74話 私の願いごと
世界が密色に染まる頃、フローライトの誕生日会は始まった。
フローライトは晴れやかなピンク色の衣装に身を包み、今日の主役とばかりに輝いている。
「おめでとう、フロー!」
「とっても素敵!」
同じように着飾った友だちたちから褒められ、フローライトは心から嬉しそうに笑っていた。
ロベリアはナギと一緒に、彼女たちの様子を少し離れたところから眺めていた。立食式のパーティーなので席次は決められておらず、のんびりいろいろなテーブルを移動する。
時折、彼女の誕生日を祝うために訪れた街の人たちと会話を楽しみ、テーブルに備え付けられた料理の数々に舌鼓を打っていた。テーブルに並べられた皿はブドウの葉で飾られており、サンドイッチやローストチキン、とれたてのリンゴやカボチャ料理が並んでいる。空の下で食べる料理は、どれも家庭の味が深く根差した絶品だった。
ナギはといえば、子どもたちの人気者であった。
街の幼い子どもたちは、ナギに興味津々なのである。ナギを村に連れてくるのは、本当に最近になってから。夏を超えてからなので、幼い子たちは普段は気になっているのになかなか近づく機会がなかったこともあり、ナギはフローライトの次くらいに人気があった。
「あ、あの、さわってもいいですか?」
いまも5歳くらいの子たちが3人連れ添い、緊張と興奮で頬を赤らめながら尋ねてくる。
ロベリアはちらっとナギに視線を落とした。ナギは片目を閉じて、大丈夫だと合図する。ロベリアは頷いて返すと、3人と向き合うように少し屈みこんだ。
「いいわよ。だけど、首の裏には触らないでね」
「ありがとうございます!」
子どもたちは弾かれたような笑顔でお礼を言うと、おそるおそる手を近づけ、ナギの角と角の間をなではじめた。最初は怖々なでていたが、ナギもされるがまま目をつぶっていると、わしゃわしゃと豪快に触り始める。
「かわいいー!」
「おもったよりあたたかいね!」
「なんだか、子犬みたい!」
きゃっきゃと子どもたちははしゃいでいた。
ロベリアも子どもたちの反応に、うんうんと頷く。
ナギは本当に可愛い。可愛らしいではない。可愛いのだ!
こうして「なでられて気持ちいい」というリラックスした表情も可愛らしい。今日だけで考えても、身体を伏せてくんくんと庭の草の匂いを嗅いでいるときも可愛いし、お茶を飲んでほっと息を吐く姿も大変愛らしい。小さな手で器用に可憐なカップを握る姿は絵になるし、なんなら有名な画家に頼んで実際に描いてもらい、額縁におさめて居間に飾っておきたいくらいだ。
そう――抱きしめたいくらい可愛いのに、不意打ちのカッコよさが同居している。黄金の鐘の塔から落下したときは駆けつけてくれたし、この間も鏡の前で倒れたときに助けてくれた。
可愛い場面は頬を緩ませ無邪気に語れるのに、かっこいい場面を思い出すたびに顔から湯気が出そうなほど赤くなってしまう。
こうなったのも、いつかの夜中に鏡にナギの姿が映ってから。いや、そうなる前も折に触れて不思議と恥ずかしくなること自体はあった。だけど、あの一件以降、胸の内が燃え上がり、身体を焦がすような想いに駆られることが格段に増えてしまった。
「ロベリアさん……? 大丈夫ですか? 顔、真っ赤ですけど」
ロベリアが悶々としていると、ジェイドが不安そうな声をかけてきた。
「え、ええ、問題ないわ。ごめんなさいね、心配をかけてしまって。こういう場は久しぶりだから、ちょっと緊張してしまったの」
ロベリアはすぐに取り繕うと、彼は納得したように頷いた。
「そ、そうだったんですか。あ――ろ、ロベリアさん、飲み物はいかがですか? 葡萄酒もありますよ」
「ありがとう。でも、お酒は遠慮しておくわ。私、お酒に弱くて」
「じゃあ、お茶を」
ロベリアはミントの葉が入ったすずしげな紅茶を選び、ジェイドは葡萄ジュースを手に取った。
「ロベリアさん。フローの誕生日会に来てくれて、本当にありがとうございます」
「礼はいらないわ。むずかゆくなっちゃうから。私も彼女の誕生日をお祝いしたかったし……招待してくれて、本当にありがとう」
ロベリアが笑いかければ、ジェイドは恥ずかしそうに頬を染めた。
「そろそろ、ケーキの火を消す時間です。ロベリアさんの作ったケーキですし、フローも近くにいて欲しいと思うので……こちらへ来てもらえませんか?」
「わかったわ」
ロベリアはナギに目を向ける。ナギはちょうど子どもたちから解放され、こちらへ駆けてくるところだった。
ジェイドに案内され、ロベリアたちが一番大きなテーブルに着く頃――夕闇が広がり始め、花飾りで茶色の髪を彩ったフローライトのもとにケーキが運ばれてきた。
「さあ、フロー! バースデーケーキよ」
フローライトの母親がケーキを大事そうに抱えてくる。
白いメレンゲでコーティングされたケーキの上には、ピンクや黄色の淡い花々で飾られていた。その合間を縫うように、小枝型のチョコレートが置かれ、それを避けるようにロウソクが灯されている。何段も重ねたような豪華さはないけど、ベガの残したレシピ集に記載されてたつつましくも可愛らしい女の子にぴったりな逸品だと自負していた。
「すごい! 花嫁さんみたい!」
「花嫁?」
「うん! 花冠を被った純白の花嫁さん! ありがとうございます!」
フローライトは無邪気に笑っていた。
「お礼ならお兄さんに言ってね。ジェイド君からの依頼で作ったものだから」
「お兄ちゃん! ありがとう!!」
「う、うん……まあ、フローの誕生日をお祝いできてよかった」
ジェイドはますます赤らめ、恥ずかしそうにうずくまった。
「ねぇ、フロー? お願いごとはなにをするの?」
その場で小躍りを始めたフローライトに、友だちが語りかける。
「願いごと?」
はて、なんのことだろうか?
ロベリアが呟くと、ジェイドが答えてくれた。
「誕生日ケーキのロウソクを願いごとを考えながら吹き消すと、それが叶うって話です」
「願いね……」
初めて聞く占いである。
だけど、そういえば――一度も、誕生日ケーキでお祝いされたことがなかったことを思い出す。クロックフォード家にいた頃は誕生日自体無視されていたし、大臣の秘書をしていた頃はそんなことにかまけている余裕もなかった。ベガと過ごした期間も運悪く誕生日に風邪をひくことが多く、ロウソクを吹き消した記憶がない。
社交の一環も含め、誕生日のお祝いに出かけたこともなかったのだから、知らなくて当然といえば当然かもしれなかった。
「うーん、どうしよう! どのお願いにしようかなー?」
「フロー、早く決めてよ! ケーキ、たべたいなー!」
友だちに急かされながら、フローライトは真剣な顔で悩んでいる。
ロベリアがその姿を眺めていると、ジェイドがこんなことを尋ねてきた。
「ロ、ロベリアさんだったら、どんなお願いをかけるんですか?」
「私? そうね……洗濯物を干さないといけないから、明日も晴れますように……かしら?」
無難なことを口にしながら、実際はどうだろうと考える。
「私の願いごと、か」
ナギと一緒に、末永く仲睦まじく暮らすこと。
だけど、それは家族として?
それとも、自分は――あの鏡で見てしまったように、ナギと夫婦として過ごしたいのだろうか?




