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28話 面接の時間

主人公出ません。フローライト視点です



 その日の午後。

 フローライトの緊張は頂点に到達した。

 面接試験の待合室で、ひたすら杖を握りしめている。心なしか、生まれたての小鹿のように足が震えているのが分かった。


「筆記試験は大丈夫。筆記は完璧。魔法理論だって、全部書けたもん」


 フローライトは午前中の試験を思い出し、堅くなった心を和らげようとした。


 魔法理論は完璧に答えることができた。 

 火・風・水・土・雷、この五種の精霊の力を借りることで、人は魔法を操ることができる。

 ただし、精霊もただでは動いてくれない。自分の魔力を対価に、精霊の力を借りて魔法を使うことができるのだ。しかし、魔力の質が悪いと精霊が力を貸してくれない。


「王城の魔法使いが束になっても敵わないほど膨大な魔力があったとしても、精霊にとって不味い(・・・)魔力だったら見向きもされない。

 反対に、高質の魔力を宿す者は、精霊が見えなくても奇跡を起こすことができる」


 フローライトの場合、風と水。その二種類の精霊から好かれる魔力をしていた。

 つまり、二種類の魔法が使える。

 このことを知った領主様が、王都魔法学校入学の推薦状を書いてくださったのだ。この後の面接で、二種類の精霊に好かれていることを証明すれば、そして、先程の筆記試験の合計点が高ければ、特待生として入学することができるのだ。


「あ……でも、計算系の問題は間違えちゃったかも……はぁ。字のスペル、間違えてたらどうしよう……」


 本当に将来有望で才能溢れた人は一般教養的な筆記免除となる。筆記どころか、面接までパスできるらしい。

 自分もそうだったら良かったのにな、とため息をついた。


「次、受験番号31番から40番」

「は、はい!」


 フローライトは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 そのせいで、周りから視線が集中する。どことなく冷淡でくすくす笑う視線を感じ、フローライトは顔を赤らめるとますます小さくなった。 


「早く来なさい」


 フローライトは俯きそうになった顔を叩くと、きっと前を向いた。

 受験番号40番。

 一番後ろに並ぶ。試験監督は難しそうな顔をすると、列を率いて別塔に歩き始めた。塔の入り口は自分の家が軽々と入るほど広かった。かつんかつんと歩く音だけが木霊し、遠くから魔法使いたちの談笑が聞こえてきた。

 そのまま、試験監督の後に続いて石畳の廊下を歩き続け、一番角の部屋の前で足を止めた。部屋の前には十個の椅子が並んでいる。


「座りなさい。ここで待つように」


 冷たく突き放すように言うと、彼は部屋の中に入ってしまった。

 受験生たちは皆難しい顔で座る。フローライトも席に着いた。木の椅子は造りが悪いのか、かたんと音を立てながら傾いた。

 フローライトはちらっと横に目を向けた。全員、ぴしっと背筋を伸ばしている。胸元を直したり、コンパクトを開けて顔を確認したりしていた。フローライトも自分の杖を一瞥し、白い杖に汚れがついていることに気が付くと、こっそりマントの端で拭うことにした。

 自分のマントは黒なので、汚れが目立たない。そう思って、裏面を器用に使って泥を落とそうとした、


 その時だった。


「31番! 入りなさい」


 廊下に声が響き渡った。あまりにも突然、響いたものだから、フローライトが間違って立ち上がりそうになった。椅子がすれる音は意外と大きく響いて、また残りの受験生たちから「馬鹿な子」みたいに見られてしまう。フローライトは怒りたくなる口を真一文字に結んだ。


(今は笑わせておくのよ、フローライト。私が合格……ううん、特待生に選ばれて、すぐに見返してやるんだから!)


