53話 ルージュの正体
「まず、ルージュの正体について話すとしよう」
クレアは難しそうに眉間の皺を寄せながら語りだす。
ヴィーグル兄妹には、悪いが席を外してもらっていた。クレアをここまで連れて来てくれた時点で既に巻き込んでしまっているが、これ以上、深入りさせるわけにはいかない。
「やはり、魔物なのでしょうか?」
「厳密には違うが、そのようなものだ」
王付きのドラゴンは静かに告げる。
「最初におかしいと思ったのは、クロックフォード伯爵夫人の性格が変わったことだ。夫人は第二子を産んだ直後から夜会へ出るようになり、夫以外の男性と交際する姿が多くみられるようになったのだ」
「つまり、ルージュを出産したときから?」
「即位の周年記念式典や公の場では、伯爵にエスコートされていたが……異様だった。それまで、病弱であったが、つつましく夫を支える清純な女性が、まるで正反対の性格になったのだからな。国王は、このことに違和感を抱き、調査を開始した」
クレアはここまで言い終えると、自身の手を温めるようにカップに指を這わせた。
「そして、気づいた。伯爵の不倫に。クロックフォード伯爵はベガと言う名の女性と交際をしていたのだ。そして、第一子は伯爵夫人ではなく、不倫相手の女性との間に産まれた女子であったと」
「……」
「ッ、失礼。言葉を選ぶべきだった」
「いいえ、お気遣いなく。おそらく、事実でしょうから」
いつのまにか、ロベリアもクレアのようにカップを抱えていた。ロベリアも両手でカップを包むと、冷え切った指が温かみを増していく。お茶を口にしていないのに、心の内に灯火が生まれたような気がした。けれど、それもすぐに吹き消されそうな弱い炎。
実母がベガである事実は、わりとすんなり受け入れることができたのに、やはりこうして不貞の言葉を聞くと嫌気が込み上げてきた。自分が、とても汚い者のように思えてならない。海辺の町で、メイは「伯爵夫人は子を成せない身体だったから、ベガとの娘を第一子とした」と語っていたし、家のためなら仕方のないことなのだろうが……。
ロベリアはぐっと奥歯を噛みしめると、クレアの目をまっすぐ見据えた。
「それで? 国王はどのように判断したのですか?」
「そのときは、『夫への意趣返し』だろうと判断した。まさか、夫人が子を成せない身体だったとは、その時は知らなかったのだ。
それに……伯爵夫人の変貌より、ベガの正体に意識が向いていたのだ」
「もしかして、聖女の末裔という話でしょうか?」
ロベリアが切り出せば、クレアは「よく知っていたな」と言わんばかりの表情になった。目をぱちぱちさせ、ほうっと息を吐く。
「『聖女の子は聖女の力を成す』。世間的には迷信とされているが、事実は違う。聖女のように精霊を使わず魔法を操ることはできないにせよ、邪気を払う高い魔力を持つのだ」
「……私にも、邪気を払う力が流れていると?」
「王家にぜひ欲しい力だ。歴代王の中には、我らがドラゴンと交じる者もいる故、人間にしては高い魔力を持ってはいるが、聖女ほどの力はないし、他の人間と交じれば交じるほど薄まっていく。ロベリア殿は知らなかっただろうが、王家の格を高めるために、かなり幼いころより婚約候補筆頭だったのだ」
つまるところ、王家も聖女の血を欲したということだ。
伯爵夫人の変貌理由を調べていたのに、他人の変化の真相はほったらかしで、自分たちの利益のために動き始めた。もし、この時点で……王が夫人の変貌の理由に気づいていたら、なにかが変わっていたのかもしれない。
「だが、それから数年……異変は続いた。伯爵夫人は表に立つことは少なくなったが、代わりに、彼女の実の娘が台頭し、社交の場を狂わせ始めたのだ」
「ここで初めて、ルージュの異質さに気づいたということ?」
「国王は、ルージュの調査をするとともに、夫人の調査を再開した。そこで鍵になったのは、フェルトの街だ」
フェルトの街。
すなわち、ロベリアたちが数時間前まで滞在していた海辺の街だ。
「それについては、私もおおよその予測がついています。あの街で何が起きたのですか?」
「それについては、推測でしかないが……十五年間、あの地方で度々起きていた海難事故が、はたと止まった」
「海難事故?」
「とある魔物が出没する地域だった。船乗りたちを声と姿で魅了し、海へ引きずり込む海魔『セイレーン』。聖女に退治されてはいたが、完全に滅したわけではなかった。二、三年に一度の割合で、姿を見せていたのだ」
「セイレーン……?」
ロベリアは魔物の名を口にした。
