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40話 夏の思い出


 14歳の夏。

 つまり、いまから3年前。

 あの日もカラッと晴れた夏空だった。

 窓から差し込む太陽の暑い日差しを感じながら、比較的涼し目な軽装服を選び、家庭教師の到着を待っていた矢先、部屋の扉がいきなり開け放たれたのである。


『ロベリア、すぐに支度をしろ』


 父親だった。

 こんなに暑いのに襟元のボタンをすべて留め、若干暑苦しい正装をまとっている。ちょっと夏場に不自然な服装にも驚いたが、どちらかといえば数か月ぶりに父と対面したことに動揺する。


『お父様? ですが、もうじき家庭教師の方がお見えになられるのでは?』

『つべこべ言うな。おい、お前たち。完璧に整えろ』


 父は連れてきた侍女たちに命令すると、嵐のように去っていった。

 ロベリアが困惑している間にも、侍女たちがテキパキとドレスの着付けを始めた。もともと、ロベリア付きの侍女はいない。普段の着替えは自分で行い、正装したり茶会にお招きされたりしたときのみ、母の侍女が出張してくる。今回もそのパターンだった。


『いったい、何が起きているの?』


 ダメもとで尋ねてみたが、彼女たちは口を開いてくれない。

 無表情でコルセットを巻き、メイクを施していく。この時間が嫌いだった。いつも人形になったような気がする。父の意のまま、伯爵家の未来のために、美しく着飾るだけの人形。妹のように好きな服を選び、楽しく着飾るとは縁遠く、妹がうらやましく思ってしまうのだった。


『完了しました。ロベリア様、玄関ホールへお急ぎくださいませ』


 侍女たちは役目を終えると、淡々と告げた。


『ありがとう』


 ロベリアは鏡を一瞥すると、彼女たちに礼を言う。

 侍女たちはにこりともせず、無表情のまま部屋を出て行った。別にいつものことだ。ロベリアはドレスの裾をつまみながら玄関ホールへと急いだ。


『お待たせしました、お父様』

『遅いぞ。何分待たせるのだ。しかも、着飾ってもこの程度とは……』


 父は呆れ果てたように首を振ると、それ以降何も言わずに外へ出た。ロベリアは何も答えずに後に続いた。


『あの、お父様?』


 馬車に乗り込むと、ロベリアはおずおずと話しかける。


『どちらへ向かうのでしょう?』

『城だ』

『お城ですか? しかし、この時間は皆さまが執務をされている時間ですわ。私みたいな一介の令嬢が——』

『くどい。わたしは疲れているのだ!』


 父は一蹴した。

 「お前とは話したくない!」とばかりに目を閉じると、腕と足を組んでしまう。ロベリアは胸がきゅうっと縮む思いがした。幸いだったのは、長く重たい沈黙がすぐに終わったことである。伯爵家の馬車なら城まで十分もかからない。あっというまに城に着き、ロベリアは馬車から降りた。


『クロックフォード伯爵様、ご令嬢様。こちらに』


 侍従が先導する。

 昼間に城に来たのは初めてなので、物珍しい感じもしたが、それよりも緊張が遥かに勝っていた。日当たりの良い部屋に通され、ここでお待ちくださいと言われること二十分。十年ぶりくらいに、父と並んでソファーに座ったが親子らしい会話もなく、夏だというのに冷たい空気が流れていた。とはいえ、体感的には暑いので、出された茶に手を伸ばそうとする、が、