 緊張していた心が和らぎ、代わりに火が灯った。

 ぎゅっと拳を握り、自分の番を待つ。しばらくすると、31番の受験生が出てきた。「失礼しました」とホテルのウェイターみたいに完璧な笑顔でお辞儀をし、扉を閉じた途端、肩の力を一気に抜く。げっそりとした顔を見る限り、きっと良い結果ではなかったのだろう。

 その後も、32番、33番、34番と続いて行く。

 どんなに長くても10分のはずなのに、体感では2時間も3時間も経ったように感じた。


「40番、入りなさい」


 ずらっと隣に並んでいた人たちは全員消え、残すは自分自身となった時、フローライトは元気よく立ち上がった。


「失礼します!」


 扉を開ける。

 広い部屋だった。宿屋の食堂ほどの大きさの場所に、三人の試験官が座っている。こんな広い部屋なのに、たった三人。それも、全員小柄な人だったので、よけい部屋が広く見えた。


「受験番号40番、フローライト・ヴィーグルです」

「座りなさい」

「はい!」


 今度は音を出さないように、気をつけて座った。

 三人の魔法使いは笑っていない。ただただ無表情だった。フローライトは努めて笑顔を作ろうと頑張ったが、背中にじんわりと汗が滲むのを感じる。


「貴方はどうして魔法使いになろうと思ったのですか?」

「は、はい! みんなを守りたいからです。魔物が故郷の街を襲ったとき、魔法使いのお姉さんが助けてくれました。その姿に憧れて、大好きな家族や友達、町の人たちを魔物や危険から守りたいと思ったからです」


 フローライトは自分の考えていた答えを間違えずに言い切ると、心の中で一息ついた。だが、魔法使いたちは頷くこともなく冷淡な表情のままだった。その顔に内心怯えながらも、一つ一つの質問に答えていく。時々、早口になってしまうことはあったが、なんとか口どもることなく、話すことができた。


