55話 うわさ話
しまったと思ったときには、すでに遅い。
ロベリアが逃げる前に、後ろから手が回り、口を抑え込まれてしまった。
前から迫りくる騎士たちに気を向けていたせいで、後ろへの注意が疎かになっていたのだ。ロベリアは自身の顔が青ざめていくのが分かった。
「そこに誰かいるのか!」
声を聞きつけた騎士の足音が激しくなる。
「――ッ!!」
「静かに。じっとして」
背後の人物が、ロベリアの耳元に囁きかけてくる。聞き覚えのある凛々しい女性の声に、はっとした直後、ランプの眩しい灯りが二人を照らし出した。
「そこにいるのは誰だ!?」
「誰って、女性に対して失礼じゃない?」
ロベリアの口を塞いでいた人物は、騎士たちにひるむことなく言い返した。そのまま、彼女はロベリアを自身の背で隠すように後ろに回すと、怒ったように腕を組む。
「あたしたちは仕事の関係で出歩いていただけ。警備隊に呼び止められるような後ろめたいことはしてないわ」
「仕事? こんな夜中に?」
警備の騎士が怪訝そうに尋ねてくる。しかし、彼女は平然と構えていた。
「あたしは、レベッカ。高級娼婦をしています。ほら、許可書」
レベッカは颯爽と用紙を取り出す。警備の騎士はざっと目を通すと、うむと大きく頷いた。
「たしかに本物だな。それで、後ろの者は?」
「あたしのお客様。分かったなら、私たちのことを放っておいてくれない?」
「お前の客だと? 本当に?」
警備の騎士がロベリアをよく見ようと灯りを近づけてくる。すると、レベッカはロベリアを灯りから庇うように壁へ押し付けた。
「退け、顔が見えないではないか」
「だから、あたしのお客様。それで十分じゃない。わざわざ改める必要がある?」
「しかし……」
「あまりお顔を見られたくない方もいるの。お忍びってこと。誰にだって、家族や知人に知られたくない秘密の一つや二つあるでしょ?」
レベッカはロベリアを庇ったまま、ずいっと騎士たちに詰め寄った。
どうやら、ロベリアのことを不倫中の高官だという設定で通そうとしているらしい。妻子にお忍びで高級娼婦と恋愛を楽しむことは、貴族社会において珍しいことではない。もし、ロベリアがフード付きのローブで身を隠していなかったら、突っ込みどころのある設定だったかもしれないが、長いマントはスカートをすっぽり覆い隠していた。
「む、そ、そうか」
「だが、こちらにも仕事が……」
警備の騎士たちは互いに顔を見合わせて渋る。
ロベリアは小さく息を吐くと、マントの内側から財布を取り出した。騎士たちに自身の姿が見えないように、注意を払いながら金貨を二枚取り出すと、レベッカの手に黙って渡した。
「……はぁ、仕方ない。今日はこのあたりで」
レベッカは、警備の騎士たちに金貨を握らせた。
「いや、俺たちは仕事中だから……」
騎士たちは口ではそう言いながらも、にやにやと笑いながら金貨をポケットにしまう。
「我らが治安を守っているとはいえ、夜は危険だからな。気をつけろよ」
騎士たちは軽く敬礼をし、大通りの方へと戻っていった。
「さあ、あたしたちも移動するわよ」
レベッカはロベリアの手をつかんで、ひたすらに歩いた。レベッカとロベリアから一歩遅れ、のそのそと反対側の通りから小麦色のドラゴンが現れた。
「ティモシー、早く」
レベッカは短く告げると、小麦色のドラゴンはわずかに足を速めた。
周囲には生け垣がめぐらされたせいで、月明かりが届かず、暗さが増していた。一寸先しか見えぬというのに、レベッカは慣れた足取りで迷路のような路地を進み、一番奥の小さく古びた家の前で足を止める。
「……さてと、撒いたかしら」
レベッカはロベリアを自宅に押し込むと、足元に目線を移した。
「だいじょうぶ、だれもいない」
