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52話 白銀の竜

新章突入です。



 太陽は海へ溶けるように沈む。

 強烈な夕陽が和らぎ、少しずつ熱を失っていることを背で感じた。代わりに、目の前に広がる空が静かな藍色に染まり、ちらほらと星が瞬き始めている。


 これは、きっと美しい景色なのだろう。


 しかし、ロベリアは行きのように、ゆったりと周りの景色を楽しむ気持ちにはなれなかった。ナギの背にしがみつき、まっすぐ前だけを見つめる。ナギも同じ思いなのか、ひしひしとした緊張感が触れる手のひらから伝わってきていた。


「……っ!」


 ロベリアは奥歯を強く噛んだ。

 ドラゴンが訪ねてくるなんて、普通はあり得ない。ロベリアのことを知るドラゴンは一握り。しかも、ロベリアの現在の住処を探し出し、深手の傷を負いながら助けを求めてくるともなれば、嫌な予感しかしなかった。


「主、このあたりか!?」


 ナギが緊迫感のある声で告げる。

 ロベリアが目線を下げれば、闇に沈んだ森が広がっている。夏の木々は葉が生い茂り、地表まで透かして見ることはできない。

 ところが、一か所だけ。

 木々の合間に、ぽっかりと開けている場所があった。


「あそこよ!」


 ロベリアが指を差す。

 ナギは空に円を描くように滑空しながら、ロベリアの指示を頼りに降下の態勢に入った。


「このあたりか?」

「もう少し、右に行ける? ごめんなさい、行き過ぎよ。そう、そのあたり。そのまま降りることができるかしら?」

「了解だ――、ああ、見えてきた!」


 「秘密の庭」を守護する魔法の内側に入ることができたのだろう。

 ナギの揺れていた飛行が定まり、まっすぐ庭に降り始める。

 月明かりのおかげだろうか。夜の闇に沈んだ庭に近づくにつれ、屋根や壁の石組みや庭の細部が深い藍色の濃淡で分かるようになっていく。

 ようやく家へ戻ってきた。ロベリアが安堵の息を零す前に、ナギの鋭い声が耳に届いた。


「誰かいる!」

「えっ!?」


 一瞬にして、気が引き締まる。

 ナギが頭を向けた方向へ目を奔らせてみれば、木々の隙間から白く光るものがちらりと見えた。


「誰かしら?」

「三人いる」


 ナギが白い光を睨みつけている。

 ロベリアも目を細めてみるが、ぼんやりとした小さな人影が三つ並んで見えるだけで、男女の区別すら定かではない。

 ただし、ナギの目にはハッキリと見えているらしい。彼は険しい表情のまま庭に降り立ち、淡々と誰がいるのかを述べた。


「ヴィーグル兄妹は分かる。だが、もう一匹は知らない」

「一匹?」


 ロベリアは聞き間違いかと思った。

 少なくとも、ロベリアの視界に入る影は、どう考えても人型。動物や魔物の類には見えなかった。だが、ナギが言うのだから間違いはない。


「どういうこと?」


 ロベリアは鱗を滑り降りながら聞く。

 ナギは身体を普段のサイズに縮ませながら、低く唸るように答えた。


「羽が生えている。あれは……ドラゴンの翼だ」

「ナギと同じ、特別なドラゴンということね」


 つまるところ、ロベリアに助けを求めに来た者ということだ。


「どうする、主?」

「どうするもなにも、まずは話を聞かないと」


 ロベリアはスカートについた汚れを払うと、確かな足取りで人影の方へ歩んだ。

 近づいてみると、ヴィーグル兄妹の不安そうな顔はもちろんのこと、隣でたたずむ銀髪の美女の苦悶に満ちた顔と身体中に負った傷まで見えた。

 ロベリアが庭の境界線を越えた途端、兄妹たちが肩の力が抜けたように表情を和らげるより先に、銀髪の美女が駆け寄ってきた。


「ロベリア殿っ!」


 美女はロベリアの足元に崩れ落ちると、急き込んで話し始めた。


「頼む、あの人が……王が、ルージュに捕らえられたんだ! 助けてくれ!」

「……もう夜が遅いですし、こちらへ」

「駄目だ! 一刻も早く、王都へ行かねば! 取り返しのつかないことになる!」


 美女は声を荒げた。勢いのあまり、ぐわりと両翼を広げる――が、生傷だらけの翼に痛みを覚えたのか、顔を苦しげにしかめた。


「国王陛下を助けようにも、詳しい話を聞かない限り判断も何もできませんわ。無策のまま突入したら、ルージュの思う壺かもしれません。それに、貴方の治療もしなければなりません」

「私の傷など――!」

「クレア様の翼では、満足に飛べないでしょう?」

「……っく」


 クレアはすっかり黙り込んでしまった。だが、まだ不満や疑問がたまっているのか、口こそ閉ざしているが、ロベリアを説得するための材料を高速で探しているように見えた。

 だがしかし、やがて観念したのだろう。クレアは渋々といった様子で、深く頷いた。


「分かった。お邪魔するとしよう」

「さあ、こちらへ。ジェイド君とフローライトさんも」


 ロベリアは二人の頭をぽんぽんっと撫でた。


「知らせてくれて、ありがとうございます。おかげで、助かりましたわ」

「えへへ……」

「ぼ、僕は何もしてません……」


 フローライトが照れくさそうにはにかんだのとは対照的に、ジェイドは恥じたように俯いた。


「ロベリアさんに知らせたのは、フローの風魔法ですから」

「知らせるかどうか、フローライトと考えてくれたのでしょう?」


 ロベリアは二人を庭へ導きながら微笑んだ。


「それに、クレア様とフローライトを守っていたのですよね?」


 そう言いながら、ロベリアはちらりとジェイドの手にした剣へ視線を落とす。薄暗いのでよくわからないが、剣先に血を思わせる液体が付着していた。きっと、ロベリアを待っている間に幾度か魔物や獣の類と交戦していたに違いない。


