表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/76

48話 飛翔


「空を飛ぶ?」


 ロベリアは聞き返した。


「空を飛ぶって、ナギの上に乗って?」

「他に空を飛ぶ方法があるか?」


 ナギは髪を揺らすように首を振りながら、ゆっくりとドラゴンの姿へと戻り始めた。


「いますぐにとは言わない。無理強いするつもりもない」

「でも、ナギは海に行きたいのね」


 ロベリアは口元に指を添えて考え込む。

 あまり庭を留守にはしたくないが、海に行くという提案は魅力的である。思い起こせば、仕事で海辺の町に行くことはあったが、海を楽しんだことはなかった。海の青さも浜辺の白さも眺める余裕などなかったので、この機会に行ってみるのは、素敵なことに違いない。

 それに――、


「この時期は、南国の船が着く時期だったはず。私も買い付けしたい品があるわ」

「船が着く時期?」

「南風に乗って、ベルジュラック公国からの船がね。ベルジュラック産の『銀の蜜』は解毒薬の材料の一つなのよ」


 ルージュの魅了対策で解毒薬の生産に入ったのは良いが、大量に調合できるほどの材料はなかった。特に、『銀の蜜』は夏の限られた時期しか輸入することができないので、希少価値がやや高いのだ。


「つまり、買い付けか」

「もちろん、海も気になるわ。海辺の喫茶店でのんびりしてみたいもの。セーロンからの茶だって届く頃だろうし、イディナ地方の茶葉もあるかもしれないわ」


 あれもこれも気になると指を折り数えていれば、ナギも嬉しそうに喉を鳴らした。

 ナギは翼を広げると、軽く床を蹴り上げた。ロベリアの目線まで易々と飛翔し、くるりと一回転してみせる。


「それなら、決まりだな! 善は急げだ、行こう!」

「ふふ、ナギはせっかちね」


 ロベリアはくすくすっと笑った。

 ナギが、どことなくはしゃいでいるように見える。ロベリアが思っている以上に、海へ行ってみたいのかもしれない。

 白い浜辺で赤いドラゴンがくるくる回ったり、鮮やかな青い波と戯れたりする姿を想像してみると、普段以上に愛らしく思えてきた。


「明後日、行きましょうか。明日だと急すぎるから」


 ロベリアが確認を取れば、ナギは了解したと吼える。

 その後も尻尾をコミカルに揺らし、鼻歌を奏でながら小さな前足で花瓶の花を取り換え始めた。


「可愛い……」


 ロベリアは囁くように呟くと、ちょうど飲みやすくなったお茶を口に含んだ。

 ナギの喜ぶ姿を見ていると、こちらまで心が弾んでくる。

 何よりも微笑ましいのは、ナギから「海へ行きたい」と言ってくれたこと。ロベリアと出会ったばかりの頃は、自分から何をしたい、これをしたいと主張することがなかっただけに、ナギとの距離が縮まったような気がした。


「でも……」


 どうして、ナギは「海へ行きたい」と思ったのだろう?

 あまりにも唐突すぎるのではないか?


 夏といえば、海辺でバカンスというのは貴族や裕福な者たちの定番であるが……。


「まあ、ナギのことだもの。危険なことは考えていないはずよ」


 深く考えても仕方ない。

 ロベリア自身も海へ行きたいのだ。ロベリアは疑問を消すように、お茶を一気に飲み切るのだった。







 翌々日。

 その日は、良い飛行日和だった。

 どこまでも走りたくなるような青空に、ふわっとした綿雲が流れている。

 ロベリアは入念に荷物を確認した。


「お金よし、水筒よし、タオルよし、服の替えよし」


 指さしで確認しながら、他に足りないものはないかと考えを巡らせた。


「念入りだな」

「いざとなったら、買えばいいけど……必要以上にお金は使いたくないもの」


 ロベリアがため息交じりに答える。

 ナギは、すでに庭へ出ていた。

 花壇や畑に被らない平地で手や足を延ばし、自身の身体を整えているようだ。


「だけど、本当に大丈夫かしら? 鞍もないのよ?」

「鞍がなくても平気だ。落とすことはない」


 ナギは得意げに宣言すると、身体を大きく逸らした。

 途端、子犬サイズの身体が急速に膨らみ、翼が畑を覆いつくすほど大きく広がる。赤い鱗は神々しく輝き、ロベリアが思わずひざまずきそうになるくらい、威厳に満ち溢れた立派なドラゴンになった。


