空自で新設の航空団の為に出稼ぎ隊員を呼び戻してるからな」
航空自衛隊も旧式をかき集め、復元修理し、在日米軍から返還された岩国飛行場で訓練を始めて関係者をハラハラさせている。
統合司令哀川一等陸将の退役が間近に迫り、やりたい放題し始めたと周辺では噂され、新任の統合司令がこれらの実施の後始末や調整に苦労すると言われている。
「さてさて誰が貧乏クジを引くのか見物はあるな」
大陸北部
ノヴィコフ侯爵領
『大陸3600諸邦の貴族ならびに騎士、兵士らよ。
アウストラリス国王を僭称するソフィア大公モルデールならびに従類叛逆の輩の追討に応じよ。
前の皇国北部軍軍団長のノヴィコフ侯爵ヴァシリーが宣す。
皇国第13皇女タチアナが勅を奉りて偁く。
モルデールならびにヴィクトール宰相らは威勢をもって、凶徒を起こし 国家を滅ぼす。
百官・万民を悩乱し大陸を慮掠す。
皇統を幽閉し、公臣を流罪す。
命を絶ち身を流し淵に沈め樓に込める。
財を盗み国を領し官を奪い職を授く。
功無く賞を許し罪に非ずを過に配す。
あるいは神殿の司祭を召しこめ、修学の神官を禁獄す。
あるいは皇領の絹米を給い下し、謀反の糧米を相具す。
百族の跡を断ち一人の頭を切る。
帝皇に違逆し、神理を破滅す、古代を絶つ者なり。
時に天地はことごとく悲しみ、 臣民みな愁う。
よって吾は皇帝陛下の第十三皇女として、 始祖帝陛下の旧儀を尋ね、 王位推取の輩を追討し、法皇后の古跡を訪ねて、 神理破滅の類を打ち亡ぼさんや。
ただ人力の搆を憑むに非ず、ひとえに天の道の扶けを仰ぐところなり。
しからばすなわち人類、亜人、兼ねて大陸諸邦の勇士は、 同じく与力し追討をせしむ。
もし同心せずにおいては、モルデールの従類に准じ、 死流追禁の罪過をおこなうべし。
もし勝功あるにおいては、 まず諸邦の使節に預かり、御即位の後、必ず乞いに随い勧賞を賜うべきなり。
諸邦よろしく承知し、宣よりこれを行うべし』
大陸北部
デルモント男爵領
日本国自衛隊第11先遣隊分屯地
突然、大陸北部から各領邦に皇国第15皇女タチアナによる令旨が発布された。
その報は日本の大陸北部の拠点、デルモント男爵領の第11先遣隊の分屯地に知らされた。
隊長の蒲生三等陸佐は事実確認と総督府への報告に追われていた。
「文章の言い回しが難解だな。
要約すると、大陸の貴族、将兵は、無法な行いをする王国とその一派をを追討せよ、か?」
「要約しすぎです。
これに協力しないと罪に問うと書いてますし、我々に関しては触れてませんね」
先遣隊副隊長で普通科を率いる佐久間一等陸尉が要約を補足し、地図に書かれたノヴィコフ侯爵領を探し出す。
「北部も北部、北部沿岸を所領とし、元は公爵家で降爵され、中央から転封を喰らっています」
魔族に占拠された旧ドワーフ侯爵領や北部中央のエルフ大公国からも離れた北部西岸に位置し、分屯地のあるデルモント男爵領までは、百近い領境の向こうにある。
最北端の北サハリンの拠点、ヴェルフネウディンスク市とも五十は領境がある。
「それはさぞかし我々のことを恨んでるだろ。
で、タチアナ皇女殿下とやらわ?」
「こちらではさっぱりです。
王都に聞いた方が早いんじゃないですか?
領邦軍は申告によると約1000人の弱小侯爵領ですね」
「問題はこの決起文に同調するお調子者がどれくらいいるかだな」
「血気盛んの手柄欲しさに侯爵領に攻め込む輩の方が多いんじゃないですかね?
心配なのは皇国残党の蜂起やテロです。
先遣隊や日本人街に警戒を発令しましょう」
今の時点ではこれ意外にやれることはない。
「いや、もう1つやることがありそうです」
佐久間一尉は庁舎窓から分屯地正門に騎馬で駆け込んできたデルモント男爵の姿が見えていた。
かかる事態に日本はどう動くのか、自領はどうなるのかを相談に来たのだろう。
北部での親日王国貴族なので、精々安心させて帰ってもらう必要があった。




