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69話 夏の終わり

最終章です。

あと、少しだけ続く感じです。最後までお楽しみください。



 午後のお茶を準備をしているとき、気づいたことがある。


 いつのまにか、手元に日差しがかかっている。午後の陽光がコンロのあたりまで、ゆったりと斜めに差し込んでいたのだ。ポットや茶器の長い影が床に落ち、形作っているのを見ると、太陽の位置が低くなっているのだと悟った。


「もう秋なのね……」


 ロベリアは、静かに呟いていた。


 今年の夏はあっというまに終わってしまった。

 ルージュや母のことを解決できたことはよかったが、一週間ほど庭のことを放り出したものだから、全体的に雑草の楽園になってしまっていたのだ。


 たった一週間、されど一週間。


 毎日手入れしてもなお根強く生えてくる草たちは、ロベリアたち管理の手から解放され、畑はもちろん玄関の前の石畳の間まで伸び放題。裏手の池のあたりなんて、目も当てられないほど。ハーブ園のミントもレンガの塀を超えて、池の方まで浸食しようとしていたし、「日々の手入れは大事なのだ」と、ナギと互いに滝のように汗を流しながら納得したものだ。


 セイレーンとの戦いのあとは、雑草との戦い。

 草の勢いも減ってきたな、と思ったら、もう秋なのだと時の移り変わりの速さを実感する。


「去年は、しみじみと感じている暇すらなかったっけ」


 お湯を茶葉に注ぎながら、人生はなにが起きるのか分からないものだと考える。そうした自分が、無性に年寄りのように思え、口元が緩むのを感じた。


「主、準備は平気か?」


 湯を浴びた茶葉から立ち昇る香りを堪能していれば、バルコニーからナギの声が響いてくる。


「いま行くわ」


 ロベリアはティーセットと茶菓子を盆に乗せると、軽い足取りで台所を出た。

 一度、秋の気配に気づけば、髪を揺らす涼やかな風とか少し黄ばみだした木々の葉とか目につくようになる。そういえば、見上げた空の雲の形も天高くそびえる城のような白雲から羊の軍団のようになっていたっけと、思い返しているうちに、小さなナギが駆け寄ってくるのが目に入った。短い四つ足を懸命に動かし、どこか子犬のようにロベリアの足元を飛び跳ねながら尋ねてきた。


「大丈夫か? なにか、呟いていたような気がしたぞ」

「独り言。気にしないでくださいな」

「あ、あの、僕も手伝います」


 ロベリアが顔を上げると、バルコニーからジェイドがおずおずと顔を出すのが見える。


「ありがとう。気持ちだけ、受け取っておくわ」


 ロベリアは微笑みかける。


「でも……」

「ジェイド君は、かぼちゃの収穫を手伝ってくれたでしょ? おかげで助かったわ」


 かぼちゃの生命力は凄かった。

 ロベリアたちが一週間、留守にした結果、かぼちゃのツルはどんどんと伸びに伸び、隣の畑に侵略し、トマトやナスに覆いかぶさり、押しつぶしたかと思えば、物置き小屋に絡まりつき、家の屋根まで到達してしまったのである。


「俺も、まさか屋根の上に実があるとは思わなかった」

「私もよ。普通、受粉してから一月くらい経たないと収穫できないはずなのに……」


 ロベリアは自分の不手際にため息をつく。とりあえず、かぼちゃに押しつぶされて茎が折れかかっていたトマトやナスを救出したあと放置しておいたのが不味かった。庭中にはびこる雑草の排除に精を出している間、かぼちゃは勢力を拡大しながら実を順調に太らせていたのである。

 おかげで、気づいたときには、畑のいたるところや物置き小屋や家の屋根の上にまで、大きなかぼちゃがどてっと実ってしまったのである。


「……特別な種だったのかしら?」


 他の野菜とは異なり、かぼちゃの種は購入したものではなかった。たまたま地下室で見つけた「かぼちゃの種」とラベルの貼られた瓶に詰められた種を植えたものなのである。もしかしたら、ベガや先祖が、何かの理由で特別に作り出した新しい品種だったのかもしれない。


