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日本異世界始末記  作者: 能登守
2029年
122/274

幻の島 2

 大陸南部

 沿岸部の村沖合い


 大陸南部沿海を2隻の巡視船が航行していた。

 巡視船『ペカン』、『アラウ』の二隻だ。

 両船はともにアル・キヤーマ市海軍に所属する船であり、日本の海上保安庁から寄贈された船だ。

 巡視船『ペカン』は元は海上保安庁巡視船『えりも』であり、『アラウ』も海上保安庁巡視船『おき』だった船だ。

 両船は同海域をパトロール中だったナーガパーサ級潜水艦『アルゴロ』の通報を受けて、沿岸の漁村に向かっていた。

 アル・キヤーマ市初の建造艦である『アルゴロ』は、高麗国からの建造技術や部品などの供与を受けて、アル・キヤーマ市で建造された艦だ。

 1番艦『ナーガパーサ』、2番艦『アルデダリ』が高麗国巨済島の玉浦造船所で建造されていた頃に比べると、同市の発展は目覚ましいものがある。

 その『アルゴロ』からの連絡によると、アル・キヤーマ市近郊の大陸民の漁村が炎上しているというものだった。

 その漁村自体は同地を治める貴族の領地ではあるのだが、食糧の自給率が低いアル・キヤーマ市が取引を行っていた村だった。

 領主ともある程度の協定を結んでおり、モンスターや海賊などの襲撃には協同で対応にあたることにしていた。


「船長、見えてきましたがあれは……」


 言い淀む船員に『ペカン』の船長ゴダール少佐は、ブリッジから漁村がある方向を見渡す。


「全船戦闘用意。

 上陸部隊も十分に警戒に当たれ。

 海軍本部にも増援を要請するかもしれないと通信を送れ」


 先月も大陸南部はファンガスによる少なくない被害を被ったばかりだ。

 ゴダール少佐の危機感は船員全員に共有されている。



「ファンガスの汚染がこちらにも来たか?

 上陸は危険かもしれ……

 何の音だ?」


 船体に何かがぶつかる音に周囲を探らされると、損壊した人間の体だった。

 黙視できる範囲で十数体、いずれも村人のものだった。


「なんで海上にこんなに?

 だがファンガスの線は消えたな」


 きちんと調べたわけでは無いが、死体はいずれも食い荒らされていた。

 ファンガスではこうはならない。

 上陸部隊が漁村の探索に入るが、家屋は外部から破壊され、漁船は悉く破壊されていた。

 村人に生存者は無く、五体満足な死体は一つも無かった。


「こんな小さな村だが屈強な漁師や衛兵もいた筈だ。

 モンスターの死体が一匹も無いのは不自然じゃないか?」

「村長の家も何かに激突されたように押し潰されている。

 どんな巨体だ?」


 漁港からは海から上陸した巨大な何かが這いずり回る痕跡が発見された。

 他にも比較的に小さめな這いずり回った跡が複数。

 上陸部隊の隊員達は、自分達のPindad SS1-V1小銃程度の装備で対応できるのか不安になった。


「もう少ししたら『ゲティス』の修理が完了してたんだが」


 日本の那古野で修理を行っているG級フリゲート『ゲティス』が、アル・キヤーマ海軍に所属することが決まっている。

『ゲティス』があればアル・キヤーマ海軍の戦力が格段に上がる。

 だがいまだに手元に無いので、不安をひた隠しながら捜索を続けることになった。





 大陸東部

 大陸東部

 那古野市 那古野港

 石狩貿易本社船『クリスタル・シンフォニー』


 元が豪華客船である『クリスタル・シンフォニー』では、大陸の財界の名士や学者、調査船団の団員や新京に在住する貴族令嬢等が招かれ、調査船団慰労パーティが行われていた。


