4 勇者と魔王の穏やかなひととき
その日、俺は朝からヴィラと話していた。
「結界の修復?」
「ああ。お前も知っている通り、魔王国は国土全域を覆う結界によって、人間軍の侵入を防いでいる。が、南部地域の結界の一部は、先日の戦いで破壊されたまま、まだ修復が完全に済んでいない」
ヴィラが説明する。
「……俺が壊した部分か」
そう、魔王との最終決戦――つまり先日の戦いの際、俺は聖剣ファリアレイダで結界の一部を破壊し、仲間たちと一緒に魔王国に侵入した。
その破壊した結界というのが、今ヴィラが言った場所のものだ。
「あ、別にシオンを責めているわけじゃないんだ。戦いなんだし、シオンは当然の選択をしたまで」
ヴィラが慌てたように言った。
「あ、いや、なんか気を遣わせて……悪いな」
「シオンが気を悪くしたんじゃないかと焦ってしまったよ」
「そんなことないって。今のはただの現状説明だろ。続けてくれ」
「ああ。そういうことで、我々は現在、結界の修復を最優先事項としておこなっている。ここさえ直せば、人間軍の侵入は完全に防げる」
と、ヴィラ。
「まあ、国土の四方にある結界発生装置をすべて破壊すれば、結界は消えるが、人間軍の戦力で四つ全部を破壊するのは、そう簡単じゃない」
「……その作戦なら検討されたこともあるけど、明らかに戦力が足りないって理由で却下されたよ」
俺はヴィラに言った。
「……いいのか、そんなことを明かして」
「まずいかもな……でも、それを知れば、魔族側から人間界に打って出る理由もなくなるんじゃないか? 君たちは基本的に防衛戦主体だろう?」
「そうだな。人間側に結界を破壊する手立てがなければ、戦闘自体がまず起こらないし」
俺の言葉にうなずくヴィラ。
「結界が早く直るといいな」
俺はポツリと言った。
「そうなったら、もう少しだけここにいてもいいかな……?」
思いきってたずねる。
「もちろんだ。歓迎するぞ」
ヴィラが嬉しそうに言った。
「個人的感情としては――シオンにいてほしいし、シオンのことをもっと知りたい」
「えっ……」
「あ、いや、そのっ、へ、変な意味じゃなくて! あ、ど、どうしよう、先走って言っちゃった……ううう」
急に恥ずかしそうにするヴィラ。
可愛いなぁ。
最近は素直にそう思えるようになった。
相手が魔王だとか。
相手が人間じゃないとか。
そういうことが些細に感じるほどに――。
ヴィラにどんどん惹かれていく自分を感じていた。
「俺もヴィラと……もっと一緒に過ごしたいよ」
つい、言ってしまう。
すぐ目の前に彼女がいる。
長い薄桃色の髪、頭の横から伸びる漆黒の角。
人間とは隔絶した存在なのだと感じさせる超然とした美貌は、だけど最近では親しみを覚えるようになっていた。
「……そ、そんなにジッと見れると、照れるよ。あたし」
ヴィラが恥ずかしそうにはにかんだ。
魔王ではなく、普通の少女のような口調だった。
「あ、悪い……」
「ううん。お返しに、あたしもシオンのことを見つめる」
と、今度はヴィラが俺をジッと見てきた。
「うっ、これは確かに照れる」
「でしょ?」
くすくすと笑うヴィラが、可憐だった。
そんな、ある日の穏やかなひと時――。
それは、本当に幸せな時間だった気がする――。
と、そのときだった。
「……これは」
ふいにヴィラが顔を上げた。
「どうした?」
「強烈な呪詛の反応がある。いや、しかし、あれは封印したはずの――」
ヴィラの様子が少しおかしかった。
驚いたような、焦ったような、そして――。
何かに怒っているような。
「ちょっとしたトラブルが起きたのかもしれない。私はこれから現場に行く」
「ヴィラ……?」
「話が途中になったが、また相談させてくれ。シオンは適当に過ごしてくれればいい」
「いや、俺も行くよ。力になれるかもしれない」
俺はヴィラに言った。
「……分かった」
俺たちは現場に向かうことになった。







