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58話 王子のドラゴン


 太陽は天高くに昇っている。

 青い空は目に染みるほど眩しく、「世界は今日も平和です」と謳っているようだ。


「実際は平和なんか、程遠いけど」


 ロベリアは王城の一室で、大きくため息をついた。


 昼間だというのに、この部屋だけは日が沈んでしまったかと錯覚してしまう。

 思いっきり背を伸ばして、やっと手が届くほどの高さに、ロベリアの顔よりも小さな窓が一つ、二つ。このように薄暗い部屋で、ロベリアは数時間ほど座る羽目になっていた。周りを囲むのは、鬱蒼とした本の山。地面が揺れたら、いまにも崩れ落ちてきてしまいそうだ。


「なにをいっているのデス!」


 ロベリアの心が落ちていくなか、反対に明るい声を出す者がいた。

 訂正、者ではない。薄紅色のドラゴンである。


「ロベリアが来た。それだけで、私は光明が見えたのデス!」


 両手足を拘束する鎖をじゃらりじゃらりと鳴らしながら、薄紅色のドラゴン――もとい、エリックのドラゴンのセレスティーナは希望に満ちた声で宣言する。


「これで、あの女からエリックをとりかえすことができると思えば、これほど嬉しいことはありまセン!」

「喜んでくださるのは嬉しいです」


 ロベリアは乾いた笑みを浮かべる。


「クレア様が逃げ出したのに、セレスティーナ様も助けを求めてこない段階で、貴方もルージュに捕まっているのだろうとは思っていましたが……」


 まさか、利用者がほぼいない第二書庫に拘束されていたとは思ってもみなかった。

 ロベリアがぼやけば、セレスティーナは悔しそうに顔を背けた。


「っく、私がしっかりしていれば、エリックが半分魔物女に誑かされることナド……」

「みんな、おなじこと、おもってる」

「貴方もそう思いマスか! やっぱり? さすがは、ドラゴンデース!」


 セレスティーナはティモシーにすり寄ろうとするが、ティモシーは窓から暖かな日が差し込む唯一の場所に陣取ったまま、まったく動こうとしない。ティモシーは外の様子を気にすることもなく、ただ日向ぼっこでもしているかのように瞼を降ろしていた。


「……はぁ、二人とものんきなこと」

「む、ロベリア。アナタ、馬鹿にしましたネ?」

「誤解ですわ」


 ロベリアは、再び大きくため息を吐いた。

 数時間前、ロベリアはこの部屋の前で捕まった。いや、これも表現が違うかもしれない。捕まったのではなく、保護されたともいえるし、匿われたともいえる。


「アーロンが、魅了の魔物の文献をあたっていたなんてね……」


 彼は調査の過程で、この第二書庫に辿り着いたらしい。

 第二書庫は「ルージュ様の命令で閉鎖中」とのこと。これは怪しいと睨み、第二書庫にかかっていた鍵型の魔具を解析し、無事に潜入。囚われていたセレスティーナと出会い、彼女を助けるため、鎖にかけられた魔法を解くため、数日に一度、アーロンが通っているのだとか。


「ですが、身を休める場所が手に入ったのは良かったわ」


 薄紅色のドラゴンには聞こえぬほど小さな声で、自分自身に確認するように呟いてみる。

 アーロンはロベリアの話を聞くと、理解したとばかりに大きく頷いた。


『分かりました。では、少し時間をください。私にも考えがあります』


 その考えがなにか言う前に、彼はロベリアたちを書庫に押し込めて出て行ってしまった。ご丁寧に、書庫に魔法の鍵をかけて。


 おかげさまで、こちらは外に出るに出られない。


「申し訳な程度に、連絡用の妖精を置いて行ってくれたみたいけど……」


 ロベリアは書棚の隅に目を向けた。そこには、古い本の表紙に腰を降ろし、ゆらゆらと足を揺らす風の精霊がいた。いざというときは、あの精霊に言霊の魔法を吹き込み、飛ばせということなのだろうが、ロベリアが魔法を一切使ったことのないことを忘れているのではあるまいか。


 アーロンは制約があるから、悪いことはしない。

 頭では理解しているが、一度は秘密の庭を強襲し、ナギを傷つけた男だ。大手を広げて信用することは、まだできそうにない。


「心配しなくても、大丈夫デース! アーロンは、悪い奴ではありませーん!」

「……だといいのですが」


 セレスティーナの楽観的な態度に、ロベリアはため息交じりの言葉しか返せなかった。


 そもそも、アーロンに何ができるというのだろうか。

 王城に出入りできるだけの実力者であることは分かったが、それ以上なにかできるようには見えない。むしろ、このままロベリアたちを騙して書庫に閉じ込め、ルージュへ献上しようとしているのかとさえ思えてくる。


「駄目。前向きに考えないと」


 ロベリアはぺしぺしと顔を叩いた。

 悪いように考えては駄目だ。このままでは、際限なく悪いことばかり考えるようになってしまう。

 ロベリアは三度目のため息をつくと、セレスティーナに視線を戻した。


「そういえば、セレスティーナ。あなた、エリックのドラゴンですね?」


 ロベリアが問いかければ、彼女は何をいまさらと首を傾げている。


「黄金の鐘、いまはどうなっているのか知っていまして?」

「ああ、あの鐘デスか!」


 セレスティーナは翼を大きく広げた。かたんっと翼の端が書棚にぶつかり、数冊の本が崩れ落ちる。セレスティーナはややバツの悪そうな顔で落ちた本を見たが、すぐに気を取り直したように胸を張って説明してくれた。