「いや、災難でしたねお養父さん」


 パーティの主催であり、『クリスタル・シンフォニー』の船主である乃村利伸にお養父さん呼ばわりされているのは、練習艦『あさぎり』の艦長白戸輝明二等海佐だ。

 いまだにこの軽い調子の男に『お義父さん』と呼ばれることに馴れはしない。

 父親との付き合いで子供の頃から知っているが、政治家としては豪快な父親とは似ていない。

 娘の昭美もいい性格をしているから、似合いといえば似合いの二人だった。

 既に大陸経済における重鎮だが胡散臭い娘婿だと思っていた。

 まあ、玉の輿には違いないし、退官後の老後の世話になるには申し分無い男だ。

 白戸二佐は護衛艦『あさぎり』の艦長として、先年の『オペレーション・ポセイドンアドベンチャー』に参加していた。

 その後は『あさぎり』は練習艦に艦種変更になり、白戸二佐はそのまま艦長として留任していた。

 おそらくはこの艦が自衛官としての最後の任地と考え、後進の指導に当たっていたが、他の僚艦とともに演習航海として大陸にやってくる羽目になった。


「おかげで地方隊の艦長達との懇親会が微妙な空気になった。

 あの財務局長代理は昭美の学友なんだろ?」

「私の高校時代の同級生でもあります。

 渾名は『ちびっこ委員長』でしたね」


 昔から融通が利かないが、その容姿から愛でられていたイメージがある。


「そうなのか?

 しかし、今は少し浮いてないか」


 白戸二佐がパーティに参加している斉木財務局長代理を見ている。

 総督府を定時で退勤し、汽車に乗って那古野港に到着、乗船して来たらしい。

 しかし、彼女が着ている衣装は貴族令嬢が着ているようなドレスだった。

 他の日本人からは遠巻きに敬遠されているが、パーティに参加している貴族男子には人気があるようだ。

 最も群がっているのは明らかに十代の子弟達だ。


「間違いが起きないようにお目付け役を付けときます」


 貴族の見目麗しい子弟にチヤホヤされて、完全に浮かれている。


「本当にうちの艦隊から砲弾を接収しようした官僚かね?

 場馴れしてないコンパに初参加の女子大生みたいだぞ?」

「あのドレスもどこで仕入れたのやら?

 間違いなく意匠的に国産じゃないでしょうし」


 同じくパーティに参加していた学友の陸上自衛隊第16師団師団長付き副官の吉田香織一等陸尉は、呼び出されて不機嫌そうな顔だった。

 こちらは陸自の礼装服だ。


「ちょっと何よ、せっかくいい感じだったのに!」

「誰とだよ。

 ふむ、こちらはこちらで学生時代から見事なイメチェンだな」


 乃村の記憶にある彼女は流行に敏感なギャルだった。

 不躾な元クラスメートの視線に不満げな吉田一尉の視線を斉木財務局長代理の方に誘導しする。

 斉木財務局長代理のデレデレとした顔と空気に呆れ顔になっていく。


「このままじゃお持ちかえりされそうだからさ」

「もうあの娘は……」


 乃村の言葉を察して、斉木財務局長代理を保護すべく吉田一尉が離れていく。


「これで大丈夫でしょう。

 さすがに大陸総督府の局長に間違いがあったら大変なことになりますからね」

「ならいいが。

 ところでどうかな、昭美との、その孫の兆候とかは……

 アイツのキャリアとかもあるから別居状態だから気になってな」


 夫婦仲は良好だが妻の昭美は防衛大臣の私設秘書だ。

 普段は日本本国の別宅に居住しているが、休暇は可能な限りこの船で過ごすようにしている。

 今の昭美は大臣秘書として、財界の名士達と談笑している。


「鋭意努力中ではあります」

「そ、そうか。

 頑張ってくれたまえ。

 それにしてもやはり食事が豪勢だね。

 本国もだいぶマシになったが、大陸はモノが違うね」


 些か微妙な空気になりかけた義理の父親はすぐに別の話題を振ろうとする。

 あまり追求されるのも気まずいので乃村も振られた話題に食い付くことにした。


「本国では一汁一菜で、転移後十年続いたが、最近はオカズの皿が増えてはいる。

 それでも嗜好品にカテゴリーされる食品はいまだに高価で手が出ないがね」

「この場に出ている食事は、当然大陸に移民した日本人から見ても高級な食材が使われています。

 それでも転移前ほどの規模では無く、精々がホテルのビッフェ相当です。

 大陸でも沿岸都市では外食産業も復活して来ています。

 いつまでも手に職を付けさせていた職人や料理人を腐らせておくのは勿体ないですからね。

 雇用の問題もありますから、積極的に投資していくつもりです。

 今日のパーティはそんな彼等のデモンストレーションでもあります」

「単に金持ちが贅を凝らしただけじゃないわけだ」


 転移後の日本では、食料不足や輸入に頼っていた食材の調達先が無くなったことで外食産業は真っ先に壊滅した。

 国民も食料の自給に奮闘したが、いまだに立ち直れていない。

 大陸でなら敗戦による賠償金代わりの食料が行き渡り、本国にも加工された食品が送られている。

 それでも余剰となった品が市場に出回り、支給された土地も広いので屋台や外食店が増え始めていた。


「東部中央都市はまだまだ厳しいですけどね。

 浦和、鯉城、杜都の各市は大半が仮設住宅やバラックに移民が住んでいます。

 都市生活を安定化させるのは来年の話になるでしょう」

「護衛任務とはいえ、国民を大陸に連れて来た身としては忸怩たる思いだ」

「本国政府は急ぎすぎだという声も有りますが、大陸に送ってさえしまえば飢えからは救えます。

 少なくとも植民都市の建築と大陸移民政策は間違ってはいないですよ」

「そんなものかな?