「とにかく、ジェイド君が来てくれたおかげで随分と救われたのよ。ナギと私だけだったら、どれだけ時間がかかっていたことか……」


 屋根の上のかぼちゃは、ナギに頼むとして、その間、ロベリアは一人で畑のかぼちゃを収穫しなくてはならないのだ。ちょっとした使用人の部屋ほどの広さもある区画のいたるところに、一人では食べきれないほどの量のかぼちゃが実っている。かぼちゃを収穫しながら、また同じ轍を踏まないように、ツルを処理しなければならないと考えるだけで、さあっと血の気が引いていく想いがした。


「だからね、これはお礼。ゆっくりしてね」


 ロベリアはジェイドの前にカップを置くと、お茶をゆっくり注いだ。お客様用の白地のカップに、琥珀色のお茶が湯気を立てながら滴り落ちる。湯気を伝うように、ほのかに花のようなお茶の香りが漂い始めた。ロベリアはその香りを楽しみながら、いまだ少し緊張気味な少年(ジェイド)にカップを差し出した。


「貴方のおかげで、しばらくかぼちゃの心配はしなくてすむのだから」

「あ、ありがとうございます……」


 ジェイドは自信なさそうに笑いながら、お茶を受け取った。


「だが、これでしばらくかぼちゃ三昧だぞ」


 ナギがテーブルに飛び乗ると、小さな手を器用に使って自身のカップを手に取った。


「かぼちゃは保存が効くから、三昧って程にはならないと思うけど」

「そうか……でも、全体的に野菜が続くな」

「ナギはお肉の方がいい?」

「どちらかといえば」


 ナギはお茶を一口飲むと、気まずそうに目を逸らした。

 ナギの反応に、ロベリアも苦笑いで返しながら、席に着くしかなかった。

 なにせ、夏の野菜は際限なく収穫できる。農家に比べれば小さな畑なのに、ちょっとしたカゴ数杯分の野菜が収穫できる日もある。


「保存に回すにしても、限度があるし、難しいところね」

「そ、その……ロベリアさんたちは、野菜を売ることは考えていないんですか?」

「野菜は考えてないわ」


 ベガ直伝の薬は販売目的で作っているが、それ以外は特に考えていない。

 お金に困っているわけではないし、野菜作りはあくまで趣味の領域。来年も同じ野菜に挑戦するかどうかも未定なのに、夏に野菜が収穫しすぎてしまうから販路を確保するのは違う気がする。


「今年の反省を生かして、来年は自分たちで食べきれる分だけ作らないと」


 大きなため息を飲み込むように、お茶を口に運んだ。どこか渋みのある温かなお茶が渇いた口に広がり、どこか暗くなっていた気持ちを一掃してくれる。ロベリアは一度目をつぶり、肩の力を抜いた。


「せっかくだから、かぼちゃのお菓子でも作ろうか」

「も、もしかして、揚げ菓子ですか!」


 ジェイドの目がきらんと輝いた。


「揚げ菓子も美味しいわね! そうね、最初は揚げ菓子にしようかしら」

「その菓子は、有名なのか?」


 ナギはカップから顔を上げ、きょとんと首を傾げている。


「えっと、お祭りとかの定番ですよね……。かぼちゃを生地に練り込んで、さっと揚げたお菓子です」

「私も子どもの頃に、何度か食べただけだけど……たぶん、ベガの料理ノートにレシピは載っていると思うわ」

「そうか!」


 ナギは尻尾を嬉しそうに振った。


「まずは、レシピを探さないとね。今度、ジェイド君に会うときまでに用意してみるわ」

「あ、あの! そのこと、なんですけど……」


 ジェイドの輝いていた目はわずかに曇り、恥ずかしそうに俯いてしまう。ロベリアはどうしたのかしら?と尋ねる前に、彼は拳をぎゅっと強く握った。


「ロ、ロベリアさんに、お願いがあります!」


 次に顔を上げたとき、いつになく真剣な目がロベリアを貫いていた。その視線の鋭さは、思わずこちらが身構えてしまうほどの迫力である。ジェイドは戦場に向かう前の覚悟を決めたような声で、ロベリアへ一世一代のお願いを口にした。




「妹の……フローライトの誕生日ケーキを作って欲しいんです!!」








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