 これも、他の受験生のように10分程度。

 それなのに、20分も30分も経ったような気がした。


「そういえば、ヴィーグルさん。貴方は精霊を使えるのですよね? ちょっと使ってみてくれませんか?」

「え、あ、はい!」


 フローライトは杖を掲げる。すぅっと長く息を吐いた。大丈夫、大丈夫、と心で繰り返すと、勢い良く叫んだ。


「お願い……『風の精霊(シルフィード)水の精霊(ウェンディーネ)、力を貸して』!」


 白い杖の先端が輝き、そこを中心に風が巻き上がる。すると、精霊たちは楽しそうに杖の中から現れた。興味深そうにあたりを見渡し、ふむふむと窓の外に見入っている。

 フローライトは焦った。


「二人とも、この部屋を綺麗にして。お願い!」


 しかし、精霊たちは初めての場所に興味津々らしい。まったく言うことを聞いてくれない。空色の羽を広げ、目を光らせながらあちらこちらを飛び回っていた。


「この間は言うことを聞いてくれたじゃん! お願い、もう一度だけ! ね!」


 必死に叫んでも応えてくれない。

 フローライトは視界が滲むのを感じた。きっと、魔法使いたちも呆れている。そう思ったのだが、


「ヴィーグルさん」


 魔法使いの表情が緩んでいた。

 全員、朗らかな笑顔を浮かべている。先ほどの受験生たちのように小馬鹿にするのではなく、泣きじゃくる子を胸に抱き入れる母親のように優しい笑顔で。

 予想外の反応に、フローライトはぽかんと口を開いてしまった。


「精霊の制御方法は、知らなくて当然なのです。まだ入学していないのですから」

「心配しないでください。これから、ゆっくり学べばよいのですよ」

「……え?」

「二種類の精霊を呼び出せること自体、素晴らしいことなのです。しかも、貴方は幼い。成人した魔法使いでも、精霊を呼び出すことに苦労する者も多いのですよ」


 フローライトは目を丸くした。

 涙で濡れる目を拭い、瞬きをしてみる。それでも、三人の表情は明るいままだ。 


「それって、まるで……」


 貴方は合格です、と言っているような。

 フローライトがそのことを尋ねる前に、彼らはにっこりと笑った。


「結果は後日、郵送で。私たちは9月に会いたいと思っています」

「あ、ありがとうございます!」


 フローライトは弾む声で礼を口にする。

 全身が嬉しさで満ち溢れ、喜びが胸の奥から突き上げてきた。あまりに嬉しくて口が広がるものだから、顔が伸びるような気がした。


「失礼しました!」


 足がスキップを刻みそうになるのを抑え、なるべく普通に扉に歩いた。

 精霊たちは飽きたのか、軽くあくびをして杖に戻る。いつもなら、こらっと叱っているかもしれないが、今日は大目に見ることにしよう。


 そう思いながら、扉を開ける。

 一歩先に出て、もう一度頭を下げて扉を閉めようとした、そのとき。


「あ、君!」


 声をかけられる。

 そこにいたのは、15,6歳の少年魔法使いだった。黒い杖を背負い、あたふたとこちらに駆け寄ってくる。


「君、ロベリアって口にしてなかった?」

「え……、はい。ロベリアさんと」

「髪の色は?」

「え?」

「髪の色は!?」


 少年魔法使いに詰め寄られてしまう。

 フローライトは少し後ずさりしかけたが、できるだけしっかりした声で答えた。


「金髪の方です。眼の色は橙色で――」

「なに?」

「なんだと!?」

「本当か!?」


 フローライトが答える前に、三人の魔法使いたちが仰天した。三人と少年魔法使いはあっというまにフローライトを囲みこんでしまう。


「君、ロベリアを知っているのか?」

「ロベリア・クロックフォード。汚らわしい娘!」

「貴方、どこにいるか知っているの?」

「え、えっと……ロベリアさんが、どうかしたのですか?」


 喜んでいた気持ちが一気にしぼみ、身体が小さくなるのを感じる。

 四人とも、獣のような目でこちらを睨んでくるので、怖くて仕方なかった。


「ルージュ様が探しているのだ。婚約パーティーに呼ぶために」

「ルージュ様の信頼を裏切った最悪の人物なの……あんな女、いない方がルージュ様のためなのに」

「ルージュ様は王子と愛し合っていたのに、王子の婚約者の座を奪った薄汚い女狐だよ。

 だが、ルージュ様はお優しい。王子の婚約者に返り咲くと、すべてのことを水に流し、大事な姉として祝って欲しいと、方々を探しているのだよ」

「知ってるか? ロベリアはありとあらゆる男と関係を持っていたのだ。

 大臣の秘書官なんて仕事につけたもの、大臣の愛人だったからという話だ。まあ、大臣も目が覚めて手放したみたいだがな」

「本当、酷い女よね。最低最悪の人類悪よ。

 ルージュ様可哀そう。でも、あんな女が姉でも呼びたいのね……パーティーに」


 四人とも醜く歪んだ顔だった。

 さっきまで優しそうに微笑んでいたのに、こうも人間が変わってしまうなんて……と、フローライトは震えあがった。


「ねぇ、貴方。教えて。薄汚くも王子を誑かした女がどこにいるか」

「酒を樽で飲む女だ。ルージュ様と同じ金髪に橙色の目をしているが、うう、吐き気がする。くすんだ女がどこにいるか知っている?」

「教えてちょうだい。ルージュ様の汚らわしい姉を」

「女狐はどこにいる? 狩らないといけないんだ」

「ルージュ様のためだ。わかるだろう?」

「さあ」

「教えて」

「教えなさい」

「教えるんだ」


 怖い!!

 フローライトは杖を強く握りしめると、思いっきり口を開いた。




「ろ、ロベリアさんの、悪口を言わないでください!!」








次回更新は29日の午後です。

一部訂正しました

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒェッ… ルージュ、まさか…洗脳を…?
[一言] おやおや…穏やかやないですな…
[一言] シリアス展開も良き… フローライト視点だとルージュとその仲間たちの異常さがビシビシ伝わってきますなぁ
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