『余計なことをするな』


 と、父に一喝された。

 父のほうは悠々とお茶で喉を潤しているというのに認めてくれない。切なさを押し殺すように唇を噛み、手汗が滲む拳を強く握り締める。

 とはいえ、ここは城。

 伯爵家の屋敷ではないので、見かねた侍女たちが味方してくれた。


『あの、お茶くらいお飲みになられても……』

『口を挟まないでいただきたい』


 だが悲しいかな。父は許してくれなかった。


『我が家の教育方針なのだ。のちのことを考えても、淑女は待てができなくてはならない』

『しかし……』

『ほかに文句でも?』


 鋭い眼光で睨まれると、侍女たちは消え失せそうな小声で「申し訳ありません」と引き下がる。

 なにが教育方針だ。

 夏になると、ルージュのために膨大な金銭を投じて果実汁(ジュース)に必ず氷を入れて常に飲むことができるように用意しているくせに、と心だけで悪態をついた。

 そして、同時に思うのである。

 

 父が変わってしまったこと。

 いまでは、親子だと連想させるのは金髪だけ。

 子どものころ、自分を抱っこしたり遊んでくれたりドレスを作り与えてくれたりした優しい父親はどこへ行ってしまったのだろう。


 17歳になった現在の自分なら「ルージュの魅了の力が原因かもしれない」と察しがついたが、当時の自分が飛躍した考えは想像つかず、自分がルージュより可愛くないからだと色々諦めていた。こうして短時間で精いっぱいのオシャレをしても「この程度」と馬鹿にされるのだから……。


 とんとん。


 扉が軽くたたかれる。

 気持ちを切り替えるように前を向けば、豪勢な服に身を包んだ男性が入ってきた。


『陛下!』

『よいよい、座ったままで。君がロベリアだね』


 優しそうな眼差しを注がれ、ロベリアは座ってよいと言われたのに立ち上がった。ドレスの裾を片方持ち上げ、わずかに腰を落とす。 


『はい、ロベリア・クロックフォードでございます』

『話は聞いているよ。さあさあ座りなさい。おや、顔色が悪いね』

『いえ、陛下がご心配をされることではありません』


 ロベリアは震えて噛みそうになる。

 一方の父はゆったりとしているので、きっと国王が来ることを知っていたに違いない。


『お茶にも口をつけていないのかい? 楽にしていいのだよ。そうだ、あれを持ってきなさい』


 王は対面するソファーに座すと侍女に耳打ちをした。

 侍女はさっそうと部屋を退出した後、父と一緒に着席する。


『陛下、この度はお呼びいただきありがとうございます。ですが、いったいどのようなご用件でしょう?』


 父は先ほどとは打って変わり、滑らかな口調で尋ねる。


『なに、君の娘のロベリアをエリックの嫁に迎え入れようと考えている旨を伝えようと思っただけだ』

『ロベリアを!?』


 ロベリアが反応するよりさきに、父はあんぐり口を開けた。


『そ、そ、それは誠に喜ばしい話ではあるのですが、ロベリアでよろしいのでしょうか?』

『彼女であれば、次期王妃として国を支えていけると確信しているのだよ』

『陛下、ありがとうございます』


 父はへこへこする。

 ロベリアも緊張を一時忘れ目が点になった。

 伯爵家のために良家に嫁ぐのは使命だと教え込まれ、恋愛結婚などとは無縁な人生だと信じてやまなかったが、まさか良家どころか王家に嫁ぐことになるとは想像をはるかに超えていたのである。


『ロベリアは可愛げのないところもありますが、仕来りを守り、王子を支えていけるだけの娘だと常日頃から思っています』


 父の口から心にもないことが次々と放出される。

 喜びで塗られた中身のない言葉。ルージュだったら喜び度合いが増していたのだろうな、と思ってはみたが、「ルージュに窮屈で愛のない生活は似合わない!」と断言しているのを見たことがあるので、どちらかといえば商品(ロベリア)が予想より上の場所へ出荷する(嫁ぐ)ことを祝っているのだろう。

 

『お、来た来た』


 ロベリアが心を切り離して座っていると、王の喜色めいた声が聞こえてきた。


『さあ、食べなさい』


 見たことない食べ物だった。

 柔らかな薄黄色の小山が両掌サイズの透明な皿に鎮座している。よく冷やしてあるらしく、透明な皿には霜がかかったようにうっすらとした膜で覆われていた。初めて見る食べ物に興味を惹かれ、銀のスプーンに手が伸びる。

