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75話 5年後も、100年後も


 太陽が沈んでも、お祭り騒ぎは終わらない。

 会場に設営されたランタンやろうそくの灯りが輝きは、パーティーに参加した人たちの嬉しそうな横顔を映し出している。


「……そろそろお暇しましょうか」


 ロベリアはカップをテーブルに置くと、フローライトを探した。

 フローライトは相変わらず、友だちに囲まれている。いつのまにか、再び杖を持ち、友だちに請われるまま魔法を披露しているようだ。赤や黄色のランタンを浴びながら、フローライトたちの合間を風と水の精霊が躍るように飛び交う様子は幻想的で、こうして見ているだけで心温まる。

 だが、いつまでも眺めておいたら帰ることができず、かといって、ロベリアが話しかけることで、目の前に広がる絵画のような幻想的な一場面を壊すのは惜しい。


「ろ、ロベリアさん? フローになにか?」


 ロベリアが悩んでると、ジェイドが話しかけてきてくれた。


「いえ、もう帰るから声をかけようと思って」

「そう、ですか……」


 ジェイドは少し寂しそうにうなだれる。


「帰っても、大丈夫だと思います。フローには僕から言っておきますから……ですが、その……」


 ジェイドは何か言かけたまま口を閉ざしてしまった。その先を口にする様子はなく、足元に目を落としたまま、手をもじもじと動かしている。


「どうしたの?」


 ロベリアは少し屈みこみ、ジェイドと目線を合わせようとした。しかし、彼は一向に顔を下に向けたままだ。そのまましばらくすぎ、ロベリアがもう一度、問いかけようとしたとき、ようやく、ジェイドは顔を上げた。


「その……途中まで、送ってもいいですか?」


 よほどの勇気を振り絞ったのだろう。

 ジェイドは薄暗がりでもハッキリとわかるくらい顔を真っ赤に染め、声は聞き取れないくらいかすれていた。


「もちろん! ありがとう、ジェイド君」


 ロベリアはナギと顔を見合わせた後、にっこりと微笑んで申し出を受け入れた。こちらから、そっと右手を差し出せば、ジェイドは戸惑いながら握り返してくれた。ロベリアは剣だこのできた小さな手を握り、一緒に会場をあとにする。

 誕生日会場を出れば、途端に外は暗くなる。後ろを振り返れば、誕生日会場だけがほんのりと明るく染まっている。まるで、空の星々が低いところに落ちているように見えた。


「ここまででいいわ」


 あまり遠くに離れすぎると、本当にまっくらになってしまう。月明かりがあるとはいえ、どんよりとした雲がぽつぽつと浮かんでいた。月が雲に隠されたが最後、本当になにも見えなくなってしまう。ロベリアには、ナギという心強い相方がいるので夜道を迷うことはないし、いざとなれば、鍵をつかって帰ることもできるが、ジェイドにはそれがないのだ。


「え……」

「ありがとう、ジェイド君。フローライトにもよろしくと伝えてね」


 そう言いながら、鞄から綺麗に包装された箱を取り出した。


「はい、今日は誘ってくれてありがとう」

「えっと、ここで開けても……?」


 ジェイドがおずおずと尋ねてきたので、微笑みながら肯定する。すると、暗がりのなかで、おっかなびっくり包装を解き始める。リボンをするすると解き、壊れ物でも触るかのように箱を開けた。


「これって……宝石!?」

「そこまで高価な品ではないけどね」


 小さな箱には、深い緑色の石が収められていた。月の灯りに照らされて、ちらちらと怪しげに輝いていた。


「翡翠よ。宝石言葉は幸運。これからの貴方の人生に、幸運がありますように」

「幸運……」

「まあ、いらなかったら売ってなにかの足しにしてね」

「う、売るわけないですよ!!」


 ジェイドはただでさえ赤い顔をさらに上気させながら怒った。


「僕、一生大事にします!」

「一生っておおげさよ」

「そ、そんなことないです」


 彼は口をぎゅっと真一文字に結ぶと、覚悟を決めたようにロベリアを見上げた。


「僕……僕、明後日には町に出るんです。山を越える行商人の雇われ剣士の一人として……だから、来年も……たぶん、その先も、ここに戻ってこれるとは限りません」

「……」


 ロベリアは、だまってその言葉を聞いていた。

 ありえる話だとは思っていた。

 冬というのは、生きていくのに厳しい時期だ。食い扶持を一人でも減らすため、子どもを独り立ちさせるということはない話ではない。行商人の雇われ剣士なら食べ物に困らないだろうし、経験を積みながら旅をすることもできる。たとえ、契約が続かなくても、その頃には春になっているだろう。