 さて、我々は明日の夜には那古野の港を出港しする。

 夕方までは自由時間なんだが家族の時間は少しはもてるかな?」

「明日は私も昭美も予定を入れていません。

 存分にもてなさせて頂きますよ、お義父さん」


 パーティ会場から一時離れて、執務室に戻ってきた乃村は、企画部長の外山がかき集めた中之鳥島の資料を用意されていた。

 





 

 大陸南部近海

 日本国 調査船団


 大陸南部の近海を中ノ鳥島を調査する日本国の調査船団の4隻が航海していた。

 船団は海上自衛隊練習艦隊の3隻と砕氷艦『しらせ』で構成されている。

 練習艦隊といえども乗員は各護衛艦から派遣された研修生達で編成されている。

 経験の少ない幹部候補生達は、いまだに那古野にいる練習艦『かしま』に押し付けてきた。


「ようやく那古野から調査船団の第2陣が出港したそうだ」


 調査船団司令の中川誠一郎三等海将が『しらせ』のブリッジで苦笑していた。


「出港したのはいいですが、間に合うんですかね?」


 答えるのは海上自衛隊第8特別警備中隊第2小隊隊長の牧原望二等海尉だ。

 牧原二尉の第2小隊はこの『しらせ』に乗艦している。

 同様に栗山二等海尉の第3小隊は『しらせ』に同行している練習艦各艦に分乗している。

 海自の特別警備隊は転移前から創設されていたが、転移後の皇国との戦争で陸自が大陸に進行して手薄となった本国を守る部隊として増員された。

 何よりも失業者対策の一環でもあった。

 役割としては、海自の基地の警備、艦船の保安、不審船への臨検、搭載ヘリコプターのガンナーなど多岐にわたる。


「今回は海自の主導なのに陸自が割り込んでくるからだな。

『むらさめ』、『かしま』の乗員達も水陸機動団のお守りで大変だな」


 転移前は旅団規模で編成される予定だった水陸機動部隊は創設が保留となり、海自の特別警備隊に出向の身となることを余儀なくされた。

 今でも共同で訓練を行うが、互いに対抗意識を向き出しにしている。

 その水陸機動大隊は防衛フェリー『まなづる』で今回の調査に同行する筈であったが、

 その『まなづる』がファンガスによる避難民支援の為に帰還が遅れて、第2陣として護衛艦『むらさめ』や練習艦『かしま』とともに来る事になっていた。


「連中が来る前に任務を片付けてしまおう」

「長沼二佐の悔しがる顔が目に浮かぶようです」


 呑気に話していた二人だが、僅かに艦に何かが当たったような衝撃を複数感じた。


「なんだ、流木にでも当たったか?」


 中川海将も不安になってくる。

 艦底に設置されたマルチビーム音響測深機(MBES)が激しく反応している。

 本来は海洋測量装置として、海底の地形をスキャンする装置だが、複数の物体が艦にぶつかってきているのが観測された。


「魚群探知機にも反応しています!!」

「艦の周辺から流血と思われる現象を確認」

「『はまぎり』、『ゆうぎり』からも同様の報告が!!」


 牧原二尉が目視で確認する為にブリッジから出て、船縁から原因を見つけた。

 中ノ鳥島で確認されたモンスター、ケートスの群れだった。

 大きく膨れたイルカや鯨に似た胴体に犬の頭部を持ち、下半身は魚。

 ようするに犬の顔をしたトドだ。

 大型のものでも全長6メートル程なので、『しらせ』や練習艦にぶつかっても損傷は無い。

 相手が鋼板でも仕込んで無い限りは問題は無い。

 それでも数十匹が、ぶつかってくれば限界はある。

 艦に衝突したケートスは艦の重量に押し潰されて沈んでいった。

 艦の揺れも激しくなり、手摺りに掴まる必要が出てきた。


「特別警備隊の隊員はデッキに集合!!

 小銃を忘れるな」



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