34話 不可思議なこと
ほのぼのを書きたかったのに、微シリアスです。
ロベリアは目を疑った。
先ほどまでの勢いはどこに失せたのか、アーロンはボンヤリしている。ここがどこなのか、自分が何者なのか理解していないような、うろんとした目をしていた。
「ナギ、これって……?」
ロベリアは同居人に意見を求める。
ちょうどナギの身体が縮み、ドラゴンの姿に戻ったところだった。ナギは訝しむような目でこちらを見上げてくる。
「主、解毒薬を飲ませたのだろう? 本当に解毒薬だったのか?」
「もちろんよ!」
あわてて反論したが、少し渋い顔をする。
解毒薬と一概に言っても、実に多種多様。
ちょっとかゆい虫さされ程度の毒緩和の解毒薬と一瞬で死に至らしめる劇毒の解毒薬では、まったくもって調合や手順が異なる。ロベリア自身、解毒薬の調合には本を読みながらではないとできない。
「今回、この人に投与した解毒薬は最高ランクのものを使ったの。万が一、本当に死なれたら困るから」
誓約を書かせたのは、アーロンを生きて返すためだ。
いくら敵でも殺しはご法度。アーロンの失踪を調べる人が現れるからとか、彼が万が一他の誰かに今回の計画を話しているかもとか、そんな程度のことではなく、倫理的に絶対してはいけない。
しかし、野放しにすることはできず、なにより、ナギたちの身の安全を保障する必要があった。
だから、毒を盛って誓約を強引に結ばせたところで、死なれては困る。
「もしかして、調合を間違えた?」
「……貴方は、もしかして、ロベリアさん?」
アーロンの赤い目を向けられ、ロベリアは緊張を高めた。声色に棘がなくなり、ほわっとしている。あまりにも変貌しすぎて、ロベリアは堅い声で問い返した。
「自分が何をしたのか覚えていらっしゃらないの?」
「僕は、たしか……っ、あ、あああ!」
当初、アーロンは戸惑っていたが、なにか思い出したのだろう。目を見開くと、顔から血の気が一気に失せた。口をわなわなと震わせ、床に這いつくばって頭を下げる。
「すみませんでした! 僕は、僕は、貴方たちに最低最悪なことを……!!」
「え?」
「婦女誘拐、精霊酷使、そこのドラゴン君への暴行、脅迫、ロベリアさん殺人未遂! し、しかも、あんな……あんな……!!」
白くなった顔が急激に赤く火照り、苦しそうに悶えている。
完全に相手が加害者で、こちらが被害者なのだが、見ているこちらが心配になってくるような動揺っぷりだった。油断と同情を誘うつもりかとも考えたが、演技には見えない。
「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着きません? 詳しい話を聞きたいですし」
ロベリアが進めると、アーロンは頷いた。
「ナギ、ここは――」
見張りを任せても良い? と続きかけた口を閉ざす。
ナギは怪我をしている。出血は止まっているが、顔に生々しい痕が残っていた。もしかすると、一生残ってしまうかもしれないくらい深い傷だった。
様子が激変したとはいえ、怪しい少年の傍に置いておいてよいのだろうか。
自分が見張り、ナギにお茶を淹れて貰おうかとも考えたが、負傷しているのに無理強いしたくない。
「主、大丈夫だ」
ナギはロベリアが迷っていることを見越したように見上げてくる。
「なにかあったら叫ぶ。それでよいだろう?」
「……本当に?」
「本当だ」
彼はいつもの調子で言う。ロベリアに全幅の信頼を置いているような声色だった。ナギの青い瞳を見返すと、ロベリアは重々しく頷いた。
「すぐ戻るわ」
ロベリアは台所へ駆け込むと、片付けずに残しておいた茶器セットで支度を始める。
アーロンの解毒が終わり、この庭から追い出した後、すぐにでもお茶を飲むつもりだった。ナギの傷を労わりながら、心を落ち着かせ、脅威が去ったことを祝いたかったのだ。
だから、まさか毒を盛った相手に茶を出すことになるとは……。
「お待たせしました」
ロベリアが戻ってくると、アーロンは放心状態だった。顔に熱が集まり過ぎて、蒸気を上げているように見える。ナギがロベリアを見ると、くるっと尻尾を揺らした。
「主。なにごともなかったぞ」
「ごめんなさい、ナギ。ありがとう」
ロベリアが申し訳なさそうに礼を言えば、ナギは問題ないと笑う。いつも通りの表情に安心したが、右目のところにできた傷を見て、再び泣きたくなるような気持ちが込み上げてきた。ロベリアは自分の気持ちを無視するように顔を逸らすと、てきぱきと茶を並べた。
「どうぞ、召し上がってください」