「いまも城の最上階にアリマス!」

「最上階に通じる階段の前には、まだ鍵はかかっていますか?」

「ハイ! あれを開けることがデキルのは、エリックか陛下しかいませーん!」

「それは、陛下たちが鍵を持っているということ?」


 ロベリアはセレスティーナに問いかける。


「その鍵がどこに置いてあるのか、ご存じではありませんか?」

「鍵は置いてあるものではありませーん。手形なのデース」

「手形?」

「王位継承者が扉に手を置くことで、開くことができるノデース」

「なんということ」


 ロベリアは壁に背を預けた。

 仮に、エリックを正気に戻すことが難しくても、鍵を奪って開けることができれば解決できると思ったのに、これでは本当に解毒薬を使うしかなくなってしまった。


 ロベリアがうろたえていると、セレスティーナは誇らしげに鼻を鳴らした。


「セキュリティが高いのは当然デス。それだけ、大事な鐘なのですから!」


 それだけ危機管理ができているのであれば、ルージュに対する策の取りようが他にもたくさんあっただろうに、と嘆いてしまう。反面、厳重に守られていたからこそ、ルージュは魅了の力をもってしてでも、鐘を使うことができず、セイレーンの魅了を王国全土に広めることができなかったのかもしれない。


「……ロベリア、鐘を鳴らすつもり?」

「他に方法がないみたいですので」


 一部の騎士の目を覚まさせたように、食事に解毒薬を混入し続けるのも手だが、あまりにも途方な時間がかかってしまう。

 それならば、鐘を鳴らすという手段をとった方が効率的にも良い。


「どちらにせよ、アーロンが戻ってこない限り、私にはどうすることもできないわけですが」


 手持ちの解毒薬は、あと二つ。

 ポケットに残る鍵を使って外へ出ることも考えたが、それは最終手段だ。



 あと、一時間。

 太陽が傾きだしても、アーロンが戻ってこなければ、鍵を使って強引にでも廊下に出よう。



 そのように考え始めた、その矢先だった。


 がちゃり、と書庫の鍵が開く音がした。

 セレスティーナがぴたりと固まり、自身の羽の後ろに隠れるように目で促してくる。ロベリアがティモシーを抱え、セレスティーナの翼の後ろに身を隠したのと同時に、書庫の扉が開いた。


「……セレス、ティーナ……?」


 そこにいたのは、エリックだった。


 ロベリアの記憶よりいささか顔色の悪い青年は、よたよたと書庫に足を踏み入れる。その後ろには、アーロンが得意げな顔で立っていた。


「エリック! エリック! 来てくださったのデスね!」


 セレスティーナはぴょこぴょこと飛び跳ねるように近づこうとしたが、鎖が邪魔して前に進むことができない。


「そんな! どうして、鎖に?」


 エリックはセレスティーナの喉元に抱き着きながら、心配そうに顔を歪める。


「そんなこと決まっているでしょ、このお馬鹿さん! ルージュに捕らわれていたのデス!」

「ルージュが? まさか!」


 エリックは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。


「君は病気だから、ドラゴン保護場に送られ、静養しているって……」

「ムム、エリック。あなた、ルージュのことを信じるのですか? この私より?」

「ち、違うよ。ただ、聞いていたことと違うから……でも、どうして?」

「……それは、セレスティーナ様をエリック様から引き離すためですわ」


 ロベリアは頃合いを見て口を挟んだ。

 ここでようやく、エリックはロベリアの存在に気づいたらしい。まるで、この世の者ではないものを見たかのような顔になり、あわあわと口を動かしていた。


「エリック様。これが事実です。ルージュは、貴方様を……」

「ロベリア、すまない!」


 ロベリアの話を遮るように、エリックは素っ頓狂な声を上げた。


「え?」

「私は、君に酷い仕打ちをしてしまった……!」


 ロベリアが瞬きする間もなく、彼はひざまずいて頭を下げる。

 最初、幻かと思ったが、間違いなく自分に頭を下げて詫びているのは、エリック以外の何者でもない。

 ロベリアはエリックの変貌に若干戸惑いながら、彼が何を言ったのか理解しようと努めた。


「え、その……酷い仕打ちとは?」

「君という婚約者がいながら、ルージュと……その……不適切なことをしてしまった」

「……貴方、自覚はあったのですね」


 それは、数か月前に聞きたかった言葉である。

 いま、この状況で聞いても、怒りも悲しみも喜びも何も浮かんでこない。


「ですが、その言葉が出てくるということは、正気に戻ったということでしょうか?」

「正気? なんのことだ?」

「少なくとも、ルージュとの行いが倫理的にどういうものなのか自覚できたということです。でも、妙ですね……」


 アーロンや騎士たちのときとは異なり、解毒薬を飲ませていない。

 それなのに、彼はロベリアに謝罪をしてきた。


 前回とは打って変わった対応の変化は、いったいどのような風の吹きまわしだろうか? 







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