 だが、父の言いつけを思い出し、ちらりと横目で確認した。

 父はこちらを向かない。かたく無表情のまま菓子を堪能している。ロベリアが迷っていると、王がにっこり笑った。


『夏に食べる宮廷菓子だ。遠慮しなくていい。食べないと溶けてしまう』

『溶ける?』


 何を言っているのか分からないが、匙で小山をすくってみた。

 クリームよりも固く、バターよりも柔らかい。クローテッドクリームが一番違いかもしれないが、ずっと滑らかだった。おそるおそる口に入れてみて、目を見開いた。


「冷たいっ!」


 でも、美味い!

 乳の濃厚な味にほんのりとした甘みが絡み合う。なにより、ひんやりとした口当たりの良さがたまらない。氷を口に入れるより柔らかい冷たさなのだ。

 おまけに、この暑さ。

 喉がからからに乾いていたこともあり、優しい氷の甘味は次々に口に運んでしまう。


『こら、はしたない!』

『いやいや、そこまで喜んでもらえるのが嬉しい』

『あ、申し訳ありません……あの、こちらの甘味は?』

『ああ、この氷菓の名前は——』




「アイスクリーム」


 現代のロベリアは口元をほころばせると、回想を語り終えた。

 外はすっかり日が暮れ、夕食の時間。

 パンとスープを食べながら、ロベリアは最も好きな食べ物について語っていた。


「夏にしか作られない宮廷菓子なんですって。この時を含めて、一、二回しか食べたことがないわ」

「冷たい菓子か……」


 ドラゴンに戻ったナギも興味を惹かれたのか目を輝かせている。


「魔山羊か牛の乳で作るのか?」

「どちらでもいけると思うわ」


 ロベリアはお茶を飲みながら答える。


「材料は簡単で、乳と卵、あと砂糖があればできるはず」


 エリックと何度か逢瀬(デート)したとき、再びアイスクリームを食べる機会に恵まれた。

 そのとき、こっそり作り方を聞いてみたのである。


「乳と卵に砂糖。ってことは、主! いまでも作れるんじゃないか!?」


 ナギの顔が華やいだので、ロベリアは苦笑いをするしかなかった。


「氷が必要なのよ。冷やさないといけないから」

「そうか……」

「おまけに冷たさを維持したまま、何度も何度もかき混ぜないといけないんですって」


 だから、宮廷料理になるのである。

 氷を満足な量貯蔵できるのは城くらいだし、わざわざ何度もかき混ぜる根気の良い作業が求められるのだ。もしかしたら、途中で平民たちに知られていない技を組み入れているのかもしれない。


「冷えた環境に、攪拌……」


 ナギは難しい顔で考え込んでいた。

 ロベリアはその顔を見て、やっぱり言わなければ良かったと後悔した。隠し立てしないと約束した手前、本音でお茶の次に好きな食べ物を語ってしまったが、彼は絶対に食べることができないのだ。嫌味に聞こえてしまったに違いない。

 そう思い、謝ろうとした矢先だった。


「主、乳も卵も砂糖も十分な量あるよな?」

「ええ、まあ」

「なら、可能だ」


 ナギは断言した。

 得意げに喉を鳴らすと、口の端を持ち上げて見せる。



「俺なら作れるぞ、アイスクリーム!」







次回更新は26日を予定しています。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王様にはこの時よくしてもらったのかー 怖そうな人じゃなくてよかった この時王様はロベリアとルージュについてどれだけ知っていたんだろう なぜロベリアは何も知らされていなかったんだろうか……
[一言] 過去の話とは言え… ムカつく父親だぜ!ww アイスクリームかぁー。 俺は牧場しぼりのバニラが好き(笑)
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