聖女の伝説に出てくる魔物。だが、とても珍しいわけでもなく、海の魔物としては有名な分類だ。確か、ずっと前……フローライトが「いつか倒してみたい怪物」の一種として名前を挙げていた気がする。
「セイレーンは、そこまで強いのでしょうか?」
「強くない。ドラゴンの手にかかれば、一撃で屠れる。魔法使いでも平均より上の連中であれば、セイレーン避けの魔法をお守りに付与させることは造作もない」
「なら、なぜ……?」
「セイレーンが夫人に憑依した。どのような技を使ったのかは知らぬが、夫人の身体を乗っ取り、身体の中身を作り替えた。だから、子を成すことができたし、子どもがセイレーン特有の魅了の技を使用できても不思議ではない」
「それは……でも、おかしいのではなくって?」
ロベリアは疑問を呈した。
「セイレーンは船乗りを惑わす魔物。女性には効かないはずでは?」
「そこは妙なところだ。なにかしらの突然変異が起きたのか……詳しくは分からない。そこまで調べ終わったときには、彼女たちはこちらの動きに感づいていたらしい。彼女たちとの接触には気を付けていたはずなのに、一人、また一人と堕ちていったのだ。
そこで、国王はロベリア殿の確保に本腰を入れた。こちらの知らぬ間に、ルージュたちにロベリア殿が殺されていたでは取り返しのつかないことになるからな。だから、大臣の秘書官としての仕事を与えた。ルージュが近づかないような大臣の秘書官であれば、比較的安全に守ることができる」
クレアは得意げに言ったが、ロベリアは苦笑いをした。
たしかに、あの大臣はルージュ好みではない。見た目も内面も好みとは正反対だし、わざわざ魅了するために近づくメリットが感じられなかった。
「あとは、王子と結婚するまで待てばいい」
「王子と結婚すれば、だと?」
ここではじめて、ナギが口を開く。
目を鋭く細め、クレアを威嚇するように牙をむいている。まるで、いまにも人化し、クレアの胸ぐらをつかみそうな勢いだった。
「王子と結婚すれば、すべてが解決すると思っていたのか? 王家だけ、ルージュの魅了から逃れることができればよいのか?」
「王族の結婚式に鳴らす鐘に意味があるのだ!」
クレアは声を荒げた。
「城の一番上には、特別な鐘がある。王や王位継承者の結婚や建国記念日にのみ鳴らす鐘だ。その鐘を鳴らしたとき、鳴らした者の魔力が国全体に広がる。つまり、王子とロベリア殿が鳴らせば、邪気を払う力が国一体に広まり、ルージュの魅了が解かれるという寸法だ」
「ふん、笑わせる!」
ナギは背を丸め、炎を放つように低く唸った。
「大方、主に無理やり鐘とやらを鳴らせに行かせるつもりだろう?」
「ロベリア殿にしか、汚染され切った王家や国を救うことはできないのだ!」
「それでも、主を利用することには変わりない! 見つかったら、ルージュに殺されるかもしれないのだぞ? そんな危険を犯しに行かせられるものか! 主は、便利な道具ではないのだ!」
「ナギ、いいのよ」
「だが!」
「所詮、王家や貴族なんてそんなもの」
ロベリアは淡々と告げた。
いつのまにか、不快な気持ちは薄らいでいた。
自分の知っていた貴族の社会を再確認し、やっぱりあの世界から逃げて――いや、抜け出して良かった。
王家は、ロベリアではなく聖女の血を求めていた。
エリックとの間に子が成せたら、すでに用済みにされていたかもしれない。いや、少しでも聖女の血を引く王家の者を増やすために、死ぬまで子を孕み続けることだって想像ができた。
「そこに愛があれば乗り切れる!」なんて言葉があったけど、たとえ、魅了の力があったとはいえ、ルージュに堕ちる男との間に愛を育めた気がしない。
「主、分かってるのか? たとえ、国を救うことができても、その先を考えろ。王家とやらが、主を自由にさせると思うのか? 主の婚約破棄を撤回し、元の鞘に納めようとするのがオチだ!」
「口を慎め、小童! 王家を侮辱する気か!」
「侮辱? 本当のことを言ってるまでだ。これ以上、お前たちみたいな連中に主を利用させ――」
「ナギ!!」
ロベリアは制するように叫んだ。
ナギはロベリアの声を聞き、わずかに驚いたように黙り込む。
「……私のために、怒ってくれてありがとう」
いつものように、ナギの頭をなでた。
「でも、そのくらいにしておいて。まだ、決まったわけではないのだから」
ロベリアは頭から喉元にかけて撫でていく。赤い鱗の奥からじんわりと普段以上に熱を感じたが、喉のあたりは特に熱せられている。もしかしたら、本当に炎を噴射するつもりだったのかもしれない。
間一髪だった。
ロベリアは、安堵する。