ティモシーが小麦色の尻尾をゆらりと揺らす。レベッカはティモシーの答えを聞くと、ようやく安心したように肩の力を落とした。
「はぁ……なんとかなったわ」
「レベッカ、どうして……?」
「どうしてもなにも、親友が困っていたら助けるのは当然でしょ」
レベッカはランプに火を灯すと、分厚い雨戸を閉じた。
「ここ数日、王都の警備隊があんたのことを探してるのよ。こういう手配書まで用意して、大々的にね」
レベッカはテーブルの上を指さした。見ると、確かに自身の簡易的な姿絵が無造作に置かれていた。
「『この顔に、ぴんときたら王都警備隊へ』」
ロベリアは不快な気持ちで用紙を読み上げる。
「……まるで、犯罪者扱いね」
もちろん、名目は「家出娘の捜索願」。
罪状の類はなく、家の者が行方不明になった娘を探しているというものだ。ところが、おかしなことに、その文章の書き方や姿絵、なにより指名手配犯用の紙に書かれている。これを何気なく見た人は、ただの家出娘の捜索願だとは思わず、「この女は、どんな罪を犯したのか」と誤解すること間違いなしだ。
「そりゃ、あんたを探す人は前からいたわ。それにしても、いきなり規模が大きくなったんだもの。なんだか、心配でさ。ここ何日か、夜に見回りしてたってわけ」
まさか、本当に出会えるとは思わなかったけど、とレベッカはおどけたように言葉を続けた。
「でもまあ、あんたが元気そうでよかった」
「すみません、心配をかけさせてしまって……」
「気にしない、気にしない」
ロベリアが謝ると、レベッカは手をひらひらと振った。
「……ありがとう」
いつのまにか、ロベリアの頬は緩んでいた。
「実は、私も貴方を探していたの」
「あたしを?」
レベッカは目をぱちぱちとさせた。
「貴方なら助けてくれるのではないかって……もちろん、迷惑をかけたくないから、断ってもらっても構わないのだけれど……」
「なに言ってるの。困ったことがあったら、なんでも相談に乗るって言ったでしょ」
レベッカは手近な椅子に腰を降ろすと、真夏に咲く花のように笑った。
「でも、嬉しい。まさか、あんたから私を頼ってくれるなんてね……人生、何が起きるのかわかったもんじゃないわ」
ふいに表情をあらため、ロベリアを見ると席に着くように促した。
「さてと、話してもらうわよ。大方、ここに来たのは、さっきの手配書が関係してるんでしょ? あんた、なにしたの?」
「私はなにも」
ロベリアは反対側の椅子に腰を降ろしながら、首を横に振った。
「それより……貴方、最近、国王陛下に関する話を聞いたことある?」
「王様? 王様自身の噂は聞かないわね」
「王様自身の噂?」
レベッカは考え込むように腕を組むと、視線を上にあげた。
「王様の話題が上がらない日はないわ。なにせ、いまの王様は嫌われてるから。ここのところ毎月、税が上がってるからね」
「税? 今年は、さほど不作ではなかったはずだけど……」
「そ。だから、理由の分からない税の引き上げに、私達庶民は怒ってるってわけ。……まあ、私には理由なんて分かりきってるけど」
「理由とは?」
ロベリアが聞き返せば、レベッカは嘆息交じりに教えてくれた。
「ほら、ルージュの奴が好き勝手してるからよ」
「……あの子ったら……」
ロベリアは頭を抱える。
ルージュがエリックの婚約者として、ドレスや宝石を自分の気の向くままに新調したり、美味しいものを取り寄せたり、際限なく遊びまわったりする姿が目の裏に浮かぶようだ。もしかしたら、魅了の力を意のままに操り、国宝級の装飾品を身に着けてるかもしれない。
「きっと、いまも贅沢三昧な生活を送っているとは思ったけど……」
「ルージュが贅沢するせいで、国庫が尽きかけてるって話よ。大臣も『いざとなったときのため、逃げだす準備をしなければ』とかなんとか」
「あの大臣が言うのであれば、間違いはなさそうね」