「そう……」


 フローライトが、わざわざ自分の誕生日のために戻ってきたことから、きっとなにか深い事情があるのだと思っていた。ジェイドが自分にフローライトの誕生日ケーキを作るように依頼してきたときの物悲し気な表情から、きっと――こういうことなのだろうと考えていたが、実際に事実を知ると、こちらまで寂しくなってくる。


「でも!」


 ロベリアの寂しい感傷を吹き飛ばすくらい、ジェイドは大きな声で叫んでいた。


「五年後! 僕が、一人前になって帰ってきたら……! 僕と付き合ってください!」

「え?」


 ロベリアはきょとんとした。

 彼の言葉を理解するまで、瞬き二回ほどの時間を要した。その言葉が胸にトンっと落ちて、そういうことだと分かったとき、ロベリアは噴き出してしまっていた。


「ぼ、僕は本気ですよ!?」

「っふふ、ご、ごめんなさい」


 それにしても、あまりにもおかしくて……ロベリアは笑いを押し殺すように、ぐっと堪える。なんとか笑いだしたい気持ちを胸の奥にしまい込んで、涙までにじみ出た目元を拭いながら――真剣な顔の少年と向きなおった。


「あなたが一人前になって戻ってくることを祈ってるわ。でも、付き合うというのは約束できないかな」

「それは……僕が未熟だからですか? それとも、相手がいるんですか?」

「そうね……」


 ロベリアはくすっと笑いながら、そっと目を落とす。やはり、そこには一匹のドラゴンがぴったり寄り添うように座っている。ナギはロベリアの視線に気づくと、どうした?と問いかけてくるような眼で返してくる。目の前にロベリアと付き合いたいと切に願う少年がいるというのに、深い森のような瞳は静かなまま。ところが、珍しいことに、ナギの尻尾がロベリアの足に固く巻きついている。以前から、足に頭をこすりつけるように甘えてくることはあったけど、こういう甘え方は珍しい。その姿を見ると、笑ってはいけないのに、再び微笑みが零れそうになる。


「あなたが戻ってくるときには、心に決めた方と一緒に過ごしてると思うから」


 ロベリアは、ナギをそっと抱きあげる。

 小さくて、愛らしい――ドラゴンのぬくもりを感じながら、これから旅立つ少年に別れの言葉を告げた。


「ジェイド君、元気でね。今日は本当にありがとう。嬉しかったわ」


 彼に背を向ける。

 ジェイド君が追いかけてくる気配はない。だけど、その熱くて悔しそうな視線だけは強く感じる。


「ぼ、僕! 諦めるつもりはないですから!!」


 最後、ジェイドの決意が開いた距離を一気に飛び越えるように貫いてきた。

 ロベリアは一度だけ振り返り、ナギを抱いたまま手を振った。ロベリアが手を振ったことを見届けたのか、少年はきびすを返して誕生日会場の方へ走って戻っていった。ちいさな背中が光の方へ消えていくのを見届けてから、ロベリアは街の出口の方へ歩み始めた。


「主、断って良かったのか? いい申し出だったと思うが」


 ナギはなんでもないような口調で話しかけてくる。


「だって、五年後なんて……あの子にとっては、おばさんよ」


 その頃には、ジェイドにもいい人が見つかっているはずだ。

 妹を命がけで守る心意気がある少年なら、きっと良い縁と巡り会えるはずである。


「ナギは五年後も一緒にいてくれるでしょ?」

「五年後といわず、十年、二十年、百年でも……」


 ナギは優しい声で答えながら、尻尾を腕に巻きつけてくる。喉を猫のように鳴らしながら、そっと目を閉じる姿は、心から安心しきっているように見えた。


「ありがとう」


 ロベリアは帰路を急ぐ。

 静かな街を抜けて、森の入口へ――。




















「主!」


 だが、心温かなときは終わりを告げる。

 ナギの目が急に開き、尻尾がぴんと立った。どうしたのだろう?と疑問を抱く前に、ロベリアも事態を理解する。


「あれは……」


 森の入口を塞ぐように、白い巨体が見えた。

 月の灯りを浴びて輝く巨体は、翡翠の輝きなど色褪せるほど圧倒的。すぐさま街に引き返して逃げようかと思ったが、一度見たら忘れられぬ強烈な輝きは、否応なしに引きつけられてしまう。


「……本当、いい夜だと思ったのに」


 ロベリアは諦めるように大きく息を吐いた。

 これでは、本当に忘れられない夜になりそうである。 



「ロベリア……」


 白銀のドラゴンの前にいたのは、忘れもしない――エリックがたたずんでいた。






今年最後の更新となります。

今年は2巻が発売され、本当に嬉しかったです!

来年には完結しますので、最後までよろしくお願いします。みなさま、良いお年をお迎えください!

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― 新着の感想 ―
[一言] なぁに〜もぉ〜甘酸っぱいんだからぁ〜食べちゃいたぁい と思っていたら…シリアスか!?シリアスなのか!?
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