いくら傷を負っていても、クレアは王に仕えるドラゴン。ナギが正面から戦いを挑んだとしても、勝てるかどうか微妙な線だ。
それ以前に、くだらない王家の話のせいで、ナギに余計な怪我をして欲しくない。
「……主」
ナギは観念したように目を伏せると、悔しそうに口も閉じた。ぎしり、と歯ぎしりをする音が聞こえてくる。喉の奥はまだ熱く、すぐに戦闘に移行できるように態勢を整えているようだった。
「クレア様。一晩、考えさせてくださいな」
「一晩!? その間に、国王陛下がどうなってもよいというのか!?」
「戦いは早急に、という言葉もあります。ですが、これほどの大事。しっかりと準備をしなければなりませんわ」
「では!」
「勘違いしないでくださいませ」
クレアの目が希望でらんらんと輝くのを見て、ロベリアは一蹴した。
「まだ、助けるかどうか決めたわけではありませんわ。一晩、考えてから行動しても遅くはないでしょう。貴方が逃げたことは、ルージュに伝わっているはずですし、誰に助けを求めに行ったのかくらい……あの妹でもわかりますわ」
ただ救国へ出向くわけではない。
クレアが知らないかもしれないが、ロベリア自身をおびき出すための罠かもしれないのだ。
「たった一晩です。朝になるまでに、すべてを決めますわ」
「……それは、確かなのか?」
「私の名に懸けて。さあ……もっと飲んでくださいませ」
ロベリアはクレアに茶をすすめた。
話している間にぬるくなっていたので、飲みやすくなっていたのだろう。クレアはあっという間に飲み干した。
お茶を飲み干すと、クレアの目がとろんと微睡んだ。
クレアは自身の眠気と葛藤しているようだったが、ここに来るまでの疲労に加え、概ねの話が終わったせいだろうか。
「では……、お願い、申す……」
かろうじて、それだけ言うと、テーブルに倒れ込むように寝落ちした。
「主、なにか盛ったのか?」
「睡眠薬を少々。今晩、出向くなんて強引に連れ出されたくないもの」
クレアは悪いドラゴンではないのだが、少々、熱くなりすぎる気風があった。
「ナギ、彼女を客間に運んでくれる?」
「構わないが……主、まさか行くつもりじゃないだろうな?」
ナギの懐疑的な言葉に、ロベリアはにっこり笑って返した。
「私、道具扱いはこりごりなの」
「本当か?」
「ええ。それより、ナギ。貴方も今日は疲れたでしょう。ここの片づけはしておくから、先に寝なさい。私はこれからもう一杯、お茶を飲むから」
「……わかった。主」
ナギは後ろ髪を引かれるような態度で部屋を出ていく。
ロベリアは耳をすました。
ナギの移動する音が遠ざかり、やがて聞こえなくなったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
「私、道具扱いは嫌。馬鹿王子なんかのために、危険を犯すのなんて絶対に嫌」
だけど……。
「ルージュにけじめをつけさせないと」
ルージュのせいで、多くの人の生き方が狂った。
良い方へ転べばいいが、悪い方へと堕ちた人も少なくない。
人を魅了し、自分の思いのままに操るなんて、最低最悪な行為だ。
あまつさえ、それで自分の気に入らないやつを貶めたり、傷つけたりするのは下種にも劣る。
悪いことをしたら、その報いを受ける。
悪いことをしたやつが、のうのうと生きて、この世の享楽をむさぼっているなんて、絶対的にありえてはいけない。
セイレーンだか何だか知らないが、ルージュが人間として生きている以上、自分のしでかしたことの責任をとるのは当たり前のことだ。
「それができるのは……私だけか」
ロベリアは肩を落とす。
これは、国のためではない。
姉として、いや……ルージュに散々嫌がらせを受けていたロベリア・クロックフォードとして、ルージュに罪をむき合わせる!
それに……勝機はある。
クレアの話を聞き、確実な作戦を思いつくことができた。この策で攻めれば、いかにルージュや取り巻きが優秀だったとしても、裏をかくことができるはずだ。
「これが、ロベリア・クロックフォードとしての最後の仕事になりますように」
やれやれと口元に微笑を浮かべながら、ポケットから小さな鍵を取り出した。
レビューをいただきました! ありがとうございます!
さて、今回はルージュの正体が発覚した話でした。
いかがでしたでしょうか?
もしかすると、一つ謎が増えた(逆に謎が解けた?)方もいらっしゃると思います。この謎が解ければ、ロベリアの考えだした作戦が分かってしまうかもしれません。
それでは、今後とも本作をよろしくお願いします!




