やんごとなきあれこれ
日本国
兵庫県伊丹市
千僧駐屯地 中部方面隊司令部
この日、大阪城に呼び出された中部方面隊総監与儀政志二等陸将は、疲労の顔を見せて駐屯地に帰還した。
第3師団司令宮迫延有三等陸将が出迎えるが、苦虫を噛み潰した顔で返された。
「あれだな東宮に参内を命じられ、殿下には慰労の言葉を掛けれたが、侍従達からは殿下のお膝元でいつまで退治に時間を掛けたのかとチクチク言われたな。
あれは訓練とは違う疲れがでる」
「お疲れ様です。
本当は小官も呼ばれてたのでは無いですか?」
「現場指揮官を今は外せないと、お断りを入れといたから問題はない。
実際に岡山だ、静岡だと移民の応援部隊を指揮してるだろ?
まあ、近いうちに呼ばれるかもしれないから宮中のマナーは勉強しといてくれ」
現在の大阪城は、東宮と呼ばれ皇位継承者達の御所となっている。
この世界の転移後に皇室の保護とまとめてお隠れになるリスク回避の為に皇位継承者達とその宮家の御所として大阪城が増築、改築された。
東京に程近い横浜みなとみらいが、県警機動隊や県警SATの壊滅と共に灰燼と帰した当時の状況を思えば仕方がない判断だったのだろう。
名古屋城も迎賓館として改装され、この世界の王侯貴族の宿泊先や会談用とされた。
大阪城や名古屋城が選ばれたのは、天守等建築物がコンクリートによる復元が大半であり、文化的にも価値が低く、城郭内に御所や御殿を造営しやすかったのもある。
実際に明治以降は鎮台や師団司令部が設置されていたくらいだ。
さらに大阪市も名古屋市も移民により市民が少なく、観光客も反対派がろくにおらず、周辺も接収しやすかったのも大きい。
文化的に価値が高い、国宝五城を含む現存十二天守や世界遺産登録された二条城や首里城を除けば、些か格は落ちるが敷地の広い大阪城や名古屋城が選ばれたのは自明の理といえた。
この件で割りを食ったのが大阪府警察本部ある。
公安と同様に警察庁から切り離された皇宮警察が、宮内省外局となったことにより、皇宮警察大阪護衛署として利用する為に大阪府警察本部庁舎から大阪府警察本部を追い出したのだ。
大阪府警本部は地上13階建ての新庁舎に改築されたばかりの曽根崎警察署に移転を余儀なくされた。
ちなみ愛知県警警察本部も外務省警察が、外務省警察本部とする為に追い出され、中警察署に移転した。
どちらの警察本部も警察官自身の大陸の各警察署への異動ならび移民で、人員が削減されてたから可能なことでもあった。
「熊本城が次は自分達の城かと戦々恐々としてたらしいですが、九州はさすがに遠いと敬遠されたみたいですね」
この世界に転移後は、日本は大規模な気象災害や自然災害が起きてはいない。
エルフ大公国の大使が、精霊の類いの加護に違いないとは発言していたが、正体は至って不明と物議を醸していた。
「まあ、それはともかく大阪御所の警備に皇宮警察特別警備隊の増強を行うらしい。
自衛隊に武器供与の要請を行うかもしれないと、ほのめかされたよ」
皇宮警察には転移前から特別警備隊(Imperial Guard Special Security Unit)、通称特備、或いはIGSSUという機動隊に相当する警備部隊が存在し、皇居内において短機関銃を装備していた。
この部隊が大変特殊なのは、束帯姿や衣冠姿で皇室の儀式に参加したり、騎馬護衛を実施したりするところだ。
警視庁第一機動隊が、警視庁近衛連隊と揶揄されるのは、皇宮警察特別警備隊の教育や訓練を受け持っていた事も関係している。
ちなみに組織名は皇宮警察だが、所属人員の官職は皇宮護衛官である。
天皇・皇族の身辺警護を行う皇宮護衛官は側衛官と呼ばれ、茶道や華道、和歌、馬術も必須技能とされる為になかなか人員を増やしにくい。
だが経済が崩壊した転移後ならそんな人材もそれなりに確保しやすくなり、現在は2000人以上の皇宮警護官を擁し、皇居の第一特別警備隊、大阪城の第二特別警備隊もそれぞれ150名規模の中隊を編成している。
「大陸の自衛隊に国産兵器を送るのがまた遅れるかもな」
「宮内省は何を目指してるんですかね?
噂によると若き陰陽師を集めた陰陽寮や各神社の神人、都市伝説だと思っていた八咫烏を束ね始めましたし」
神人は読みにより意味合いが異なるが、『じにん』、『じんにん』で、神社の神事や雑務、警備に携わる下級の神職で、現在では巫女も術が使えなければこの地位に当たる。
『かみびと』、『しんじん』は、神主や術が使える神職がこれに該当する。
八咫烏は正式名称が八咫烏陰陽道で、奈良時代に吉備真備が、聖武天皇の密命で結成し、賀茂一族が中心となって神道、陰陽道、宮中祭祀を裏で仕切っていたとされる秘密結社である。
転移前は都市伝説の与太話や組織としては壊滅状態とされていたが、岡山や高知の術者集団とも繋がりがあるとされ、転移後に術者が術を使えるようになると、その存在を表に出すようになってきた。
「まあ、大変怪しい組織ではあるが、構成員にほとんど『本物の術者』が存在しなかったし、新世代の術者達は表世界の神社や公的機関が確保していて、古代からの術のデータ提供くらいにしか役に立たなかったが、こういった団体を宮内省は続々と取り込み、下部組織としだした。
上級職は他の省庁から派遣されれる島流し先とも称され、やる気の無い部署と言われていた宮内庁とは、打って変わったとされる宮内省に政府も皇室も困惑しているという話さ。
いつか強訴とかやりそうだな、平安時代とかみたいに」
「そこらへんは警察や公安のお仕事でしょ?
まさか、我々に鎮圧とかまわってこないですよね?」
与儀二将としてはそういった事案は、退官後にして欲しい気分だった。
彼の関心は統合作戦司令官哀川一等陸将の退官後の人事にある。
統合幕僚長や統合作戦司令官は、三自衛隊の持ち回りである。
とは言うものの規模最大の陸上自衛隊がどちらかを受け持ち、開店休業とまで言われた航空自衛隊が遠慮するのが通例となっていた。
統合幕僚長の海上自衛隊将官も退役するので、順当に行けば陸上幕僚長が滑り込み、陸上自衛隊第2の地位に当たる現陸上総隊司令官が陸上幕僚長となればその席が空くことになる。
各方面隊総監達が、一等陸将の階級と役職を虎視眈々とならうのは当然といえた。
例外は大陸東部方面隊総監の穴山友信二等陸将くらいだ。
大陸に移民は、その地に骨を埋める覚悟で行くものだからだ。
「20普連の連中には悪いが、高石港の後始末が付いたら静岡の移民支援に向かってもらう。
今回の事件で出動しなかった中隊から順次な」
現在は福知山駐屯地に駐屯する第37普通科連隊が岡山市の移民支援の為に出動している。
ようするに引越し作業の手伝いなのだが、それも間も無く終わる。
変わって静岡市の吉備市並びに駿府市への移民が始まり、その手伝いに第20普通科連隊を出動させることになっていた。
出動名目は地域貢献である。
さすがに寄生生物スキンウォーカー討伐に参加した中隊は負傷者の治療や妙な寄生生物に寄生されてないかの健康診断、スキンウォーカーの焼却作業に従事してもらうから移民支援は、交代の最後にまわってもらう。
もう季節は夏になろうとしていた。