ロベリアは額に手を置いたまま、苦笑いをするしかなかった。
自身が以前、仕えていた大臣は、汚職に塗れたどうしようもない人物であったが、非常に鼻の効く男であった。彼が逃げ出す準備を始めたということは、本格的に国が傾き始めたということだ。
ルージュが王子の婚約者(仮)になってから、まだ半年あまりしか経っていない。だというのに、すでに危惧していた以上の状態に陥っている。これでは、本格的に王妃となってしまった暁には、この国は完全に終わってしまう。
ルージュを誰も諫めなかったのだろうか? いや、たとえ諫めようとした者がいたとしても、セイレーン由来の魅了とやらで陥落させ、意のままに動く人形にされてしまったのだろう。
「……酷い話だこと」
だが、いまは国王についての情報が欲しい。ロベリアはルージュの蛮行を一旦、頭の隅へ追いやった。
「国王陛下自身の近況について、他になにか?」
「ん……あー、そういえば、大臣が言ってたわね。近々、退位するつもりだとか。あたしからしたら、ルージュに腑抜けてる息子に王位を譲るなんて、ありえないって思ったけど……」
「では、退位は正式に発表されていないのね」
「……え、うそ。本当に退位するわけ?」
ロベリアが言えば、レベッカは興味深そうに身体を前に乗り出した。
「正確にいえば『強引に退位させられた』」
ロベリアは、事の経緯をかいつまんで説明した。
レベッカは傷だらけのクレアが助けを求めに来たくだりこそ好奇心に目を輝かせていたが、ルージュがエリックと共にしでかしたことを聞くと表情が曇り、最後の方は不愉快そうに眉間に皺を寄せていた。
「なにそれ。あんたのこと、便利な道具扱いしてるだけじゃない」
レベッカは音を立てながら離席した。
「あんた、王様を助けに来たってわけ? ルージュの魅了する力ってのを知ってながら、ろくに守ってもくれなかった王様を?」
「それは言い過ぎじゃなくって?」
「言い過ぎなわけないわよ!」
レベッカは口を尖らせながら、台所に立った。炉に火をつけると、お茶を淹れるつもりなのか湯を沸かし始める。
「私がやるわ」
ロベリアが立ち上がろうとすると、制されてしまった。
「お客様に茶を淹れさせる家がある? ……そりゃ、あんたに比べたら、素人だけど。好意には甘えるものよ」
レベッカは不満そうな口調のまま答える。
そんな彼女を見ていると、ロベリアは「この人を頼ってよかった」としみじみ感じた。現在進行形で、ルージュに関する厄介ごとに巻き込まれているというのに、ロベリアを追い出したり迷惑顔をしたりしない。しかも、他人の身に起きたことを自身のことのように怒ってくれる人は、そうそういないものだ。
「そういえば、あんたのドラゴン君は?」
「ナギでしたら、お留守番。あの場所でしたら、しばらく安全だから」
「あんたも家に籠っていればいいじゃない。ルージュには知られてない場所なんでしょ?」
「けじめよ」
ロベリアはきっぱり口にした。
「姉として、散々嫌がらせを受けてきた者として、悪いことは悪いと叱りに行くだけ」
「んー、つまり、復讐?」
「復讐だなんて……ただ……今度こそ、ルージュに分かってもらいたいだけなの」
すべてがすべて、自分の思うがままになると思ったら大間違いだ。自身のしでかしてきた我儘のせいで、国がめちゃくちゃになってしまったことを知ってもらいたい。できれば、反省してもらいたいが、かなり難しいだろう。
「国が実際に傾き始めていると聞いて、この国で生きる民としても放ってはおけないわ。せっかく、幸せに暮らしているというのに、国が滅んでしまってはなんにもならないもの」
秘密の庭に籠っていれば、自分とナギだけは平穏に暮らせるかもしれない。
だけど、他の人たちは?
フローライトは? ジェイドは? ロックベリーの街の人たちは?