「僕があんなことをしたのに、お茶を淹れてくださるとは……」
アーロンは恐縮しながらカップに手を伸ばした。
ためらいなく飲む様子を見て、ロベリアは少し呆れた。
「また毒が混入しているかもしれませんよ?」
「それならそれで構いません。僕は……殺されても仕方ないことをしたのですから」
アーロンは自虐気味に呟いた。そのままカップを置くと、テーブルに頭をこすりつけるような体勢になった。
「本当に申し訳ありませんでした」
「……まず、何があったのか話してくれます?」
ナギを傷つけ、フローライトを誘拐した。
その罪は謝ってすまされるものではないし、簡単に許せそうにない。だが、何が起きたのかだけは聞いておきたかった。
すると、アーロンはおずおずと顔を上げ、躊躇いがちに話し始める。
「僕、貴方たちを傷つけるつもりはなかったんです」
あんなにノリノリで暴れていたのに?と、ロベリアはツッコミを入れそうになった。
だがしかし、まだまだ話し始めだ。やっと話してくれた真相かもしれないと思うと腰を折る気にはなれず、喉奥まで出かかった言葉を押さえるように、口を真一文字に結んだ。
アーロンはロベリアの反応に気付いた様子はなく、テーブルを見下しながらぽつぽつと言葉を続けた。
「止められなかったんです。
ここのところずっと絶対的な幸福に包まれている感じで、ふわふわとしていて……ずっとずっと遠くの方で、いま自分がしていることが分かったんですけど、止める言葉が口から出ないんです。なんとか動かそうとしても、甘く柔らかいお菓子を三つ一気に食べたような感じになって、結局、見ているだけしかできなくて……」
「それ、本当?」
「う、嘘ではありません! 信じてください!」
ばんっとテーブルに両手を置くと、身を乗り出すように叫んだ。
が、すぐに自分のした行動を恥じいたのか、すごすごと身体を戻した。
「すみません、でも、嘘じゃないんです」
「それを信じるとして、物心ついたときから?」
「二年前、ルージュに直談判に行った時からです」
アーロンは言い切った。
ロベリアは眉根を寄せる。
「ルージュ?」
「僕の幼馴染が、あの女に婚約者を奪われたんです」
「奪われた?」
「それまで、仲睦まじい二人だったんです。僕が羨ましいと思うくらい。でも、それがいきなり、婚約者から一方的に別れを告げられたんです。『好きな人ができた。君のことは愛せない』と」
よくある話だ。
よくあってはいけないが、ルージュに限定すれば日常的にある話である。
彼女に惚れた男性が彼女を振る常套句であった。当然、男性側がルージュに一方的に惚れた結果起きることなので、ルージュの彼氏にはならずに取り巻きとなるのだが、器量が良ければ愛人の座におさまるときもある。
ロベリアが納得していると、アーロンは静かに話し続けた。
「毎日、幼馴染は泣いていました。でも、幼馴染は一大決心して、ルージュに直談判に出向いたんです。『他の男がいるのに、なぜ私の婚約者を選んだのか』と。僕も付き添うかと提案したのですが、幼馴染は一人で行きました。
でも、おかしいのはそれからなんです。
幼馴染は帰ってくると『ルージュ様が正しかった。あの方は素晴らしい』と言い始めたんです。
『ルージュ様は素晴らしい。彼女に婚約者が惚れたのは当然であり、私なんか道端のごみクズだ。彼女の足元にも及ばない』と。
これ、絶対におかしいと思いますよね?」
必死な顔で問われたので、ロベリアは頷き返す。
ルージュの周りで四六時中起きている出来事だ。あまりにも日常的過ぎて麻痺していたが、よくよく考えると非常に奇妙な話である。
「僕、信じられなかったんです。
だから、幼馴染に『ルージュのどこが素晴らしいのか』尋ねてみたんです。でも、もっともっとおかしいんです。彼女、ルージュのなにを素晴らしいと思ったのか、全く話してくれないんですよ?」
アーロンは悔しそうに拳を握った。
「それから、調べたんです。ルージュの周りに集まる人の傾向を。
調べていくうちに、ルージュが出会った人、言葉を交わした人は、一人の例外を除き、全員が彼女を崇拝するようになることに気付きました。
そこで、僕は一つの仮説を立てました」
アーロンはここで一度、言葉を区切る。
お茶を一口含み、心を安心させるように息を吐くと、ロベリアをまっすぐ見据えた。
「ルージュ・クロックフォードは魅了の技を使っているんです。
彼女の周りに近づいた人は、彼女の熱心な崇拝者になる。……ロベリアさん、貴方を除いて」
次回投稿予定日は、4月10日です。




