68話 幸せの味
「主、まずはこれを」
ナギは、まるで国王に献上するかのように木箱を手渡してきた。
実際に手にしてみると、木箱は極めて滑らかだった。きっと、幾度となく表面を削ったのだろう。指でなぞってみると心地よく、いつまでも手の中に納めておきたいと思えるほどだ。
しかし、なぜこのような品を渡してくるのだろうか?
「これは……」
ロベリアは戸惑ったように、ナギを見返した。
しかし、ナギはなにも答えない。深緑色の瞳はロベリアをまっすぐ見据え、早く開けてほしいとせがんでいるようである。
ロベリアはいったん木箱をテーブルの上に置くと、ゆっくり蓋を開けた。
「え、これって……!」
ロベリアは目を見張った。
白い綿を敷きつめた箱には、触れると壊れてしまいそうなくらい繊細そうな銀の鎖のネックレスが収められていた。中心には赤い宝石が埋め込まれ、上品に鎮座してる。豪奢な装飾はなかったが、特別な品であることは明らかだ。
特に、赤い宝石は、いつまでも見惚れていたいと感じるまでに際立って美しい。
ロベリアはうっとりと見つめ、はたと気づいた。
「いや、待って。これは、宝石ではなくて……ナギの鱗?」
「もしかしなくても、俺の鱗だ」
ナギは得意げに鼻を鳴らした。
「地下室を掃除していたとき、隅の方に埃をかぶった鎖を見つけてな。せっかくだから、綺麗に整え直して、ネックレスにしたらよいのではないかと思ったんだ」
「でも、いつの間に?」
「夜の間に」
ナギはロベリアが眠っている間に、こつこつとネックレスを作り上げていたことを説明した。
「夜更かしをしていたってこと? でも、私、全然気づかなかったわ」
「少し寝ないくらい、俺にとってはどうとでもない」
それは、ドラゴンだからなのか。
それとも、これまでの生い立ち故のことなのか。
「でも、どうして?」
ロベリアはナギの顔を不思議そうに見返す。
「どうして、私にこれを?」
「春先、主に服をいただいたろう? なにか、礼をしなければならないと思っていたんだ」
「そんな、お礼だなんて……私、そのようなつもりで作ったわけではないわ!」
「だが、俺が礼をしたかったんだ。日頃の感謝を込めて、な。……その、気に入ってくれたら、嬉しいのだが……」
ナギは得意そうに胸を張っていたが、徐々に自信をなくしたみたいに声をすぼめていく。深緑色の瞳は不安に染まり、おずおずと上目遣いにロベリアを見つめてきた。
「嫌だったらすまない」
「嬉しいに決まっていますわ」
ロベリアは目元に笑みを浮かべると、さっそくネックレスを首に提げた。
「どうかしら?」
ロベリアは鏡の前で、ネックレスのつけ心地を確かめた。
ナギの鱗は胸の上で踊り、気高く輝いている。ルビーよりも深く温かな赤い鱗は、高価な宝石と並べても見劣りしないどころか、確実に勝っている。自分の橙色の瞳とも似合い、非常にしっくりくる。
「素敵……!」
これまで身に付けた装飾品のうちで、もっとも快く感じた。
「素敵ね! 本職の方が作ったみたい! ありがとうございます、一生大切にするわ!」
「い、一生だなんて……主は大袈裟だ」
ナギは恥ずかしそうに口元を緩ませた。深緑色の瞳は喜びで光り、太陽の日差しを一身に浴びた真夏の木々みたいに輝いている。その笑顔はどこまでも眩しくて、まるで……、
「太陽のようね」
ロベリアの口から、ほろりと言葉がこぼれた。
「ナギは、おひさまみたい」
「む、それは主だろ?」
ナギはきょとんっと首を傾げながら答えた。
「主こそ、俺の太陽だ。瞳だって、太陽のような温かい色だろ?」
「それとこれとは関係がないのではなくって?」
ロベリアはくすぐったさを感じながら、ナギの淹れてくれたお茶を口に含む。
「……美味しいわ」
ネックレスを提げてから、ナギの淹れてくれたお茶の美味さが、一段と深まった気がした。
「ナギ、ありがとう」
ナギは血が繋がっていなくても、血の契約などしなくても、貴族でなくなっても……たとえ、聖女の末裔でなかったとしても……いつまでも、いつまでも、太陽のように温かく傍にいてくれる。
「礼を言うなら、俺の方だ。いくら礼を口にしても足りない」
ナギも人化しながら言葉を返すと、同じように茶を飲んでいた。顔には大きく癒えぬ傷が奔っていたが、「自分の人生は幸せだ」と言いたそうな頬笑みを浮かべている。
「いつもありがとう、主」
もしかしたら、ナギもロベリアと同じことを考えているのかもしれない。そうだったらいいな、と思いながら、また一口、お茶を飲む。
今日も太陽が昇っていく。
深い藍色に染まっていた部屋は白い明るみを帯び、爽やかな風がカーテンを揺らした。夏の庭の湿った草木の匂いが、ゆったりと漂ってきた。もうじきすれば、鶏たちが朝一番の声を上げることだろう。
庭が目を覚ます前、それまでちょっとの間、大好きな人と静かなお茶会だ。
「ナギ……」
「ん?」
「……私、ナギのことが大好きよ」
「俺も主のことが大好きだ。いつまでも、主と一緒にいたい」
ナギは、悩むことなく答えを返してくれた。花が咲いたような朗らかな笑みは、まったくもって打算がなく、どこまでも純粋な言葉だった。それが、まっすぐ自分に向けられている。それが堪らなく嬉しくて、赤みが頬を差す。
「……よかった!」
ナギの淹れてくれたお茶は、さらに一段と美味さに磨きがかかる。
「私もよ、ナギ」
いつまでも、ナギと一緒に暮らしたい。
祈りながら飲むお茶は、どこまでも幸せな味がした。
どこまでも、どこまでも……。