「すごい……」


 ロベリアは、ぽかんと見上げた。

 自分の身体と同じくらいになった深緑色の瞳の隣に歩み寄り、ゆっくりと手を伸ばした。もともと、手のひらに載るほどだった鱗は手の長さほどに伸び、あまりの差異に自分が縮んだような錯覚に陥った。


「主、よじ登れるか?」


 ナギがゆっくりと話せば、熱い吐息がロベリアの髪を揺らし、声の大きさに身体が震えた。


「ええ」


 ロベリアは頷くと、ナギが上りやすいように身体を傾ける。ロベリアは鱗の隙間に手をかけながら、彼の巨体をよじ登った。まるで、ちっぽけな虫になった気分である。本当に落ちないかしら、と内心不安を抱きながら、ロベリアはてっぺんまでたどり着くと、背中の突起の間に腰を降ろした。


「着いたな。しっかりつかまれ」

「分かったわ」


 ロベリアは突起に抱き着くと、ぎゅっと唇を結んだ。

 瞬間、ナギはばさりと翼を広げると、思いっきり地面を蹴り飛ばした。

 ぐんっとお腹を引っ張られるような感覚がした、と思ったときには、轟々と風が舞い上がった。あまりのことに、ロベリアは目をつぶってしまう。前から吹き付ける風は強く、身体を押しつぶそうとしてくるみたいだ。とてもではないが周りを見渡す余裕などない。ナギの身体をつかむので必死で、叫ぶことすらできなかった。


「主、平気……か?」


 ナギの気遣うような声が聞こえてきたのに、返事をすることができない。

 代わりに、「大丈夫」と伝えるように、殊更強く抱き着いた。


「そろそろ、安定するから」


 ナギの言葉通り、数秒後には引っ張られる感覚は薄らいでいた。

 依然として風は感じたが、少し収まっている。

 ロベリアは、ゆっくり、おそるおそる目を開けてみた。


「うわぁ……!」


 一面の青だった。

 見渡す限り、どこまでも空が続いている。おそるおそる目線を左に下げてみれば、秘密の庭が小さく見えた。まるで、子どもが遊ぶドールハウスとミニチュアみたいだ。そう思ったのもつかの間、ドールハウスは後方へと遠ざかり、深緑色の森が足元一杯に広がった。木々の種類が違うのか、一様に森といっても濃淡があり、一つの絵画のようだった。

 時折、白い雲が足元を流れた。

 木々の隙間を糸で縫ったかのように川が見えた。森を抜ければ、川が作り出す点線は一本の糸となり、薄緑色の平原へと続いている。地表でも風が吹いているのか、平原の草はさざ波のように白く揺れていた。


「凄い、凄いわ!!」


 ロベリアは子どものように甲高い声を上げた。

 どこまでも続く平原のなかに、茶色の太い道が見える。太い毛糸のような道はどこまでも長く続き、時折、思い出したように、ぽつんっとぽつんっと見つかる集落に繋がっていた。

 あれは、ルールドの街かしら? あっちはファーティンの村かしら?

 頭の中に広げた地図の方向と位置を思い浮かべながら、怖さを忘れて下を覗き込んでいた。


「楽しいか?」

「もちろん!」


 離陸したとき、強張っていた顔の筋肉は緩み、夢中になって答えていた。


「そうか! 良かった! 下を見るのはいいが、絶対に手は離さないでくれ」


 ナギの声には喜びのなかに厳しい色が混じっていた。

 ロベリアは少しはしゃぎすぎたか、と反省すると、突起を強く抱きしめなおす。

 ナギの身体からも歓喜が伝わってきた。


「このまま、南に飛ぶのよね!」

「太陽を目標に飛ぶ。主、太陽だけは見るな。目が潰れるぞ」

「忠告、ありがとう」


 ナギと二人っきりで空を飛んでいる。

 二人っきりで歓喜を共有している。

 ロベリアは特別感に浸りながら、はじけるような歓喜に震えるのだった。




 海辺の町は、もうすぐだ。








伯爵令嬢はドラゴンとお茶を嗜む (Mノベルスf) 発売まで、一週間を切りました。

今後ともよろしくお願いします!





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ナギに載って空中散歩?旅か(笑) 実に楽しそうでほっこりww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