あの人たちは、笑顔で暮らすことはできないはずだ。ルージュの魅了に堕ち、ルージュのために笑って生きるようになったとしたら、それはすごく残酷なことだ。一見、笑顔に満ちた平和な世界かもしれないが、そんな場所、絶対におかしい。
「レベッカも大変でしょ? 大臣と一緒に逃避行する羽目になるだなんて」
「同感。逃げるって言葉は楽でも、生活のすべてを捨てないといけないんだから。意外とこの暮らし、気に入ってるのよね」
レベッカはやかんから湯をポットに注いだ。湯が茶葉に触れるとともに、優しい香りが部屋の中に漂い始める。
「そういえば、レベッカ。あなた、どうしてこの仕事を?」
「お金のためよ」
レベッカは特に悩むことなく答えてくれた。
「うちの両親、冒険者だったの。でも、赤子を連れて冒険だなんてできないでしょ? だから、王都に拠点を置くことに決めた。その矢先、父親が魔物にやられてさ……」
「拠点を買ったのはいいけど、払うことができなくなったというわけね」
「そ。あたしが大きくなってから、母が冒険者に復帰したけど、ろくな仕事もらえなくてね。結局、あたしが十二のときに死んじゃったってわけ」
レベッカは、大きく息を吐いた。ロベリアも目線を落とす。十二の子どもができることなど、本当に限られている。
「ま、遠い親戚が遠くにいるって話は聞いてたけど、とっくに縁が切れていたみたいだし、わざわざ訪ねるために旅する金銭なかったし、用立ててくれる人もいなかったからね。こうして、娼婦になったってわけ。どう? つまらない話でしょ?」
「……貴方も大変だったのね」
「まあね。でも、人生が大変じゃなかった人なんていないでしょ? 楽勝の勝ち組ですべてがすべて思うがままーなんて……一人いることにはいるけど……普通に考えてありえないって話よ」
「……まあ、その通りかもしれないわ。……大変ではない人なんて、普通はいない」
ロベリアは頷き返す。
「それにしても、遠い親戚か」
ふと、脳裏に過ったことがあった。だが、それを口にするのははばかられ、たとえ言葉に出したとしても、レベッカのことだから「ないない」と明るく笑いとばされてしまう気がする。
「あ……お茶、淹れ忘れてたわね」
レベッカは煮だしすぎた茶をカップに注いだ。せっかくのお茶は煮だし過ぎたせいで、焦げ茶色に濁ってしまっている。
しかし、レベッカは大して気にすることなく、お茶を一口飲むと、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「で、これからどうするわけ? まさか、あたしの家を宿代わりにするだけーなんてことはないでしょうね?」
レベッカは白状しなさいと言わんばかりに、顔をぐいっとこちらに寄せてくる。
「……ええ、他にもお願いしたいことが幾つか」
ロベリアも茶を口に含む。旨味の後に苦い渋みが舌を刺したが、飲めないほどではない。むしろ、渋みで頭が冴えたとさえ思えた。
「レベッカ。貴方にやっていただきたいことは、三つあるの」
「一つ目は?」
「手ごろな飲み物を用意して欲しいの」
「ジュース? 詳細は後で聞くとして、二つ目は?」
「私を城に連れて行ってもらいたい」
ロベリアはレベッカの青い瞳をまっすぐ見ながら言い放った。
「は?」
レベッカの目が丸くなった。あまりに驚いたせいか、持っていたカップを落としてしまう。ぱりんっと派手な音を立てながら割れ、うとうとと眠り込んでいたティモシーが飛び起きるのが横目で見えた。
「あ、あんた、なにいってるの? 連れて行くってどういうこと?」
「正面から乗り込んでも良いかと思ったのですが、貴方なら大臣を上手く使って、私を忍び込ませることくらいできるでしょう?」
きっと、ロベリア自身が王城の前まで出向き、「私がロベリアです。探していたみたいですので、帰ってきましたわ」と告げても城内へ入ることができるだろう。
けれど、これは時間の無駄だ。なにせ、牢獄に入れられるという無意味な時間を過ごす羽目になってしまう。
「大事なことは、私が鐘を鳴らすこと。私を貶めることが趣味のルージュのことだから、私の目の前で黄金の鐘を鳴らし、『これで、あなた以外のすべてが私の支配下になったのよ』というような行動をとる可能性が高いわ」