「人を守りながら戦うのは大変ですから。よく頑張りました」


 偉い、偉いと癖毛の強い頭を撫でる。

 ジェイドの顔は闇の中でもくっきり分かるほど赤く染まり、ぼそぼそとした声で「ありがとうございます」と呟いていた。




 傷の処置は難なく終わった。

 見た目より傷は深くなく、この分だと明日には飛ぶことができるだろう。


「主、お湯が沸いたぞ」


 彼女の翼や腕に包帯を巻き終える頃、ナギの声が台所から聞こえた。


「すぐ行くわ」

「ロベリア殿、あのドラゴンは……?」


 ロベリアが立とうとすると、クレアが袖口を引っ張ってきた。


「私の家族ですわ。新しい家族」

「そうか。いや、私にかかった追手もドラゴンを使役していたのでな。少々、不安に思っただけだ」

「……そのあたりの話、あとで詳しく聞かせていただきますわ」


 ロベリアの頬のあたりが強張った。

 ルージュの魅了は、ドラゴンにもかかってしまうのだろうか? もし、それが本当なのだとすれば、国王を助けに行くわけにはいかない。少なくとも、ナギは絶対に連れて行ってはいけない。

 たとえ、魅了を解く薬が存在したとしても……ナギが誘惑され、ルージュに恋慕の情を抱く姿は絶対に見たくない!


「……主?」


 強く唇を噛みながら、台所へ入ったせいだろう。

 彼はこてんと首を傾げ、不安そうにこちらを見上げていた。

 ロベリアはすぐに「なんでもない」と無理やり微笑み、お茶の支度を始めた。


「主、あのドラゴンは……知り合いか?」

「何度か王城で会った程度。困ったとき、私に助けを求めるほど深い関係は築いていなかったわ」


 ポットに茶葉を入れながら、すらすらと言葉が出てくる。

 心は緊張と不安で押しつぶされそうなのに、お茶を淹れる所作は淀みなく、ほとんど話し方も普段通り。ある意味、秘書官時代のスキルが根強く残っているな、と心の中で自虐的に笑った。


「それなのに、私に助けを求めに来たということ。しかも、この庭がある場所を概ね把握していた」

「……主の血筋を頼って来た。そういうことか?」

「それが本当ならば、陛下はベガの出自を御存じだったということね」


 ロベリアはため息交じりの口調で言い切ると、お茶のセットをリビングへ運ぶ。

 クレアの顔には、相変わらず「お茶を飲んでいる場合ではない」と不満が色濃く残っていた。しかし、お茶と一緒に用意したブドウのタルトを目にした途端、ごくりと喉が動く。


「どうぞ、召し上がってくださいな」

「いや、しかし……私は、そのようなものを食べている場合では……」


 クレアは頑なに断っていたが、ちらちらと隣でフローライトたちが零さぬように注意しながら、美味しそうに頬張る様子を確認している。


「食べないと、治る傷も治りませんわ」

「……では」


 一口だけ、と彼女はフォークを手に取った。

 昨日収穫したばかりのみずみずしいブドウとクリームをとると、ぱくりと薄紫色の唇の間に押し込む。瞬間、彼女の緊迫した空気が和らぎ、目が大きく見開かれた。

 二口目、三口目と次々にタルトを口に運び、あっというまに皿は空っぽになってしまった。

 クレアは空っぽになった皿を見落とすと、どっと肩を落とした。


「すまない、はしたなかったな」

「遠慮はいりませんわ。王城を脱出し、ここまで来る道程は厳しいものだったでしょうから」

「……そうだな、厳しいものだった。だが、ロベリア殿が思っているほど酷くはない」


 クレアは薄っすらと自虐するように笑った。


「ルージュは人を操れるが、我らドラゴンまで操ることはできない。ドラグーンの追手がかかったが、ドラゴンたちは正気だった。この程度の傷で、ここまで来ることができたのは……ドラゴンが手を抜いていたからだ」

「ルージュはドラゴンを操れないのですね」


 ロベリアが念を押すと、クレアは間違いないと頷いた。


「あの女は人を誘惑し、魅了することができる。ただし――」

「私を除く、かしら」

「正確には、聖なる血を引く者だ。邪気を阻害し、抵抗する力を持つ者のことを差す。王やエリック王子も抵抗力は強い方だが、貴方ほどではない。だから、あなたに助けてもらいたい」

「助けるといわれても……私が行っただけで解決になるのでしょうか?」


 ルージュに耐性があるのかもしれないが、行っただけで万事解決なんて甘い話のわけがない。

 そんなことで解決するのであれば、最初から魅了事件など起きなかった。少なくとも、婚約破棄などされなかったはずである。


「それに、貴方は私の出自を……ベガのことを知っていますね。これまで、私は一度も聞かされていませんでした」

「それは……」

「すべて、お話しください。どうして、こうなってしまったのか。これから、私に何をさせようとしているのか」


 クレアの態度からは、真剣に王の救出とルージュの追放を願っているのが痛いほど伝わってくる。

 だからといって、まともな方法(・・・・・・)かどうかは別問題。



 これまで、王はルージュを野放しにしていた。

 しかし、いまになって、ロベリアに「ルージュをどうにかせよ」と命じてくる。


 国王陛下を助けるのは構わないが……これは、あまりにもおかしな話ではないか?


「……わかった。それで納得してくれるのであれば」


 クレアはロベリアをまっすぐ見据える。


 そして、ゆっくりと口を開いた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 明かされる真相。 しばらくはまったり出来ませんね(^_^;)
[一言] てのひらくーるくる王様きらい
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