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70話 忘れられない思い出を



「フローライトの誕生日ケーキ?」


 ロベリアは数度瞬きをしたあと、ジェイドに確認する。


 フローライトは現在、魔法学校に通っている。彼女たちの街から通うことは難しいので、王都で寮生活を送っているらしい。たまに送られてくる手紙によれば、成績も優秀らしく、毎日充実した学校生活を過ごしているそうだ。


「彼女の誕生日は秋のはじめだったわよね? 誕生日ケーキを作るのは構わないけど、王都に送る感じになるのかしら?」

「い、いえ。一度、帰ってきてくれるんです!」


 ジェイドは慌てて否定する。


「でも、その……これからは、滅多に帰ってこないだろうから、ちゃんとお祝いできるのは今回が最後かなって。

 だから、フローが好きなロベリアさんのケーキを食べさせてあげたいって……思ったんです」

「……なるほどね」


 ロベリアは顎に指を添えて考え込んだ。


「あの……駄目、でしょうか?」

「いえ、問題ないわ。私で良ければ、腕によりをかけて作ってあげる」


 ロベリアは心配そうな少年を鼓舞するように、ガッツポーズをしてみせる。

 すると、ジェイドの表情は、ぱあっと暗闇にお日様が差し込んだように晴れ渡った。あまりに嬉しいのか、たんっと両手をテーブルにつけ、前のめりになった。


「ほ、本当ですか!」

「ちょうどね、私もプレゼントを用意したいなって思っていたところだったの。お手伝いができて、とても嬉しいわ!」

「あ、ありがとうございます!」


 ジェイドはいつになく晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、額がテーブルについてしまうのではないかというくらい深々と頭を下げた。


「ほらほら、頭を下げないで。お茶も冷めちゃうし、せっかくお菓子も用意したんだから」


 ロベリアは焼き菓子のつまれた皿を持ち上げると、彼の方へ近づけた。そこでようやく、彼は照れくさそうに顔を上げる。よほど嬉しいのか、火照った顔をよく注視すれば、目元にうっすらと涙まで浮かんでいる。


「……」


 そんな少年に対し、ナギはどこか疑わしそうな眼を向けていた。


「ナギ、貴方も食べたら? ほら、ジェイド君も」


 ロベリアはナギの怪訝な表情に気づかないふりをして、小さな焼き菓子をつまんでみせる。

 ナギは一瞬だけ不服そうに目を細めたが、わずかに首を振ると小さな手でカップを持ち上げた。ジェイドはといえば、ナギの様子に気づいていないらしく、焼き菓子を口に運んでは嬉しそうに頬張っている。


「ところで、ジェイド君は最近よく手伝いに来てくれるけど、おうちの方は大丈夫なの?」

「だ、大丈夫です。ぶどうの収穫もだいたい終わったので、僕は他にすることがなくて……お店の手伝いは、兄たちがやっていますし」

「剣士の仕事は?」


 ロベリアが問いかけると、ジェイドは乾いた笑いで返してきた。


「……ぼちぼち……です。僕、フローほどの才能はありませんから」

「そんなことはないんじゃない?」


 ロベリアはカップを手にしたまま、少年の自信なさそうな瞳を覗き込んだ。


「ジェイド君だって、強いと思うけど」

「僕なんか、全然ですよ……フローは特待生で王都へ行けるほどの実力者ですから。……兄として、誇りです。だから、せめて……誕生日に美味しいケーキをって……」

「……そっか」


 ことん、と、ロベリアはカップを置いた。


「だったら、ますますケーキ作りに気合がはいっちゃった。期待してね、ジェイド君」

「は、はい!」

「ちなみに、デザインの希望とかはある?」

「い、いえ。僕、そういう才能はないから……全部、お任せしてもいいですか?」


 こんな調子で誕生日祝いのケーキについて話したあと、小さなお茶会はお開きになった。

 誕生日の詳細な打ち合わせの日取りを確認し、庭の出口まで送り届けたあと――ようやく、ナギが口を開いた。

 

「……で、主はどう思う?」


 ジェイドがかぼちゃを抱え、樫の森の向こうへ消えて行ったことを確認してから、ロベリアは話し出した。


「どう思うって……妹想いの素敵なお兄さんだなって」

「それだけか?」


 ナギはロベリアの肩に降り立った。


「なにか隠しているように見えたぞ。それに、いくらなんでも、魔法学校の学生が誕生日だからって故郷へ帰って来ることができるのか?」

「よほどの理由があれば、ね」


 ナギの言う通り、ロベリアもそこが引っかかっていた。

 ここから王都まで、ドラゴンなら半日で飛ぶことができる。だけど、馬車なら三日は軽くかかる。つまり、往復一週間の大掛かりの旅になってくるのだ。それなりの旅費だってかかる。特待生で学費のいくらからは免除されているとはいえ、寮生活にお金はかかるはずだ。ヴィーグル兄妹の家が裕福なら話は変わってくるが、そこまでお金に余裕があるわけではなさそうである。


 往復旅するだけの金銭があったとしても、一週間は授業を休むことになってしまう。


 これは、学生としていかがなものなのだろう?


「よほどの理由か。……主は分かるか?」

「……想像はつくけど、確証はないわ」


 ロベリアは食器を片付けながら、ジェイドの歯切れの悪い話し方を思い出す。


「私にできることは、せめて楽しい誕生日になるようにすることだけね」

「楽しい誕生日?」

「一番、思い出に残る誕生日。一生忘れられない思い出を作ってあげることよ」


 ロベリアは冷たい水で食器を洗いながら、明るい口調で話を続けた。


「早速、ケーキの試作品を作ろうかしら」

「気が早くないか?」

「秋の初めはあっという間だもの。早いに越したことはないわ」


 ロベリアはそういうと、顔を横に向ける。ナギのどこか呆れたような顔を見つめ、楽し気に微笑みかける。


「ナギ、味見をお願いしてもいい?」

「……もちろん!」


 ナギはぴんっと尻尾を立て、心から嬉しそうに頷いた。が、すぐに恥ずかしそうに顔を背けると、わずかに低い声でこう言った。


「……もちろん、味見以外も手伝うぞ。なんでも言ってくれ」


 それだけ言うと、ロベリアの肩から飛びたち、台所へと着地した。


「卵が必要だろ? とってくるか?」

「……ええ、お願い!」


 夕焼け色の陽光が、ナギの赤い鱗を照りつける。

 赤いドラゴンが蜜色に染まった台所を横切って消えていく姿を横目に見ながら、ロベリアはケーキ作りの試作を始めるのだった。




 ヴィーグル家にとって、最高の忘れられない日を演出できるように。 








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