「だから、あえて捕まって、鐘を鳴らすタイミングを見計らうということ?」
「だけど、本当に捕まってしまって、肝心な時に指をくわえてみているだけはまずいでしょ? その前に、城内の味方を作りたいのです」
きっと、捕縛されることなく上手く潜入したところで、祝福の鐘までたどり着けるかどうか厳しい。ただでさえ、立ち入りが制限されている場所に潜入することにくわえ、ルージュだって、鐘を鳴らされることを多少なりとも警戒しているはずだ。
「大臣の力を使えば、城の内部へ入ることができる?」
「可能よ。あたしが頼めばね。でも、そこから先、どうやって協力者を用意するの?」
「魅了を解く鍵があるの」
ロベリアは解毒薬の瓶を取り出した。深い緑色をした液体が三つの瓶の中で揺れている。
「魅了を解く薬は三つあるの」
「味方は三人ってことね……目星はついてるの?」
「一人だけは」
ロベリアは薄く微笑み返す。
「そこまで、手伝ってください。上手くいかせるつもりですけど、万が一のときは……レベッカ。あなたは、この国から脱出する準備をしなくちゃならなくなる」
ロベリアは頬笑みを浮かべたまま、レベッカの淹れたお茶を飲み干した。
「……ちなみに、参考までに教えて。どういう段取り?」
ロベリアは声を潜めると、自身の段取りについて語りだす。レベッカは最後まで口を挟むことなく、黙って聞いていた。
「……できない話ではないけど、ちょっと危険すぎない?」
「他に方法がありまして?」
レベッカは渋い顔をしていたが、しばらく黙り込んだ後、ぱちんっと指を鳴らした。
「んー、分かったわ。でも、あたしも一枚噛ませてよ」
「つまり?」
「あたしだって、やられっぱなしは嫌なの。少しくらい、仕返ししてやりたいわ」
レベッカは悪戯っぽく笑った。
「あんたを城内に送り届けるくだり、もう少し任させて。ちょーっと趣向を凝らすから。たとえばね……」
レベッカはそう言いながら、ロベリアの金髪に手を伸ばした。
「あたしたち、髪と目の色は違うけど、全体的な顔の形は同じよね。あたし、金髪に染めて、目の色を変えたら……」
「そ、そんな危ないこと、させるわけには!」
ロベリアはテーブルを叩いた。
「私のふりをさせるだなんて……」
「良い案だと思うわよ? あたしもルージュの魅了にかかったことないし」
「それは……」
「ま、あたしみたいな小物に魅了をかけても意味がないって思っただけだと思うけど。でもね、小物だろうが娼婦だろうが庶民だろうが、あいつに一矢報いてやりたいってこと」
レベッカはロベリアの視線を受け流すように立ち上がると、細い腰に手を当てた。
「ま、大丈夫。悪いようにはならないし、あたしだって死にたくないもの」
「レベッカ……」
遠くから、虫の鳴く声が聞こえてくる。
物寂しい夜明けの鳴き声だ。固く閉じた窓の隙間からは、薄ぼんやりとした青い光が差し込み始めている。
そろそろ、ナギが起きる時間だ。
「私は……」
ロベリアは目を閉じた。
ロベリアが彼の立場なら、黙って庭でおとなしく待っているだろうか? 答えは否だ。なにがなんでも、王都へ向かおうとするだろう。彼が王都に着く前に、すべてを終わらせなければならない。
「……レベッカ、ごめんなさい」
結局、この提案を受け入れるしかない。彼女を巻き込むことを承知できたが、ここまで深入りさせるつもりではなかったのだ。
「謝らないでよ、水臭い」
レベッカが手を伸ばし、ロベリアの腕をつかんだ。
「あたし、あんたより要領いいから。危ないなーと思ったら、さっさと逃げるから安心しなさいって」
「……ありがとう」
ロベリアは頷き、レベッカの手をわずかに握り返すと、静かに手を離した。
「さてと、やることは多いわ。ティモシー、お仕事よ」
「……ん」
ティモシーが大きく伸びをする。ナギよりもはるかにおっとりとした雰囲気のドラゴンは、のそりと身体を起き上がらせると、自身の主人をぼんやりと見上げた。
「おしごと?」
こてん、と首を傾げる。レベッカはティモシーの頭を軽くなでると、にやりと笑った。
「あの人、呼んできて」




