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日本異世界始末記  作者: 能登守
2031年
212/274

年の暮れの呪払い

 大陸西部

 ホラディウス侯爵領

 秘密港


 正面のミストラル級強襲揚陸艦『ディクスミュード』が係留された桟橋で、現ホラディウス侯爵である元アメリカ空軍中佐チャールズ・L・ホワイトは、立ち尽くしていた。

 侯爵領を追われつつあるホワイト元中佐にとって、『ディクスミュード』は、脱出と今後の立て直しを考える上で絶対に必要な艦だ。

 だが目の前に立ち塞がる北サハリン共和国軍第14独立特殊任務旅団ことスペツナズは、流石に突破できる存在ではない。

 すでに制圧された『ディクスミュード』の甲板や近くの岩場から狙撃の構えを見せる兵士達もいる。


「降伏しなければ射つということか。

 よくこの場所がわかったな」


 その問い掛けにロシア人達は、何も答えない。

 元々の第14独立特殊任務旅団ことスペツナズは、ウラジオストクの100kmほど北に位置するウスリークに駐屯していた。

 本来なら転移の対象外なのだが、軍用地や保養所などのあるルースキー島に訪れていた者も多く、千島列島で行われた2015年3月の軍事演習の影響もあって、大多数が転移に巻き込まれている。

 その後も高齢化等により、退役も相次ぎ、多少の人員補充も行われたが、人数的には大隊規模にまで落ち込んでいる。

 それでもこの秘密の軍港に秘密裏に原潜から上陸し、解放軍将兵を一掃するのに一個小隊もいれば十分だった。

 スペツナズの面々が、ホワイト元中佐を射殺、或いは拘束しないのは、その背後から小銃を構えて突入してきた一団がいたからだ。


「合衆国陸軍のフィネガン大尉た。

 ホワイト元空軍中佐、チャールズ・L・ホワイトを逮捕する。

 北サハリンさんは何か御用かな?」


 アメリカ陸軍特殊部隊第1大隊A中隊のフィネガン大尉は、高らかに宣言する。

 別に北サハリン軍と争うつもりは無いのだ。

 こちらの目的は相手に伝え、落としどころを探る。


「我々の目的は後ろのミストラル級だ。

 我々に納入される予定のミストラル級かもしれないからな」


 ようやくスペツナズの隊長が口を開いた。

 ミストラル級強襲揚陸艦は、ロシアがフランスから購入する計画は確かにあった。

 しかし、2014年に発生したクリミア併合等の情勢悪化で引き渡しが無期限延期になっていた。

 その後の交渉で、支払代金の返却とエジプトへの売却が2015年内に決まっていた筈だが、転移前の15年以上前の話などフィネガン大尉の頭なかには無いし、今の『アメリカ』には関係の無い話でもある。


「好きにしな。

 ただし、ホワイト元中佐はうちちの脱走兵だ。

 文句はねえな?」

「よろしい、交渉締結だ。

 そっちこそ好きにしたまえ」


 既に桟橋にはスペツナズを乗せてきたと思えるデルタⅢ型原子力潜水艦『ポドルィスク』が鎮座している。

 かつてはNATOコードネームで、タイフーン級とも呼ばれていた同艦は、特殊部隊のプラットホーム艦としても優秀だ。

 後でエウロペと揉めても米国としては知ったことではない。


「私を抜きに勝手に話を進めないでくれるかな?」


 ホワイト元中佐は、自らの信仰する『異界の狂気の神』の名を唱えると、無数の怨霊が転がっている死体に取り付き、グールと化していく。

 また、魔力に耐性を持たない地球人である両特殊部隊に霊体が纏わりつき、体調や精神の不調や幻覚が引き起こされていく。

 その間に逃走を謀ろうとするが、何かに太股を裂かれた感触を味わい、転倒する。


「馬鹿め。

 何度も同じ手が通用すると思うな。

 想定済みだ」


 顔を蒼くし、如何にも精神が落ち着かなそうにしているフィネガン大尉の横には、米軍の野戦服を着た毛むくじゃらの大男が二人、立っていた。

 その爪先からホワイト元中佐の太股刺し貫いた血が滴り落ちている。


「獣人……」

「人狼さ。

 昔、カルシュタインっ伯爵領て行われていた人体実験の摘発で感染しちまった部下達だ。

 小賢しい術なんざ通用しないぞ」


 苦痛から怨霊を制御する奇跡が解かれ、放たれた怨霊達が霧散していく。

 グール達もさすがの精鋭兵士達が持ちこたえてる間に人狼兵士達が、人間では有り得ないスピードとパワーで駆逐していく。



 かつてフィネガン大尉達、アルファ作戦分遣隊として参加した作戦での負傷者達で、強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』で治療中に発病し、艦な多大な被害を与えた二人だった。

 海兵隊が苦労の末に始末したと伝えられていたが、驚異的な生命力と回復力で生きており、貴重な献体として生かされていた。

 その後は狼人の領地であるビスクラレッド子爵領で治療と精神的ケアを受けて、理性を残したまま獣人化出来る人狼兵士として完成された。

 その結果、人間の霊体からの霊障等も物の数ではなくなっていた。


「さあ、この二人に食われたくなければ、大人しく霊達を沈静化させな」


 二人の人狼兵士は食人の趣向は無いと抗議したかったが、脅しの意味で、ヨダレを滴し、近寄っていく。


「わかった、降参だ、糞ったれめ」


 スペツナズの隊長からは射殺を薦められたが、本国の意向だからと、全身を拘束衣で固められて麻酔を射たれたホワイト元中佐は、ヘリで吊るされたまま移送されることになる。




 大陸東部

 日本国

 新京特別行政区 総督府


 ホラディウス侯爵領の占領並びに解放軍の殲滅、容疑者のホワイト元中佐の逮捕を各所から報告され、佐々木洋介総督は、電話の受話器を机に置いた。


「ラプス大使が獣人化の精神的ケアの専門家を送ってくれるとのことです。

 いつの間に米国はそんな人材を要請してたのか、あなどれませんね」


 獣人化した彼女等の精神的ケアは必要であり、身体の一部が獣人化したままの外科手術や解呪といった治療も目処が立っていなかったのが現状だ。

 日本としてはホワイト元中佐の引渡しを要求したいところだが、『最終的には死刑』という米国側の判断を受け入れるしかなかった。


「ホラディウス侯爵領は、当面は我が国と華西が軍政化に置きますが、治安の主力はリディル殿の自由騎士団に任せます。

 まあ、当面は草壁二等陸佐が顧問として仕切ることになります」


 大陸東部方面隊総監穴山友信二等陸将が当面の軍事的対応を解説してくれる。

 草壁二佐は第18即応機動連隊の副連隊長だ。

 留守居の役割を求められるが、制圧地域の統治も求められる。

 勿論、文官も送られるが華西軍も武官を送ってくることは間違いなく、下位の階級では指揮下に置かれる可能性もある。


「そこはなるべく同じ階級になるよう調整します。

 互いに多数の兵は割けないですから二佐くらいがちょうどいい」

「そこはお任せします。

 少し作戦に予算と物資を使いすぎて、斉木財務局長が抗議しに来たばかりですからね。

 まあ、後始末の為に早々にお帰り願えましたが、おかげで三ノ丸駐屯地の復旧と総督府年末大掃除が一緒になってしまいました。

 溜まってしまった書類もありますし、大晦日には帰れますかね?」


 諸処の問題が片付かないまま、2031年は終わろうとしている。

 呪いに端を発した一連の騒動も呪祓いならぬ裾払いで締めて置きたかった。















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